第1665話「混然の闘争」

 満腹でご満悦の状態から一瞬にして怒りを爆発させたウェイドが、前線に並ぶ重装盾兵の背中を蹴って飛び上がる。その手には銀に輝く管理者専用兵装“生太刀”が握られていた。

 彼女は突如出現した巨大な黒い人型存在目がけて刀を抜く。


『せいばーーーーーいっ!』

『ウォオオオオオオオオオオオオッ!?』


 情け容赦無用の斬撃。邪神と形容する他にない禍々しい黒が慌てて腕を上げる。それがザバンと断ち切られ、巨大な腕が大地に落ちた。


「ウェイドさん!? 突然何をやってるんですか!」


 あまりにも急な展開に瞠目しながら飛び出したレティがウェイドに追いつく。錯乱したようにしか見えない管理者を抑えようと必死だが、管理者専用兵装を手にした彼女は止まらない。


『あの馬鹿を止めるのが私の仕事です! レティは引っ込んでいてください!』

「ちょっと待ってくださいよ! あれ、レッジさんって言ってましたよね!?」


 黒々とした巨人。無数の腕を背中から伸ばし、一応人型を取っているものの到底調査開拓員のそれとは思えない。絶えず自壊と再生を繰り返し、流動的に蠢く身体は禍々しい。どう見てもレッジとは似ても似つかない存在にも拘らず、ウェイドはそれがレッジであると断定していた。


『こんな突飛なことをしでかすのはレッジしかいません。今すぐ叩き切れと私の愛刀が叫んでいます!』

「それは幻聴じゃないんですか!?」

『離しなさい! 私は管理者ですよ!』


 なんとか羽交締めにして抑えようとするレティ。ウェイドはジタバタと暴れる。その間にも黒い邪神は立ち上がり、肩口からすっぱりと切り落とされた腕を再生させる。

 レティとしてもあの邪神が異常な存在であることは間違いない。だからこそ、ウェイドは後方に下がらせなければならなかった。管理者と指揮官の護衛が、この戦闘における最大の目標である。


「せめてあれがレッジさんだという証拠がないと、ウェイドさんを離せません!」

『見りゃ分かるでしょう! あの男の邪気がプンプンするじゃないですか!』

「なんてアバウトな……」


 管理者にあるまじき感覚的な言葉を放つウェイド。レティは彼女を掴む手に力を加える。その間にも邪神はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。燃えるような赤い瞳が禍々しく、この世全てに恨みを抱いているかのようだ。


『むぅ? なんだか様子が変ですね。あの邪神のレッジ度が下がったような』

「レッジ度ってなんですか? って、うひゃあああっ!?」

『グォオオオオオオオオオッ!』


 ウェイドが怪訝な顔をした、直後。邪神が無数の腕を鞭のように振り回して暴れる。それは周囲の甲虫たちと調査開拓員たちを区別なく蹴散らし、吹き飛ばしていった。

 レティは慌ててウェイドを抱えたまま後方へ跳ぶ。


「レッジさんがあんな乱暴なことしませんよ! ウェイドさんの勘違いです」

『そんなことは……。確かにレッジだったような……』


 次々と飛んでくる甲虫の欠片を避けながら、レティはウェイドの説得を続ける。ウェイドも疑念が生まれたようで、当初の勢いはなくなっていた。困惑するウェイドは邪神をじっと見つめ――。


『ああっ! やっぱりレッジですよ! 横顔がそっくりです!』

「えええっ?」


 再び勢いを取り戻す。

 当然レティは半信半疑である。だが、それと同じくして邪神の動きが鈍った。


『グ、グオオオ……。オ、オォオオオオイ!』


 大腕を挙げて、レティたちを睨む。その動きとうめくような声に、レティもわずかな違和感を抱く。だが、その正体をしっかりと捉える前に、邪神はまた破壊的な攻撃行動を始めた。


「いったい何がどうなってるんですか。あの邪神はいったい?」

『分かりません。ただ、あの中にレッジがいるのは確かです』

「むぅ。ウェイドさんはそういうの分かるんですね……」


 ぷっくりと頬を膨らませるレティ。彼女が抱く腕に力を込めたことに気付かず、ウェイドは当然だと鼻を鳴らした。


『私がどれだけあの馬鹿に苦しめられていると思ってるんですか。どうせ今回もレッジが何かやらかした結果に違いありません』

「そのへんはレティも分かるんですけど……」


 ではどうすればレッジと再会できるのか。それが目下のところの問題である。

 レティが悩み、立ち止まっていたその時。


「はぁあああああああああっ! 『一閃』ッ!」

『グォオオオオオオオオオッ!?』


 バラバラと落ちてくる甲虫の死体を足場にして空中を駆け上った少女が、紅の大太刀を振り払う。その鋭い斬撃が邪神の首を深く抉った。


「ちょっ、トーカ!?」

「ちっ、思ったより大きいですね!」


 しかし一撃で切断には至らず、袴を翻しながら落ちていくトーカは悔しげだ。レティが目を丸くするなか、トーカによる傷が再生する前に次々と攻撃が加えられる。


「もしレッジならこの程度はどうってことないでしょ! 遠慮は無用だよ!」

「また人様に迷惑かけて。ちょっとは反省しなさいって」

「師匠ーーーーーーっ! ヨモギが助けてあげますからね!」

「うわーーーっ!? みんな何してるんですか!」


 まったく躊躇なく全力の攻撃を繰り出すのは〈白鹿庵〉の面々である。レティが目を丸くするなか、彼女たちは自身の最大攻撃を叩き込んでいく。


「レティさん、とりあえずあの邪神をなんとかしないといけません。私も手伝いますから、まずは倒してしまいましょう」

「Lettyまで……。仕方ないですね!」


 装備を整えて現れたLettyに説得され、レティもウェイドを降ろす。あれがレッジであろうがなかろうが、倒さねばならないということに違いはなさそうなのだ。


「ウェイドさん、協力してくれますね?」

『もちろん。そちらが足を引っ張らないよう気をつけて下さい』


 生太刀を抱え、ふんすとやる気を溜めるウェイド。彼女を見て、レティも覚悟が決まった。


「はーはっはっはっ! 流石はレッジさんだ。俺の予想を遥かに超えてくれる! つまりは俺との決戦ということですね! いいでしょう、受けて立ちますよ!」

「ちょっと兄貴!」


 気炎を上げるのは〈白鹿庵〉だけではない。アストラのやる気が、過去最高に高まっている。アイがグイグイと腕を引くのも構わず、ギラギラと肉食獣のように輝く目で邪神を見上げている。


「行きますよ、レッジさん! 俺の攻撃に耐えて下さい!」


 戦場に響く大声量で宣言し、アストラが飛び出す。彼を支援するように、〈大鷲の騎士団〉から次々と攻撃とバフが飛ぶ。


『グォオオオオオオオオオッ!』


 邪神が吠え、無数の腕を天に伸ばす。青空を掴み、落ちてくる。流星群のような拳が、大地を次々と破壊していく。

 敵も味方も混然とした戦いが始まった。


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Tips

◇“銀刀・生太刀”

 シード02-スサノオ管理者専用兵装。鮮烈なる輝きの銀。その斬撃は刃を離れ、彼方へと迫る。


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