第1654話「遂に合流」

 快刀雷鳴を断つ。うなりを上げる稲妻の竜を、一刀の下に両断する。


「トーカ!? どうしてここに!」


 突如として現れて稲妻を斬り始めたトーカを、レティが驚愕の目で見る。勢いに勢いを重ねて跳躍してきた彼女は、まさかはるか後方に置いてきたトーカが追いついてくるなど予想だにしていなかった。真夏の幽霊でも見たかのように、目を限界まで大きくしていた。


「単純なことですよ、レティ!」


 それに対し、トーカは満面の笑みで答える。


「距離の首を斬りました」

「は?」


 まるで理解の追いつかない理論に、素の疑問符が飛び出す。トーカは嵐の中の雷鳴を断ち切りながら、黒髪を広げて振り返り、そして可憐に笑う。

 手には愛刀、妖冥華。軽やかに蹴るのは、稲妻。キックパリィで跳躍しつつ、彼女は正面に向かった剣を放つ。


「せいやぁっ!」


 刃の挙動がレティの眼前で歪む。空間を斬った。そう表現するほかないような太刀筋で虚空を切り裂いたのだ。直後、トーカの身体がぶれ、一瞬にして50メートルほど前方へと移動していた。


「しゅ、瞬間移動!?」

「いいえ、これは完璧に科学的な理論に基づいた現象ですよ」


 更に驚くレティに対し、トーカは意気揚々と種明かしをした。


「距離というのは、つまるところ長さです。A地点からB地点までの線分を取り、それを身体であると仮定します。すると、八対二から九対一くらいの分割点を首と見做せますよね。あとはそこを切ると距離の首を吹き飛ばし、そのぶんを一瞬にして移動できるというわけです」

「は?」


 素の疑問符が飛び出した。


「何を馬鹿なことを言ってるんですか! トンチキにも程がありますよ!」

「空間の壁を砕いたレティに言われたくありませんね!」

「こっちの方がまだ科学的な理論に基づいてますからね! まず世界には網目状に繋がる無数のエネルギーのラインがありましてですね。その結束点をですね!」


 轟々と荒ぶる嵐のなか、レティとトーカはお互いの理論の正当性で張り合う。どちらも己の方がより科学的だと譲らず、張り合う。その間にも次々と迫る雷を邪魔だと払いのけているあたり、案外余裕そうにも見える。


「うわぁ、ほんとにここまで来れたよ……」

「なんでトーカさんは稲妻を斬ってるんですかね?」


 論争を続けるレティとトーカ。その背後にぽっかりと空いた世界の穴から顔を覗かせたのは、トーカが斬った距離を越えてやってきたラクトとアイであった。二人は時空が歪んだ異常な状況に困惑しつつ、そこでやいのやいのとやり合っているレティたちを見つけて困惑している。


「科学ってなんなんだろ……」

「とにかく、ここは山の山頂付近のようですよ。高度計がエラーを出しました」


 ラクトが首を傾げるなか、アイは懐からメカメカしいメーターを取り出して示す。現在の標高を示すそれは、荒天域に入った途端に上限に張り付き微動だにしなくなる。雷鳴を轟かせて走る稲妻の閃光が峻険な岩山の肌を露呈させていた。


「それじゃ、ここを登れば山頂に?」

「そのはずです。これより先は有限のようですからね」


 レティが無限の空間構造を破壊し、トーカが距離を斬った。どうしようもなくぶっ飛んだ所業であるが、おかげで面倒なギミックをすっ飛ばしてステージを突破したのは事実である。

 アイは心の中で今も麓の遺跡を探索している兄たちに謝罪した。

 稲妻が照らし出したのは万人を拒絶する断崖絶壁だけではない。そこにギリギリ張り付くようにして点々と連なる、古びた鳥居のようなものも見えた。本来ならば、あの鳥居によって示された酷道を、稲妻の嵐に耐えながら進むのだろう。そのような設計意図が、ゲーム経験の豊富なアイにはよく分った。


「とにかくこの山を登ればいいんでしょう。私に任せてください。この距離だってぶった斬りますよ!」

「トーカに斬れるのなら、レティだって叩き壊せますよ!」


 トーカとレティが張り合ってお互いの得物を構える。だが二人が競い合って技を繰り出そうとしたその矢先、雷鳴に負けない声が響き渡る。


「はえええええっ!? はえあっ!? はえわんっ!? はえにゃっ!?」


 シフォンである。

 トーカたちを追いかけて一生懸命走ってきた彼女が、勢い余って稲妻の嵐に飛び込んでしまった。次々と迫り来る稲妻竜に悲鳴を上げながらコロコロと逃げ回っている。


「シフォン、退いてください! そこにいると距離の首が斬れません!」

「そうですよ! シフォンごと壁を壊しますよ!」

「二人とも何言ってるの!? はえあっ、ていうかはえんっ!? 助けっ!?」


 シフォンが前に立ちはだかることで、トーカにより距離切断ができなくなる。彼女のテクニックは距離の定義が根幹にあり、その線上に何かがある場合には手も足も出なくなるという欠点があった。

 レティの世界の壁の破壊も同様である。

 雷を弾いて鞠のように空中を跳ね回る白狐を見て、二人が吠える。


「お嬢様、ご無事ですか――ってなんですかこれは!?」

「また変なことしてるわねぇ」


 その間にも〈白鹿庵〉の面々が集まってくる。アンは急に変わった世界に絶句し、エイミーはいつもの破天荒に肩をすくめる。


「はぁはぁ……。やっと追いついた。また変なことますねぇ」


 ヨモギも追いつき、惨状を目の当たりにする。彼女はコロコロと空中を転がっているシフォンと、その手前で武器を振り回しているレティたちを眺めても、さほど驚いてはいないようだった。それよりも、彼女はスンスンと鼻を動かし、モデル-ハウンドの垂れ耳をぱたりと揺らす。何かに気づいた様子で空中を見る。


「み、みんな! あれは――上から師匠が!」

「ええっ!?」


 ヨモギの声で全員が見上げる。閃光が明滅する嵐の向こうから、何かがこちらへ降りてくる。稲妻を蹴り、ゆっくりと、悠々と。


「レッジさ――」

「おじちゃん!? その女の子だれ!?」


 アイが手を上げて迎えようとした直前、シフォンの声に周囲が凍りつく。

 降りてくる男の背中には、見慣れないチャイナ服の少女が。彼の首に腕を回し、ぴったりと密着している。


「お、レティたちじゃないか! はっはっはっ、まさかこんなところで合流できるとはな!」


 笑いながら降りてきたレッジがその異変に気付くまで、新たな雷鳴が轟くまで、あと数秒であった。


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Tips

◇トーカ式距離切断法

 調査開拓員トーカによって編み出された距離の切断方法。距離という概念に身体性を導入することにより首を定義し、それを斬ることによって距離そのものを破壊する。[閲覧権限がありません]が[閲覧権限がありません]土地でしか実現できないという問題がある。


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