第1664話「混沌より出て」
「はええええっ!? お、おじちゃんがなんかラスボスみたいになってる!?」
「いつものことじゃないですか。ほら、もう少し離れて様子を見ますよ」
レッジが前線に出たことは、すぐさま各地に報告がなされた。これはつまり、今後どのような事態になろうとも柔軟に対応し、その損害については自己責任であるという告知でもある。
重曹盾兵たちが気合いを入れて防御を固めるなか、アストラや銀翼の団、一部の気骨のある調査開拓員たちは戦闘を続行する。あっさりと戦闘を放棄して観戦に回ったシフォンは、前線で鎧武者型に無数の細い糸を送り込んでいる変わり果てた姿のレッジを見て悲鳴をあげた。
背中からも六本の副腕を伸ばして、さらにその指先から無数の赤い糸を出している様子は非常に禍々しい。むしろ、ある程度人型を保っているのがかえって不気味だ。周囲にはDAFシステムのドローンがブンブンと飛び回り、襲いかかってくる甲虫を撃退している。
糸の先に絡め取られた鎧武者型はすでに事切れている。にも拘らず時折ピクピクと痙攣を繰り返す。
「あれ、何がどうなってるの?」
「よく分かりませんけど、どうせ人道的に危ういことをやってますよ」
シフォンを保護したレティが肩をすくめる。ひとしきり暴れ回って満足したレティは、レッジが状況を変えるまでしばらく休憩と決め込んでいた。レッジが動いたことで、事態が変わると確信しての行動である。
「あれ植物みたいだけど、まさか原始原生生物じゃないよね?」
じっくりと糸を見て、それが植物の蔦のように見えることに危機感を抱くシフォン。レティは何も言わない。ただ、ちらりと後方のテントを見た。
「さあ、どんどん食べてくださいねぇ」
『もぐもぐ。仕方ありませんね。食材を無駄にするわけにはいきませんし』
『そうじゃのう。ヨモギは食べなくてよいのか?』
「私はお腹いっぱいですので!」
テントの中では、ヨモギが次々と料理を用意して管理者と指揮官を押さえつけている。おかげでウェイドは口の周りをチョコレートやクリームで汚し、T-1も外の様子に気がつく様子はない。
唯一レッジの凶行に気がついているレゥコも、これから何が起こるのかまでは予想できず、ひとまずの静観を取っていた。
「とりあえず、ウェイドさんたちにバレる前になんとか終わればいいんですが」
「レティさん、大変だ! 騎士団が持ってきた砂糖が底をつきそうなんだ!」
「はええええっ!?」
レティが生唾を飲んだ矢先、血相を変えた騎士団調理班の団員が飛び込んでくる。砂糖の枯渇とはすなわち、ウェイドの覚醒を意味する。それだけは避けねばならないとレティは行動を起こす。
「ウチのクチナシにまだ多少積んであります。それも使ってください!」
「1分で500kg食べてるんだよ。多少の供給じゃ焼石に水だよ」
割烹着を着た青年が悲壮な声を漏らす。レティたちが乗ってきたクチナシ十七番艦は、積載量の全てを食料品に割いているわけではない。むしろアンプルやマルチマテリアルといった消耗品が主であり、砂糖は1トン程度しか積み込んでいなかった。
「しかたありません。SHIRATAMAを集めて二次加工すればまだなんとかなると思います」
「そ、そうか! ありがとう、そうしてみる!」
〈黄濁の溟海〉を渡るために用意されたSHIRATAMAだが、すでに用は済んでいる。調査開拓員たちが食べ残したものを集めて使えば、まだしばらくは時間が稼げる。
レティの助言を受けて、騎士団員は早速走り出す。その背中を見送って、レティは沈黙を保つレッジに祈るのだった。
「おじちゃん、大丈夫かなぁ」
「レッジさんは心配ないと思いますけどね」
不安げに瞳を揺らすシフォン。レティもただ、待つことしかできない。
「う、うわあああああっ!? 新型だ。第四世代が出たぞ!」
あちこちで悲鳴がつき上がる。見れば、より人間の形に近づいた、新たな甲虫が両腕の刀を振るって暴れ回っていた。新種の登場に、一気に周囲が騒然となる。
「なんでもいいから、早く来てくれおっさん!」
「このままじゃ壊滅しちゃう!」
「神様仏様……いや、悪魔でも邪神でもいい!」
死力を尽くして前線を維持する調査開拓員たちの声。
その時だった。
『グッガッギギッ……ガガガガッ!』
「な、なんだ!?」
第四世代の登場から間を置かず、新たな異変が起こる。
まさかもう第五世代が現れるのかと誰もが絶望を脳裏によぎらせた。地の底から響く禍々しい声に、震えて崩れ落ちる者まで現れる。
「シフォン、戦う準備だけはしておきましょう」
「はえええ……」
レティも一休みなどと言っていられない。ハンマーを構え、事の趨勢を見守る。
そして――。
『グッ、ゴッ、ガガ……。オォ、オ、オォォオオーーーイ!』
「ひぎゃあああああああっ!?」
「な、なんだあれは!?」
「ほんとに邪神が出てくることがあるか!」
甲虫の群れを吹き飛ばすようにして立ち上がった、巨大な人型。それは生まれたばかりの第四世代を握りつぶし、顔をあげる。禍々しい姿だ。植物と昆虫と人間が混ぜ合わされたようなグロテスクな外見で、黒いヘドロのようなものをいたるところから噴き出している。
自重に耐えられないのか、たえず自壊と再生を繰り返しながら、なんとか姿勢を保っている。
『ふぅ、ごちそうさまでした。白玉は調査開拓員のためのものですからね。そこまで食べるような浅ましい真似はしませんよ。――さて、外の様子はぁあああああああああっ!? な、なんですかあれは!?』
膨らんだお腹をさすりながら、満足げに温かい息を吐いて現れたウェイドが目を丸くして絶叫する。その邪神は、彼女の目にも確かに写っていた。ウェイドはわなわなと震え、その手に銀の剣――管理者専用兵装“生太刀”を構えて飛び出す。
『なーにをやってるんですか、この馬鹿レッジーーーーーーッ!』
その声に、周囲で圧倒されていた調査開拓員たちもまた、驚きの声をあげる。
『オオオオ、ウェイドォォォオオオオ!』
そして、彼女の呼びかけに応じるように、邪神が赤黒く血管の脈打つ腕をあげてぶらぶらと振った。
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Tips
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あまい。
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