第1647話「無限の狭間」
レティとLettyの二人が猪突猛進の勢いで斜面を駆け登る様は、ラクトたちがいるキャンプ地からでもよく見えた。二人は軽快に斜面を進んでいるようだったが、その速度がだんだんと落ちていく。いや、走っても走っても進んでいないように見えるのだ。
「あれはあれで貴重なサンプルですね。観測を続行してください」
アイの指示を受けて、解析班がカメラを向けている。レティたちの動きは、山の踏破を目指す上での足がかりになる可能性があった。
そんな矢先、痺れを切らしたらしいレティが何事かを叫ぶ。声そのものは聞こえてこないものの、アイたちはぶんぶんと揺れる長い耳を見て、レティがキレたことを察した。
「副だんちょ、レティさんが機械脚を展開しました。すごぉ、機体内蔵型ですし、かなり高いですよ、あれ」
双眼鏡を覗き込み、騎士団員が興奮気味に報告をあげる。
レティとLettyが赤い翼を足から広げ。強く地面を蹴っていた。
〈換装〉スキルによって追加できる機体パーツは、外装型と内蔵型の二種類に分けられる。本来の機体に付け加える形で、アタッチメントとして特殊なパーツを装着するか、そもそもの機体に手を加えるかの違いである。当然のことながら、内蔵型の方が手間もコストも桁違いにかかる。
利点としては、LP効率の良さと運搬の容易性が上げられるのだが、デメリットが大きすぎるため、よほどの物好きでなければ採用しないとされていた。
「レティさんが、山際――跳んだぁああああっ!」
白熱する実況。観測されているとはつゆ知らず、レティとLettyが大跳躍を見せる。
機械脚の固有テクニック“
しかし――。
「あ、あれ?」
「二人の様子が……」
観測していた騎士団員たちが怪訝な顔をする。ラクトも双眼鏡を覗き、彼らの見た違和感を目の当たりにした。
「二人が空中で……静止してる」
外から見たレティとLettyが徐々に速度を落としていき、一定の高度で完全に静止してしまったのだ。その表情は今まさに凄まじい風圧を受けながら跳んでいる様子をまざまざと表しているが、一切体が動いていない。まるで写真で切り取ったかのような、不思議な光景だ。
周囲の調査開拓員たちも異変に気が付いて双眼鏡を取り出し始める。レティたちの様子を、解析班の面々が興奮した面持ちで解き明かそうとしていた。
「とりあえず、上空から降下する案も難しそうですね」
状況を認識して、アストラが言う。彼の中ではすでにいくつかの作戦候補があり、そのうちの一つが航空機を用いた降下だった。しかし、頂上付近に近づくだけで、外からは静止して見えるというのは絶望的な結果であった。
「もしもし、レティ? 今大丈夫?」
『あゔぁゔぁゔぁゔぁゔぁっ、だいじょうぶですけど、なななななんですかかかかかっ!?』
ラクトがTELで連絡を取ると、レティは問題なく応答する。凄まじい強風を受けている様子だが、話している。しかし、同時にラクトが双眼鏡を覗き込むと、視界に映るのは静止した彼女の姿だ。
「今の状況を教えてくれないかな」
『そそそそうですねねねね、盛大に跳んでまままます』
「それは見たらわかるかなぁ」
跳んでいるというか、飛んでいる。空中でピン留めされた姿は、少しかわいそうにも見えてきた。
レティ本人の認識としては、勢いよく飛び続けている。しかし、ラクトからはそうは見えない。そこに大きなズレがあるようだった。
「とりあえず、着地できたら教えてくれない?」
『りょりょりょりょりょりょりょ!』
元気な返答を聞いて、ラクトは通話を切る。
さて、これからが問題である。
「レティたちのところに、誰か行けるかな?」
「今の状況では厳しいかもしれませんね」
アストラも首を横に振る事態である。レティが着地できるのか否か。ラクトは疑問に思っていた。ミイラ取りがミイラに、という事態すら考えられる。
「多分これは、無限の狭間ってやつだろうね」
「落ちるたびに距離は延長され、永遠に着地することはない、と」
「外から見てるわたしたちには、レティは止まって見えるのがその証拠だよ。レティは落ち続けてるけど、それは落ちながら時間が間延びしているだけで、外から見ると何も変わらない」
これも空間異常の影響であるとラクトは断定する。そして、山頂到達が想像異常に困難であることも。
「敵は無限ループか。なかなか面白くなってきたじゃん」
この困難な状況に直面し、ラクトは口元に不敵な笑みを浮かべるのだった。
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Tips
◇オトヒメによる無限概念講義・初級基礎段階第一講
[情報保全検閲システムISCSによる警告]
[当該文書は情報量が無限に増大したため、封印アーカイブに移行され、凍結されました]
[調査開拓員オトヒメは、文書内の無限表現式に対して安全化処置を行ってください]
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