第1662話「より深く潜れ」

「ははははっ! これはなかなか、歯応えがありますね!」


 テントの外に出てみれば、前線でアストラが暴れ回っていた。次々と守護者による大規模破壊攻撃が飛んでくるにも拘らず、まるでそれを予知しているかのように紙一重で避けながら、進化した甲虫たちを叩き潰している。

 その様はまさに一騎当千。もう彼だけでいいんじゃないか、などという思いも周囲に蔓延している。

 何より凄まじいのはやはり守護者による支援だろう。甲虫たちを消し飛ばす凄まじい威力と範囲を誇る強力な攻撃だけでなく、フィールド全域に波及する支援バフも振り撒かれている。そのおかげで、アストラもいつもより多めに回転している。


「とりあえず団長を支援するんだ! それ以外にできることはねぇ!」

「下手に撃ったら当たりそうだ。アンプル弾に切り替えろ!」


 混乱していた調査開拓員たちも、アストラの支援という単一の目標ができたことで再起しはじめる。

 俺はその様子を眺めつつ、周囲の状況を確認して頷いた。


「やっぱりこれは、大元を叩かないとダメなんだろうな」


 この甲虫の群れの本質は、群体であるということだ。ニルマたちの話を聞いていて、そんな予想が確信に変わっていた。

 彼らは元々、白いグソクムシだった。レゥコの部下だったのかもしれない。重要なのは、白神獣であったということだ。彼らはレゥコの作り出した贋作の生命の種に触れ、汚染術式の感染を受けて黒化した。つまり、群体でありながらそのすべてが状態を共有しているということだ。


「群であり個、個であり群。今の調査開拓員の理念とおんなじじゃないか」


 単一では鎧袖一触に倒されてしまうほど弱い存在でありながら、無数に集まることによって凄まじい力を発揮する。それはまさしく全体としての万能家という現在の調査開拓団の理念と通底している。

 個としての万能家という理念を立てていた第零期先行調査開拓団からそのような発想が出ていたことは、少々驚きでもある。

 そして、このタイプの難しさは、チマチマと群れの一部を倒していても遅延にしかならないということだ。群れの中心、核となるものを潰さなければ、この甲虫たちは再現なく現れる。


「すまんね、ちょっと通してもらうぞ」

「うわっ、おっさん!?」

「げぇっ!? なんで前線に!?」


 騎士団の重装盾兵たちに声をかけ、前に出る。慌てた何人かが盾を抱えて追いかけてきてくれたが、付き添いは断る。


「配慮は嬉しいが、これは俺の問題だからな。こっちに任せてくれ」

「それが不安だからついて行きたいんだけど……」

『ギィイイイイイイイッ!』


 空気を読まずに飛び込んできた細長型の甲虫に槍を繰り出す。動きが素早いと言っても蠅みたいに直線的な動きだからな。ある程度の予想はつく。さっくりと首を貫いて叩き落とし、次々と襲いかかってくるゴキブリ型も槍で片付けていく。


「俺、不要そうっすね」

「おとなしく前線守ってまーす」


 気が付けば、盾兵たちが持ち場に戻っていた。すんなり離れられると、それはそれで悲しいな。


「『解体』」


 槍を解体ナイフに持ち替え、近くの死体に刃を入れる。ドロップアイテムが欲しいわけではなく、情報が欲しかった。鑑定スキルのレベルが低いから全てが分かるわけではないが、それでも見ているだけで推察はできる。


━━━━━

◇黒蝕の割れた甲殻

癒えることなき渇望にもがき、深淵を見つめてしまった者の成れ果て。同胞たちと共鳴し、幻想を共有する。

━━━━━


 具体的な耐久値や素材としての価値なんかはまるで分からないが、これだけの情報が得られる。つまるところ、この甲虫たちは集合意識的なものを持っているのだろう。

 真偽のほどは問わない。重要なのは“そうである”と認識することだ。


『ギィィイイイイイッ!』

「おっ、いいところに来てくれたな!」


 ある程度のプランを組み立てたところで、最新型の甲虫――巨大化して筋骨隆々となった鎧武者のような甲虫が雄叫びと共に乱入してくる。腕の先から伸びる、カマキリの鎌脚にも似た武器を避け、槍で弾く。俺はシフォンほどパリィが上手いわけではないが、真正面からの一撃くらいならなんとかできる。


『ギィイッ!?』


 鎧武者が怯んだ隙に、その懐へ。


「すまないが、ちょっと脳を借りるぞ。――『強制萌芽』」

『ギッ!? ギ、ギギギ……ギュィ……』


 硬い甲殻の隙間目掛けて、栄養液の入った注射器を突き込む。改良型の種瓶だ。極小の種が相手の体内へと注入され、そこで根を出す。

 試験品種“血織の赤蔓”。原始原生生物“増殖する日干しの波衣”と“侵蝕する鮮花の魔樹”、そして“肉破る纏針の葉衣”の遺伝子を掛け合わせた実験的な品種だ。これは相手の血液によって急激に成長し、その神経系を侵蝕していく。数秒もあれば完全にその動きを掌握してしまう。

 元々は“緑の人々”の神経系に、もっと言えば“氷の人”の運用にも利用できないかと思って持ってきたのだが、思わぬところで役に立った。


『ギギギッ、ギギッ』

「よしよし、いい感じだ」


 鎧武者甲虫の全ての神経が“血織の赤蔓”へと入れ替わり、その動きが全て俺の指先に伝わってくる。つまり、この鎧武者の意識が、こちらと直結したということだ。

 複雑な振動となって伝わってくるデータの解析方法から検討する。彼らの思考プロセスを紐解き、その言語体系と呼べるような論理構造を調べるのだ。その上で神経の動きを解読し、情報を復号する。

 俺の指には十本ずつの蔓が、両手の指を合わせて百本。さらに背中から展開した副腕三対も総動員し、腕は八本、指は四十本、総計四百本の神経を接続させる。流石に凄まじい情報量が流れ込んでくるが、思考分割でなんとか対応する。

 ついでに自衛用にいくつかDAFシステムも起動しておくか。


「うわぁ、おっさんがキモいことを」

「指からめっちゃ赤い糸出してる……」

「あれが運命の赤い糸ってコト!?」

「糸の先に繋がってるの、操り人形みたいになってる武者型なんですけど」

「どうみても黒幕です。本当にありがとうございました」


 後方で調査開拓員たちが何やら囁いているが、そちらに気を回す余裕はない。

 俺は今から即興でデコードした仮想現実へと飛び込まないといけないのだ。


「さて、上手くいくかな」

『ギュギギッ!』


 筐体となってくれる鎧武者君にも頑張ってもらわなければなるまい。俺は彼を激励しつつ、指先の神経へと意識を統合していった。


━━━━━

Tips

◇ “血織の赤蔓”

 複数の原始原生生物の遺伝子を混交して作られた人工的な植物。試験品種であり非常に不安定ではあるものの、強力な力を持っている。

 生物の体内で萌芽した際にその血液を栄養源として生長し、対象の神経網を極細の蔦へと置換する。蔦は伝導性や耐久性に優れ、神経系として問題なく機能する。

 管理者に存在が露呈した場合、即時の抹殺指令が下る逸品。


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