第1650話「矛盾する無限」
「ですから、山頂を頭と見立てるんですよ。そうしたら、その下にあるものは首ですよね」
「ごめんねトーカ。トーカの言ってることが全然わからないよ」
この忙しい時に突然突拍子もないことを言い始めたトーカに、ラクトは努めて冷静に対応した。しかしなかなか理解を得られないことにトーカがやきもきとして、再び説明を重ねてくる。
彼女は、亀の甲羅の上に聳える山の頂を頭とするならば、首はどの辺りにあるか、という問いを何度も繰り出してくる。全くもって、理解できることではなかった。
「ラクト、私の顔を見てください」
タイプ-フェアリーの目線に合わせて身を屈めたトーカは、真面目な顔で言う。切れ長の目に、黒曜のような瞳。そこに迷いや躊躇いは微塵も感じられない。ラクトの方が恥ずかしくなるほど可憐な大和乙女の顔が、凛として向かい合っていた。
トーカは、鼻梁の通った鼻を指で抑える。
「我々には、頭がありますね」
「そりゃそうだよ」
鼻をふにふにと触りながら、当たり前のことを言う。ラクトは呆れながら頷く。
調査開拓用機械人形というものは、来るべき本格移住に向けて惑星イザナミの開拓を行っている。本国たる惑星イザナギから移住してくるのは、おそらく人間で間違いない。彼らがスムーズに入植できるよう、調査開拓員たちも彼らを模した姿形をしている――という設定であったからだ。
人間を模している以上、調査開拓用機械人形にも頭はある。頭脳は三種の神器にこそ数えられていないが、より前提のレベルで重要な器官だ。データストレージであり、演算機でもある頭脳――ブレインユニットが搭載され、視覚、嗅覚、味覚の感覚器を備えている。発話を行い、コミュニケーションの根幹をつなぐ。当然のことながら、頭部を破壊された場合はどれほどLPが残存していても、即座に行動不能の判定を受ける。
頭とは、それほど重要な器官であり、必要不可欠な存在なのである。
「頭の下には、首があります」
「そうだね」
トーカの指が鼻から下がり、首を指す。シミひとつない白い肌はすっきりとして、喉が震えると玲瓏とした声が発せられる。
最重要器官である頭部を支え、八尺瓊勾玉からのLPを供給するラインでもある首もまた、重要である。多くの原生生物にとっても同様であり、だからこそトーカの首斬りは凄まじい威力を発揮するのだ。
ラクトはトーカの首を確認し、たしかに存在すると頷く。
「では、あの山を。あそこは首ですね」
「ごめん、それは分からないよ」
トーカが自明の事とばかりに山を指さし、ラクトは首を横にふる。トーカは不満げな顔で振り返った。
「ラクト、我々には頭が――」
「それは分かってるけど、山にはないよ!」
また一から説明を始めようとするトーカ。ラクトはついに堪忍袋の緒が切れた。
「生き物じゃないのに、首なんてあるわけないでしょ!」
「我々とて本来は機械なのでは?」
「ああ言えばこう言う!」
絶対に向こうの方が間違っているのに、冷静に正論を返されることほど屈辱的なことはない。ラクトは自分が悪いのかと思いかけるのを踏み堪えながら反論する。
「そもそも亀の首はあっちでしょ!」
ラクトが指さす方向には、巨大亀のスラリと伸びた首と、その上の頭があった。当然ながらこの巨大亀は生き物であり、首もある。甲羅の山を首と言い張るよりは、よほど現実に即している。
「亀の首を切ってどうするんですか」
「わたしが聞きたいよ!」
トーカはやれやれ、と肩をすくめる。ラクトはいよいよこのサムライ少女を蹴り飛ばしてやろうかと考え始める。そんな時、二人の元へと新たな声が飛び込んできた。
「トーカさん、どうですか。ラクトさんと話は付きましたか」
「ああ、アイさん。どうにもラクトは頭が硬いようで」
「誰が! って、アイまでグルなの?」
完全装備で現れたのは、〈大鷲の騎士団〉の良心こと副団長のアイであった。彼女がトーカを諌めるでもなく、むしろトーカと意見を同じくしている様子を察して、ラクトは瞠目する。
まだ話が進んでいないことを知ったアイは、トーカに変わってラクトの前に立つ。
「グルと言うわけではないですが、トーカさんに相談したら、作戦を立ててくれたんです」
「それが山の首を探すってことなの?」
「山の首?」
なんですかそれ、とアイが首を傾げる。不穏な空気にラクトがトーカを見ると、彼女は堂々とした佇まいだ。
「アイさんからは、山の無限空間に違和感があると言われたんです。外から見た光景には綻びはなく、連続的に木々が連なっているのに、実際にはそうではないというのは、辻褄が合わないと」
「それは、確かにそうかもしれないけど」
オトヒメの理論によれば、山は無限の空間を内包している。そこから無作為に抽出した空間がつなげられ、見かけ上の有限な山の斜面が見えている。しかし、外から見た山の光景にも破綻はない。連続的に木々が連なっているのだ。
それは些細な違和感だ。そういうものだ、とオトヒメに言われたら、アイも納得せざるを得ない。しかし、それだけでは留まらないのではないかという直感が働いた。
「だから、山の首を斬って確かめようと言う話になったのです」
「なんですかそれ!?」
「そこが分かんないんだよ。って、アイも知らないの?」
当然の如く最初の話へと帰結させたトーカに、アイ共々ラクトは首を捻る。
連続性がないのは、トーカの理論の方である。
「えっと、アイは結局何が言いたかったの?」
「見かけ上の山だと思っていたのですが、あちらの方が正しい姿なのではないかという話です。レティさんたちが嵌っている無限こそが幻なのではないかと」
「禅問答みたいな話だね」
「問題自体が幻のようなものですから」
困ったように眉を寄せるフェアリーふたり。完全に放置されたトーカは不満げに口をへの字に曲げていた。
「山の首を斬るというほど無茶苦茶ではないですが、無限を展開している理論構造を破壊できれば、なんとかなるのではないかと思うんです。それこそ、トーカさんの刃なら」
「なるほど。まあ、そう言う可能性も無くはないのかなぁ」
トーカの背負う大太刀、妖冥華。その鮮やかな赤の鞘を見て、ラクトも頷いた。
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Tips
◇血桜の帯
真紅の花弁が妖しくも美しい、 絢爛なりし桜花の帯。冷たく、滑らかな手触りながら強靭な、夜花鯉の髭を用いている。
弱点攻撃時、ダメージ1.05倍。クリティカルダメージ1.05倍。夜間の戦闘で被撃与撃共に1.15倍。
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