第1663話「謁見の間の女王」
甲虫たちは個々の集合によって巨大な意識の統一体を作り上げている。だからこそ、凄まじいスピードで成長し、俺たちに対抗する能力を手に入れてきた。逆に言えば、その内側に入り込むことができれば、一網打尽にできるということでもある。
ゴキブリ、羽虫と来て第三世代の鎧武者型と神経を繋ぎ、その思考の内側へと浸透していく。俺自身の防衛は思考分割で対応しつつ、甲虫の集合意識へアクセスする。
いわゆるクラッキングのようなことをしているわけでが、現実のマシン語とはまた違う秩序によって構成されている世界だ。それを一々翻訳しつつ再現する必要がある。
「仮想現実の中で、即興で仮想現実を構築するはめになるとはな。まあ、これくらいのものならなんとかなるが」
甲虫の群れの中へ飛び込んでいた俺は、次の瞬間には白い世界に立っていた。鎧武者型の体を流用しているので、視点はかなり高いし体も動かしずらいが、これもそのうちなれるだろう。
それよりも周囲からザワザワと落ち着かない雰囲気がひしひしと感じられる。
『貴様、何者だ!』
どこからか誰何の声をかけられ、振り返る。そこに立っていたのは第一世代――ゴキブリ型の甲虫だ。発語には適さない口をしているはずだが、ここは彼らの世界だから問題なく意思の疎通が行える。
「怪しい者ではない。レゥコの同胞だ。敵にやられて、負傷している」
『そうか。様子がおかしいのは、負傷していたからか』
適当に言い訳をすれば、案外すんなりと受け入れられた。集合意識を構築しているとはいえ、そこに外部から何かが侵入するとは想定していないのだろう。
それともう一つ分かった。やはりこの甲虫たちは、レゥコ氏族、つまり彼女の部下であるということだ。クナドの配下にコシュア氏族が、ポセイドンの配下にエウルブ氏族がいたように、ここにはレゥコ氏族の者がいるらしい。
気が付けば、周囲に甲虫たちがいる。いや、俺の処理が追いついてきて、表示されるようになったのだろう。彼らは身体から黒いモヤのようなものを滲ませて、しきりに苛立ちを表している。
『早くレゥコ=ナイノレスを喰らわねば』
『我らの渇きが収まらない』
『あの奇妙な猿共も邪魔だ』
『全て食えばいい』
彼らの目的は、レゥコを捕えることにあるらしい。それが汚染術式に感染してしまった影響なのかはまだ分からないが。
「戦っていて、敵の弱点が分かった。どこに伝えにいけばいいだろうか」
『むむ、お前すごいな。それならば女王様のところへ行け』
「女王様?」
『なんだ、それも忘れてしまったのか?』
どう動けばいいのか分からないまま、ノリと勢いで話しかけると、黒い甲虫は思ったよりも話の分かる奴だった。見るからに怪しい鎧武者にも拘らず、仕方ないなと案内してくれる。
あちこちで井戸端会議のように話している甲虫たちの間をかき分けて、白い世界の奥へと進む。この集合意識の中で彼らはお互いに話し合い、情報を共有しているらしい。このテレパシー的な能力があれば、TELの圏外も解消されるのだろうか。
などということを考えつつ、案内人の甲虫の後ろをついていく。その途中で、白く巨大な繭をあちこちで見た。周囲に甲虫たちが群がり、しきりに何か話しかけている。
『できるできる! やればできる!』
『お前は強い子だ! 諦めんなよ!』
『ネバーギブアップ!』
『Just do it!』
何か教えているのかと思ったが、なんか気合いを入れているだけっぽいな。しかし、その声に応じてか繭がモゾモゾと動き、やがて破れる。どろりとした液体が流れ出し、中から黒々とした甲殻を持つ虫が現れた。
「あれは、まだ見たことないな……」
『どうした? おお、あれもついに産まれたか!』
案内人が嬉しそうに触角を揺らしている。太い二本の足で立ち、両腕の肘から先が鋭利な日本刀のようになっている。腕の刀は俺、つまり鎧武者型と同じだが、より人型に近い外見になっている。
『俺たちの意見を受けて女王様が改良した仲間だぞ。お前も女王様に報告すれば、それを受けてより強い奴が産まれるんだ』
「なるほど。ああいうシステムになってるのか」
見れば、あちこちに似たような繭がある。サッカーボールくらいの大きさで無数に集まっているものもあり、それからは従来のゴキブリ型がワラワラと産まれている。世代を経るごとに繭は大きくなるようだ。
そして、あの繭を産み出しているのが、女王様というわけか。
『さあ、ここだぞ!』
案内されたのは、白い世界に突然現れた巨大な白い城だった。まあ、城のイメージは俺が処理しているものなんだが、要はこの集合意識の中でも特別に武装された空間というわけだ。
この見るからに堅牢な建物の中に、彼らレゥコ氏族の甲虫たちの女王様がいる。
『女王様〜〜! 敵の対策を考えてきた奴を連れてきました!』
案内人が触角をぴょこぴょこと振りながら声を張り上げる。城の姿は俺のイメージなので、衛士のようなものがいるわけではない。ゆっくりとひとりでに扉が開き、その向こうから厳かな声が返ってくる。
『よかろう。入るが良い』
この奥に、甲虫たちの親玉がいる。自然と緊張するなか、案内人と共に門の向こうへ足を踏み入れる。
『よかったな、お前! 大手柄じゃないか!』
「ああ、いや。偶然だよ」
『そうか? オレはまだ敵と戦えてないんだよなー。産まれても海の上まで這い上がるまでかなり時間がかかるし』
「そうだな。しかし、多くの仲間が死んでいった」
『そりゃ楽しみだな!』
レティたちによって、列柱神殿の守護者たちによって、無数の甲虫が死んでいる。しかし、案内人はそれをむしろ、無邪気に喜んですらいた。彼らにとって、死は種全体への還元であり、損失ではないのだ。
『オレも早く戦いたいぜ! あいつら全員喰って、あの力を手に入れてやるんだ!』
その言葉も密かに覚えておく。
彼らはしきりに“喰う”と言っている。何が“喰う”ことに該当するのかは分からないが、“喰う”ことで調査開拓団を圧倒できるという。これは少し注意したほうがいいと、直感が囁いていた。
『お前もすごいよな! オレも鼻が高いぜ!』
「そうなのか?」
『ああ! オレたちがこうして来ることで、仲間がどんどん強くなるんだ!』
やはり、集合意識の中で彼らは強くなっている。そしてその方法が、女王様と謁見すること。……いや、違うのか。
嫌な予感がする。
無邪気に笑う案内人に、気が逸らされていた。
こいつらは“喰う”ことで強くなるのだ。
『女王様! コイツを喰ってくださいよ! しっかりと余すことなく!』
「っ!」
門から続く廊下の先、謁見の間の扉が開く。
その向こうに、黒々とした蟲の女王が口を開き待ち構えていた。
『よかろう。その身を差し出せ』
おぞましい声が響き渡る。細長く濡れた舌が、無数に絡まり合いながらこちらへ殺到してきた。
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Tips
◇『同期』
〈通信〉スキルレベル45のテクニック。自身の機体情報の一部を他の調査開拓員と共有する。同期中は一部のステータスを他の調査開拓員と共有することができるが、その範囲は通信強度に左右される。
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