第1649話「山のお茶会」

 さて、俺はレゥコと共にこのホウライの山頂から降り、できればレティたちと合流したい。しかしどうやら、そう簡単にことは運ばないらしい。

 というのも、俺がこうして山頂にいるのは、いくつかの段階をすっ飛ばしてレゥコと出会ったからであり、正式な手順を踏んでいるわけではない。本来ならばホウライの玉枝というキーアイテムを手に入れる過程で色々な知識なども得て、この雲海広がる山頂までやってくるのだが、それがないせいで降りることもできない。

 ここが〈黄濁の溟海〉の上空であるとして、こんなに壮麗な雲海が広がるような空ではなかったはずだからな。何かしら特殊な空間になっているのだろう。


「それじゃあ、ここから出るためには……」

『外から誰かに来てもらう必要があるネ。それまではワタシと一緒、お茶しまショ!』


 一応こちらは急いでいるのだが、レゥコは楽しげだ。千年ぶりに海底から出られたのが嬉しいのか、美味しいお菓子を食べるのが楽しいのか。ホットウーロン茶を追加しつつ、何かお茶菓子になりそうなものは残っていたかとインベントリをまさぐる。

 とはいえ食べられそうなものは大体泳ぎながら食べてしまったんだよな。あるのは調理が必要な乾物くらいなものか。


『アイヤー! レッジ、それもしかして干物カ?』

「そうだが、甘くないぞ?」


 自分でしがむぶんには良いだろうと思ってスルメイカを取り出すと、レゥコがずいぶんと反応する。てっきりウェイドたちと同じく甘いものが好きなのだと思っていたが、乾き物なんかもいける口らしい。

 焚き火の火で軽く炙ってから渡すと、アチアチと慌てながらもゲソを噛む。


『ハー、海の味がして懐かしいネ』

「海の味ねぇ。昔だと、この辺はポセイドン――エウルブ=ピュポイの領界だったんだろう? そことも交流はあったのか」

『ソダネー。交流……。まあ、交流ネ』


 何やら歯切れの悪いレゥコ。イカゲソを噛んでいるから、というわけでもないだろう。

 〈黄濁の溟海〉は驚くほど生命が存在しない異常な土地だ。その理由も彼女は何か知っている。レゥコが封印杭の設置場所にここを選んだのだ。


『とにかく今は救助を待つしかないネ。きっと仲間もすぐ来るヨ』

「そうだなぁ」

『ヌフフ。ワタシらはのんびりお茶して待ってマショ』


 ぷらぷらと足を揺らすレゥコ。その無邪気な笑顔を見て、俺も椅子に体を預けた。


━━━━━


 レッジたちが山頂で待ちの姿勢を決めていた頃。そんなことを知る由もないラクトたちは、レティとLettyを襲う無限の拡張に頭を悩ませていた。

 二人がなぜ空中で静止したように見えるのか、その理屈についてはある程度の理解ができた。とはいえ、それを元に二人を救出できるかといえばそう簡単な話ではない。レティたちは無限に進んでおり、たどり着くためには無限の距離を進まねばならない。しかし無限故に、たどり着くことはできず、また後戻りすることもできなくなってしまう。


「つまり、放置ということですか」

「ミイラ取りがミイラになるわけにもいかないからねぇ」

『そんなななななななっ!?』


 今後の方針を決める話し合いで、ラクトが出した提案に、TELで繋がったレティが悲壮な声をあげる。それも、無限の影響でおかしなことになっていたが。

 無限に深く入り込んでしまったレティを助けるには、空間異常をどうにかして取り除かなければならない。それが、ラクトの出した結論だ。


「急がば回れ、だよ。レティには申し訳ないけど」

『こちらははははは割ととととと慣れれれれてききききき来たのでいいいいいいですけど。でででででできるだけ急いいいいいで下さいよよよ』

「分かってるって。とにかく連絡が通じてるってことは、レティたちとの繋がりは保たれてるんだよ。その糸を切らさないように動かないと」


 レティたちの元へたどり着くことはできないが、会話はできている。そこが、レッジとは違う状況であった。ラクトはそこに何かを見つけようとしている。


「今、ヨシキリたちが各地の遺跡を調べてて、どうやら列柱神殿というものがあるらしいって分かってきた。いくつかある列柱神殿を攻略すると、頂への道が開けるって」

「いわゆるスタンプラリーですね。ボスの攻略ということならば、我々の出番ですが」


 レティが山頂に向かうと当時に、各地の遺跡の調査に着手した調査開拓員たちもいる。彼らの成果が、情報として出揃い始めていた。

 列柱神殿という重要な施設がこの亀の甲羅の上には存在し、それを参拝することで何者かに認められなければならないという。まだまだ不明な点は多いものの、イベント攻略の目処が立ちつつあるのは明白だった。


「ラクト、少しいいですか?」


 そんな時、トーカがラクトに声をかける。いつもならレティと共に走り出して、今頃は無限に挟まっていてもおかしくない彼女だったが、今回は冷静な様子を保っており、ラクトも少し不思議に思っていたのだ。

 トーカは真剣な表情で、口を開く。


「これは仮定なのですが――、山頂を頭とした場合に首となるのは、やはり中腹よりも少し上になるのではないでしょうか」

「……はい?」


 満を辞して放たれた言葉に、ラクトはきょとんとするほかなかった。


━━━━━

Tips

◇列柱神殿

 [判読不能]の霊亀の各地に[判読不能]の[判読不能]。[判読不能]奥の間にて[判読不能]える[判読不能]は、参拝[判読不能]っている。


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