第1653話「雷鳴の彼方」

 レティとLettyは跳んでいた。跳びながら、落ちながら、登りながら、進んでいた。後退してもいた。あらゆる矛盾がそこに生じていたが、そう称するほかない。彼女たちは無限の狭間へと陥り、そこを猛烈な勢いで移動し、立ち止まっていた。


「レティさん、さすがにこれはどうしようもないのでは!」

「いいえ、Letty。まだ諦めてはいけません!」


 Lettyはこの終わりのない波乱の道に悲鳴をあげる。しかし、彼女の手を離さない少女がいた。レティは諦めなど微塵も抱かず、ただ山の頂上を目指していた。

 ラクトとトーカが何かを企んでいることはTELによってある程度察している。しかし、それがどのようなものなのか、理解するまで立ち止まっているつもりはなかった。自分にできることをやる、ただそれだけだ。


「偉い人は言いました。信じるものは救われると!」

「足元を掬われてたら意味がないんですよ!?」

「Lettyはレティのことを信じられませんか?」

「いいえ」

「そういうことです!」

「なるほど!」


 Lettyの揺らぎかけた心はその一言で堅固なものとなる。不動の姿勢は覚悟を定め、レティと足並みを揃えさせる。Lettyはレティ自身を信じているレティを信じているのだ。

 更に、もっと、より、輪にかけて、いっそう。彼女たちは足に力をこめて大気を蹴る。勢いが凄まじければ、その脚力によって気体さえ捉えることができた。空気を蹴り、蹴り、蹴り、蹴り――。


「せやああああああああっ!」


 蹴る。


「とりゃああああああああっ!!!」


 蹴る。

 そして、


「だらっしゃーーーーーーいっ!」


 蹴る。

 二人は加速する。加速し続ける。やがて耳がなにも感じなくなった。タイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビットの耳は強靭だ。風圧で壊れたわけではない。彼女たちはそれよりもはるかに超越した。

 ――音を置き去りにした。


「おおおおおおおおおおっ!」

「りゃああああああああっ!」


 Lettyのモジュール、〈連理〉が発動する。レティと同じ行動をすることで、その力が爆発的に上昇する。何度も何度も、何度も何度も、絶えず蹴り続ける。跳躍を続ける。空気という分厚い壁をハンマーで叩き壊しながら、強引に突き進む。

 無限の景色が連なっていく。前に見えたものが刹那に後ろへ消えていく。


「おびぶばべぼぼぼばばばべばっ!」

「ぶぼぼべぼぶぴぴぴぴぴっ!」


 もはや二人の間に言葉はなかった。音を超え、なおも加速する。

 加速は加速を呼び、更に加速する。〈連理〉の循環がレティの背中を押し、Lettyの腕を引っ張る。

 二羽の兎が空を駆ける。その手に黒いハンマーを持って。

 空気の壁を超え、やがて物理的な限界が近づく。圧縮された空気は硬く、調査開拓用機械人形の機体は脆い。このままでは自壊すると、二人が同時に理解した。だが、ここで止まるわけにはいかない。


「びびびぶぶべべっぼぼぼぼぼぼっ――」


 レティが、ハンマーを構えて力を漲らせる。

 狙い澄ます一撃。万物の弱点を穿つ雨粒。

 轟音と暴風が渦巻く無限のなか、レティは水を打ったような静寂を覚えた。全身は燃えるように熱いのに、それすら感じない。機体のスキンは全て剥がれ、鋼の躯体が剥き出しとなっているというのに。

 レティは、言葉を発する。


「――〈刻破〉」


 モジュールが励起する。かつてエルフ族によって極められた理外の法術が動き出す。大地と天と大海に満ちる超自然のエネルギーは絶えず循環し続けている。網の目のように張り巡らされたその流れは、巨視的に見れば際限はなく、微視的に見れば無限に細分化される。レティはその網のわずかな結び目を見つける。本能、直感、第六感と呼ばれるような天性のセンスが、極度の集中状態によって発現し、彼女に凄まじい力を与えるのだ。

 彼女がハンマーを振り下ろした。


――コツンッ


――キッ


――キキキカカカカカカカキキキキカカカカカカカカッ!


 破壊は連鎖する。

 網の目のように繋がったそれは、万物へと波及する。

 空間に亀裂が入った。世界そのものが、構築理論を破綻させる。青空の向こうに、無数の雷鳴が轟く混沌の嵐が見えた。


「開けえええええええええっ!」


 レティの絶叫。その音圧に怯えるように、裂け目が勢いよく広がる。

 その向こうから、稲妻の竜が首を伸ばして迫りくる。


「見つけましたよ、首ィ!!」


 その竜たちがレティとLettyの喉元に食らいつかんと襲いかかったその時、聴覚の戻ったレティの耳に、嬉々とした声が聞こえた。

 斬撃が、稲妻の群れを断ち切る。

 長い髪をたなびかせ、草履で軽やかに駆ける桃花の柄の着物。袴を翻し、大太刀を振るう。その斬撃が、次々と稲妻の“首”を断ち落とす。鬼気迫る剣豪が、ギラギラと笑う。


「無限、討ち取ったり!」


 快哉たる勝利の声が、雷鳴を押し潰して朗々と広がった。


━━━━━

Tips

◇ MB-B〈連理〉

 モジュールデータ。八尺瓊勾玉に刻印することで特殊な効果を発揮する。

〈連理〉

 続け、導け、合わせて、花開け。最愛の者に連れ添うことこそ、我が至極の栄誉なり。MP消費3


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