第1661話「誰の責任か」
「はええっ!? はわあっ!? はええんっ!? はえぷっ!?」
次々と閃光が走り、大爆発が広がる。シフォンが尻尾を膨らませて跳ね回っている様子を眺める余裕もなく、甲虫が殲滅されていくのを見届ける。大爆発を引き起こしているのは、後方の山腹に立ち上がった七本の塔に立つ何者か。そして、大爆発の隙間を駆け抜けて剣を振り回しているアストラがいた。
「はぁああああああっ!」
『ギィヤアアアアアアッ!』
アストラの剣が、甲虫を袈裟斬りにする。百匹の新型羽虫を瞬殺したのも束の間、新たに重厚な筋骨隆々の甲虫が現れた。それは機術師複数人による輪唱機術さえ跳ね除けるほどの強靭を誇っていたが、アストラはそれを容易く切り伏せていた。
「展開が凄まじいな、まったく」
新型に次ぐ新型。それを抑えるアストラと謎の援軍。あまりにも展開が目まぐるしく、俺も理解が追いつかない。
確実なことといえば、アストラが無類の強さを発揮しているということだ。
「レゥコ、あの塔は……」
『アイヤー……。列柱神殿ネ』
当然のことながら、レゥコはあの塔の正体を知っていた。山頂へ至るための道筋のひとつ、霊山大社への参拝許可を得るために巡らなければならない七つの神殿。列柱神殿とは、あの塔のことなのだろう。
であるならば、その頂点に立ち、こちらを援護してくれている動物たちは、
『列柱神殿の守護者たちネ。何やってるカ、ワタシにも分からないネ』
あれらは本来、俺たちの前に立ちはだかる脅威であり関門だったのだろう。それがどういうわけか、アストラと肩を並べてこちらに加勢してくれている。
「やあレッジ! なんとか持ち堪えてくれてたようで何よりだね」
「ニルマか。色々説明願いたいんだが」
テントの中に入ってきたのは銀翼の団のニルマだ。アストラと共に各地の遺跡の調査へ乗り出していた彼ならば、この状況にもしっかりと説明を付けてくれるだろう。
俺の要求に、彼は快く応えてくれた。
「そうだね。まあ簡単に言えば、アストラがレッジをリスペクトしたんだ」
「簡単に言い過ぎだ。俺は何もしてないぞ?」
「そう、何もしてない。ただ対話したんだ」
列柱神殿の守護者。つまりは力を示すべき相手だ。それに対して、アストラは対話を試みたという。隣で聞いているレゥコが首を傾げている。しかし俺はなんとなく経緯が分かってきた。
「色々状況が変わったのは報告を受けてたからね。本来なら倒すべき相手を巻き込んだ。第三勢力が出たなら、敵の敵は味方ということでね」
「守護者に協力を持ちかけたのか。よく通ったな」
「知らない管理者を連れてきてるレッジに言われたくないね」
ニルマはそう言って笑う。
つまりアストラたちは、倒すべきボスを説得したのだ。
『アイヤー……』
レゥコが反応に困って絶句している。まさか守護者たちが仲間につくとは思いもしなかったのだろう。
「そうか……アストラたちは正規ルートで進んでるんだな?」
「え、いやこれもだいぶ邪道だと思うんだけど……」
七つの列柱神殿を攻略していることには変わりはない。そもそも、守護者を倒せとは言われていないのだ。力を示せと言われているのなら、説得であってもいいはずだ。
やはり〈大鷲の騎士団〉はトップ攻略組なのだと改めて思い知らされる。
『アイヤー。そこのお兄さん、この人ってもしかしテ……』
「自分のやってることに自覚のない朴念仁だよ。まったく」
何やらレゥコとニルマが話している。守護者に力を示したということで、彼らはレゥコにも認められたのだろう。俺もこの後、守護者に会いに行っていいだろうか。
「ああ、それよりも重要なことがあった」
それを伝えるために来たのだとニルマが言う。彼らは各地の列柱神殿を訪れ、そこの壁画の解析も並行して進めていたらしい。そうして、新たな事実が分かったという。
「上から降ってきた肉の種子。あれはいわゆる生命の種だった」
「生命の種? それって、第零期団の……」
彼は頷く。
生命の種はテラフォーミングを終えた後に第零期先行調査開拓団が蒔いた種だ。生命が存在しなかった惑星イザナミに有機物と遺伝子データを散布し、萌芽を促した。今日に至って各地で繁栄する原生生物たちも、樹形図の根本まで辿れば生命の種に行き着く。
「ただし、完全なものじゃない。――レゥコ・ナイノレス。君が再現しようとしたレプリカだよね」
ニルマはレゥコに視線を向けて、強く断言する。
重たい沈黙がテントの中に広がった後、彼女は観念したように頷いた。
『そこまで知ってるナラ、しかたないネ。――確かにアレはワタシが作った贋作ネ』
生命そのものの根源となる生命の種。第零期先行調査開拓団が播種したものではあるが、レゥコ一人で作り上げられるものではないのだろう。そう言った意味で、あれは贋作であり、本物にはなりえない。
「問題は、生命の種のレプリカが黒神獣と融合しちゃったことだね」
「黒神獣? もしかして、あのゴキブリか?」
「そう。――まあ、元々は白神獣だったんだけど、それが海底にある封印杭から漏れ出した汚染術式を受けて、黒化したんだろうね」
なかなかややこしくなってきた。
元々海に存在していた白いグソクムシは白神獣だった。しかし、それが海底にある術式的隔離封印杭から漏れ出した汚染術式に感染し、黒神獣となった。被害はそれだけでは収まらず、黒化したグソクムシがレプリカとはいえ莫大な生命力を含有した生命の種を喰らってしまった。
……あれ、これはもしかすると。
「俺がレゥコを連れ出したから、か?」
「その可能性は否定できないね」
これまでもグソクムシは白神獣として存在していた。それがなぜ、今になって黒化したのか。
誰かが封印杭の要となるものを取り外してしまい、汚染術式が漏出してしまったからだ。
『モーマンタイ。レッジは悪くないヨ。……遅かれ早かれ、ワタシは汚染術式を抑えきれなかったカラネ』
レゥコが慰めるように言ってくれるが、全容が分かってなお笑い飛ばせるほど俺も図太くはない。
「すまん、レゥコ。……あの黒化してしまった白神獣にも、悪いことしたな」
「レッジ?」
「ニルマ、申し訳ないが、しばらくここを頼めるか」
槍を手に取り、テントを出る。
俺が責任を取らないとな。
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Tips
◇生命の種(偽)
第零期先行調査開拓団員、第三開拓領界統括管理者、レゥコ=ナイノレスによって開発が進められていた生命エネルギー高純度高濃度結晶体。自己増殖術式と同一化能力の増強を図り、生態系のオーバーラップを引き起こすことを企図したもの。
しかし第二開拓領界との紛争の際に[文書が破損しています][文書が破損しています][文書が破損しています][文書が破損しています][文書が破損しています]
[情報保全検閲システムISCSにより、文書データの復元が行われます]
[情報保全検閲システムISCSによる文書データの復元が失敗しました]
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