第1651話「肉まんに釣られ」

 レゥコとお茶をしばきつつ、色々なことを話した。彼女もずっと一人で寂しくしていたからか、色々と聞きたがってきた。


『ヘー。第零期先行調査開拓団のコトはあんまり知られてないのネ』

「こっちからすれば、謎の音信不通だったみたいだからな。T-1たちも心配してるし、レゥコも何か知ってるなら教えてくれ」

『アイヤー。ワタシもずっと海底いたからネェ』


 教えたいのはやまやまだが、とレゥコは額を叩く。猫のような糸目で、なぜか楽しげだ。

 しかし……。


「どうにかしてレティたちと連絡を取りたいな。ここはなんで電波も繋がってないんだ?」

『しかたないネ。ここは地上とは違うトコだから』


 そろそろレティたちも心配している頃だろうと思うのだが、こちらから通話をかける手段がない。だがそれ以上に、俺はレゥコの反応に不穏なものを感じていた。どうにもこちらが下山しないようにと動いているような節があるのだ。


「ここから降りていけないのか?」

『無理ヨ。徒歩じゃいけない構造になってるからネ』

「そうかぁ」


 徒歩でなくとも、レゥコなら雲海の下に降りる術を知っている気もするのだが、彼女はのらりくらりとそれを躱してしまう。何かしら、俺をここに留めておきたい理由でもあるのだろうか。

 試しに、雲海に向けて足を踏み出してみると、


『危ないヨ! こっち戻る!』

「うおっとと。すまんすまん」


 ぐいっと手を引かれ、そのまま背中から引き倒される。レゥコは腰に手を当て、怒っているようだ。


『危ない言ったヨ。ナゼ行こうとするカ』

「ちょっと好奇心旺盛なもんでね。ちなみに雲海に入ったらどうなるんだ?」

『時空の歪みに耐えきれなくて、機体がバラバラになるネ。ちなみに山の下から登ろうとすると無限の狭間に入って出られなくなるヨ』

「……それって、レティたちも上がって来れなくないんじゃないか?」

『アー……。まあ、その辺はなんとかナルネ』


 ぴくりと肩を揺らしたレゥコは、そっぽを向いて適当な調子で言う。この言いようにはぐらかしているところも、何か怪しい。俺は彼女がウーロン茶を飲んでいるのを確かめて、近くの石を拾って投げる。

 弧を描いて落ちていった石は、雲海に消える。その先を見届けることはできない。思い切って飛び込みたい気持ちも湧いてくるが、レゥコの言う通りになったら流石に危ない。


『大人しく救援を待つヨロシ。地上からなら、上がってくる可能性も無きにしも非ずネ』


 レゥコはそんなことを言い、ズズ、とウーロン茶を飲むのであった。


「しかたないか。……レゥコ、飲茶は好きか?」

『飲茶?』


 話題を切り替え、俺はインベントリから蒸篭を取り出す。〈料理〉スキルを持っていないからあまり出番はないのだが、料理人のエプロンを着ければ簡単な調理ができる。例えば、冷凍保存の肉まんを温めたりとか。

 蒸篭に肉まんを並べて蒸してみると、レゥコは興味津々にそれを見つめる。やはり管理者族は食欲旺盛らしいな。ものの数分でふんわりと肉まんが蒸しあがり、美味しそうな湯気を立たせる。


「ほら、熱いから気をつけてな」

『わぁっ! はふっ、ほふっ。あつつっ!』


 半分に割って渡してやると、彼女は早速かぶりつく。

 〈紅楓楼〉の戦闘料理人フゥが作ってくれた特製肉まんだ。しっかりとした生地は分厚めだが、それがまたいい。ぎっちりと詰まった肉餡をしっかりと受け止め、肉汁が染みると非常に美味しい。

 餡は豚肉だけでなく、タケノコやシイタケなども入って食感も楽しい。味も重層的で深みがあって、山頂で食べるとまた変わった味わいが楽しめる。


『アイヤー、これはとっても美味しいネ!』

「そりゃあよかった。まだ少しあるから、もっと作ろうか」

『アイエッ!? もっといっぱい食べていいのカ!?』


 あっという間に半分食べ切ってしまったレゥコを見て、残りも蒸していく。肉まんだけでなく、ピザまん、カレーまん、稲荷まん、餡まんなど、種類も多い。レゥコは肉まんをひときわ気に入ったようだが、他のシリーズも美味しそうにパクパクと食べていた。


「ほら、おかわりもあるぞ」

『うまいネ! うまいネ!』


 両手に白い饅頭を持ってニコニコと満面の笑みのレゥコ。チャイナ服っぽい服装や、雲海から突き出した山の頂上というロケーションもあいまって、なかなか画になっている。

 あっという間に肉まんは最後の一個になってしまった。蒸したてホカホカのそれを蒸篭から取り出し――。


「おおっと、手が滑った!」

『アイヤーーーッ!?』


 俺は足元の砂利につまづいて、蒸篭ごと肉まんを投げ出してしまった。猫の額のような頂上では、それを受け止めるのも叶わない。放物線を描いた蒸篭と肉まんは、そのまま雲海へ。

 落ちていくそれを、俺の側から飛び出した少女が追いかける。レゥコだ。肉まんを逃すまいと、躊躇なく山から飛び出し雲海へ身を投げ出す。


「なんてことだ! レゥコ、俺も行くぞ!」

『アアッ!? 違う、ダメ、レッジは来ちゃダメヨ〜〜〜!?』


 レゥコを追いかけるという大義名分を得て、俺も雲海へと飛び出す。レゥコは驚いた様子でわたわたと両手を振り回すが、時すでに遅し。蒸篭と肉まんとレゥコ、そして俺。俺たちは綺麗な列を作って、立ち込める雲海へと飛び込んでいった。


━━━━━

Tips

◇紅楓楼特製肉まん

 〈紅楓楼〉の料理人フゥが素材からこだわり抜いて作り上げた肉まん。厚い生地に包まれた具沢山の肉餡は、頬がとろけるほど美味しい。蒸篭でしっかりと蒸すと、さらに柔らかくて生地の甘味も感じられるようになる。


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