第1657話「信頼できる仲間」

 建てるテントは要塞型。総金属製の重厚な作りで、サイズも大きい。〈罠〉スキルを併用して防御網を構築する関係上、完成までの時間は非常に長い。それまでに敵が到達すれば、俺はあっけなく死んでしまうことだろう。非常にシビアな賭けだが、俺は落ち着いていた。


「ひゃあ! レティの前に立つとはいっそ清々しいほどの蛮勇ですねぇ!」

『ギギギギギッ!」』


 黒い津波のように押し寄せる、巨大な甲虫の群れが吹き飛んだ。レティによるハンマーの一薙で、数十の個体がまとめて砕け散ったのだ。重装盾兵の戦列を軽々と飛び越えて最前線へ躍り出たレティは、四面楚歌の状況に笑みさえ浮かべているようだった。

 風を唸らせて重たい大鎚を振り回すたび、地割れのような凄まじい破音と共に敵の軍勢が削がれていく。


「これもう全部赤兎ちゃんでいいんじゃねぇの?」

「ほとんどマップ兵器だろこんなん」

「おっさんが要塞なら、都市防衛設備があの子だなぁ」


 彼女を前方に眺める重装盾兵たちは、他と比べて明らかに暇そうだ。何せ立ち向かうべき敵が目の前で消滅しているのだから、それも仕方ない。


「『インパクトクラッシュ』ッ!」


 ハンマーは基本的には対単体攻撃がメインとなる武器だ。一点突破の打撃力で、高防御力の硬い敵を打破することを得意としている。しかし今回の敵は、多少硬い甲殻を持っているものの、数で圧倒することを基本戦略に据えている。本来ならば、テクニックの回転が遅いハンマーにとって相性の悪い敵であるはずだった。

 しかし、レティはあえて敵そのものではなく、その足元の地面に向かってハンマーを振り下ろす。激震が周囲に広がり、その衝撃によって周囲の甲虫たちが吹き飛んでいた。


「せいやぁっ!」


 レティはあちこちにボコボコとクレーターを作りながら、景気良く甲虫の群れを粉砕していた。


「昆虫だろうが水虫だろうが、頭があるなら首がある! 首があるなら斬って見せましょう! 『一閃』ッ!」

『ギギギギギッ!』

『ギャアアアアアッ!』


 またレティから少し離れたところでは、銀線のような斬撃が甲虫を一刀両断していた。

 その渦中で大太刀を振るうのはもちろん我らがサムライ、トーカである。袴をふわりと翻し、桃花柄の着物で乱戦を繰り広げている。妖冥華の紅刃がきらめくたび、こちらも十以上の甲虫がまとめて吹き飛んでいた。

 レティのそれと違うのは、あちらが木っ端微塵に粉砕しているのに対し、滑らかな切り口で二つに切り裂いているという点だ。トーカは細やかに納刀と抜刀を繰り返し、瞬間最大火力に優れた抜刀術を的確に繰り出している。

 剣はハンマーと比べてバランスの良い性能をしているとはいえ、トーカの大太刀は特大武器であり、抜刀術も回転率が良いものとは言えない。しかし彼女は持ち前のプレイヤースキルで、その弱点を強引にねじ伏せていた。


「首ィ! 首ィ! あれも首、それも首! 全部首ですよぉ!」


 ザザザザザッ、と一瞬のうちに五連の抜刀。斬撃が飛び、甲虫の体が分離する。

 トーカはレティのように強い跳躍力こそないものの、〈歩行〉スキルの高さでシンプルに機動力を高めていた。草履という早駆けには不向きな足元ながら、それを微塵も感じさせない軽やかな動きである。

 さらに彼女は妖冥華の大太刀という形状を十二分に活かしていた。


「ふはははははっ! 全部まとめて斬ってやりますよ!」

『ギャアアアアアッ!』

『ヂヂヂヂァッ!』

『ギギュガッ!?』


 2メートルはあろうかという、非常識なほど長大な刃。その根本から切先までを全て使い、数匹の甲虫をまとめて斬首する。細やかな調整が必要な太刀筋にも拘らず、彼女の動きは機敏だ。

 八面六臂の大活躍を見せるトーカ。当然、彼女の背後に並ぶ重装盾兵たちも暇そうだ。

 そして、別のところにももう一人、盾兵たちを暇にしている者がいる。


「まったく、これだけ数が多いと嫌になるわねぇ」


 次々と迫り来る甲虫を、両腕の盾拳で叩き、長い足で蹴り飛ばす格闘家。紫紺の髪を広げながら、的確なガードによって全くの無傷を維持している。

 おだやかな口調だが、その動きはレティやトーカよりもさらに熾烈だ。両腕のみならず両足、膝や肘まで加えた全身を武器として、単身で波濤の如き甲虫の攻勢を凌いでいる。

 防御機術も的確に併用し、その防御範囲は非常に広い。一度の数十の甲虫を完封している。


「〈白鹿庵〉だと赤兎ちゃんと首斬りさんがヤバいと思ってたけど、あの人も大概だよな」

「何回連続ジャストガード決めてるんだ。というか、ジャスガ失敗してないのか」

「俺、タンクとして自信無くしちまうよ」


 トーカが八面六臂ならば、こちらは千手万脚といったところか。〈体術〉スキルの真価である全身武装を最大限に活かした凄まじい戦い方は、いっそ芸術的ですらある。


「ありがとう、みんな。おかげでテントが建ちそうだ」


 そんな彼女たちがいるからこそ、俺は安心してテントに集中できる。

 巨大な黒鉄のテントがゆっくりと立ち上がる。それが完成すれば、周囲に強力な防御特化のバフが広がるだろう。さらに、今回の要塞は特別なものだ。


「こっちは準備できたぞ、アイ」

「ありがとうございます。――とても良い感覚です」


 立ち上がった黒鉄要塞の頂点に、ステージがあった。

 そこに凛として立つのはローズピンクの少女。その衣装はいつもの銀の軽鎧から、アイドルらしいフリルのついたステージ衣装に変わっている。その手にはマイクが握られ、要塞の各所には大型のスピーカーが前方に向けて配置されている。

 テントの完成と同時に、マイクのスイッチが入る。

 遠鳴りのようなハウリングを聞きながら、アイが喉を引き締めた。


━━━━━

Tips

◇防御特化広域支援要塞型テント“千年舞台”

 最前線で熾烈な攻撃に耐久することを想定して設計された、大型の防御特化テント。総金属製の重厚な作りで、収容人数もさることながら設備の面でも非常に充実している。

 特筆すべき点として、前方に向けて大型の音響スピーカーが設置されており、テント頂点にステージが設けられている。


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