第1646話「バニーホップ」
豹変したオトヒメによる講義は、そのまま続けば90分をはるかに越えると予測された。それを慌てて止めたのはT-1である。むしろ、T-1でなければ止められなかった。
『ともかく、何らかの空間異常が発生しておるというのは事実なんじゃな?』
『そゆことー♪』
一行でまとめたT-1に、オトヒメは親指と人差し指で丸を作ってにこりと笑う。
『ならば最初からそう言ってくださいよ……』
『えー、でもこういうのはしっかり理論を理解した上で聞かないとダメじゃなーい?』
『今は一分一秒が惜しいんですよ。できるだけ簡潔にことを進めるのが重要なのです!』
珍しく管理者らしいことを言うウェイド。周囲から驚きの目を向けられているのに気付かないまま、彼女はケーキをパクつく。
「オトヒメの話を聞いた限りだと、この空間異常の発生源は頂上にあると考えていいのかな?」
『そだねぇ。ほら、ラクトちゃんはしっかり理解してるみたいだヨ』
さらりと理解を示したラクトを見て、オトヒメは目を生き生きと輝かせる。今度講義を受けないかと勧誘まで始めるが、ラクトはそれをさらりと断った。
「つまり! とりあえず山頂に登れば何かしらがあるということですね!」
T-1が要約し、ラクトが解釈したものを、レティが乱暴に結論づける。
オトヒメの長々とした講釈は早々に理解を放棄した彼女だが、その言葉は意外に的を射ているようで、オトヒメ本人からも丸サインが出る。
「そう言うことなら話が早いです。レティの俊足で、あんな小山ぱぱっと登ってやりますよ!」
「あっ、ちょ、レティさん!? 私も行きますよ!」
アイやエイミーが止める間もなく、レティはハンマーを担いで陣幕を飛び出す。お盆山盛りのケーキを持ち帰ってきたLettyはそれに気付いて慌てて背中を追いかける。
『まったく、慌ただしいですね。……もぐもぐ』
『お主は何を食うとるんじゃ、まったく』
食べられる宛がなくなったケーキはちゃっかりウェイドが手に入れ、T-1が呆れる。
「はええ……。二人とも行っちゃった」
「私たちも諸々準備してから追いかけましょ。どうせすぐに追いつくわ」
呆然とするシフォンの手を引いて、エイミーは亀のそばに停泊しているクチナシへと向かう。船倉には、まだまだ潤沢に物資が残っているのだ。
レティが動き出したことを皮切りに、テーブルを囲んでいた面々も立ち上がる。アストラは部下たちに指示を出し、ヨシキリも「よっこいしょ」と腰を浮かせた。
「アイさん?」
自分も愛刀の手入れをしようと立ち上がったトーカが、まだ席に座ったままのアイに気がつく。彼女は何やら不可解そうな表情で、三枚の写真を見比べていた。
「何か気になることでもあるんですか?」
「トーカさん。いえ、ここでわざわざ言うようなことではないのですが」
これは些細なことだと言い張るアイ。しかし、トーカは首を横に振る。
「そういうことが一番重要だったりするんですよ。レッジさんが言葉を濁したのを見逃して、何度大変な目に遭ったか」
「実感がこもっていますね……」
トーカは遠い目をして拳を握る。信頼と実績が、山積みにできるほどあるのだろう。そんな彼女の波瀾万丈な日々を少し羨ましくも思いつつ、アイは自身が気がついた違和感について話はじめた。
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「うおおおおおおおっ! 平坦平坦ッ! こんな坂道、まるで平坦ですよぉ!!」
「すごいですレティさん! 全然勢いが衰えてません!」
「レティの脚力にかかれば、こんなもの転がるより早く登れますからねぇええ!!」
一等賞は譲らぬとばかりに陣幕を飛び出したレティは、勢いよく斜面を駆け上る。緑を掻き分け、遺跡を飛び越え、足取りは軽快そのものだ。〈登攀〉スキルはさほど高くないレティではあるが、脚力には自信があった。登るのではなく、跳ぶ。斜面を蹴って斜め上方へと移動する独自の高速機動は、彼女が得意とするものだ。
バニーホップと呼ばれることもあるこの技は、急激な方向転換が非常に難しい。それでも、レティは木々が生い茂り峻険な斜面に岩も多い道なき道を、凄まじい勢いで駆け抜けていた。追いかけるLettyもまた、同じく〈跳躍〉スキルを利用した高速機動だ。
二人の赤兎が、深緑の森の中をぴょんぴょんと飛び跳ねる様子は、牧歌的な雰囲気さえ想起させる。
「この程度の枝葉でレティの勢いを阻めるとでも思ってるんですかねぇ!? まったく、呆れを通り越して怒りさえ湧いてきますよ! そのガラ空きの隙間をいくらでも――」
「あうちっ! むぅ、この辺りは枝が多くて大変ですね。む、胸が引っかかって……」
「あーーーっ! まったく、厄介な枝ですよ!!! 体のあちこちが引っかかって、引っかかって! 仕方ありませんねぇえええっ!」
ブンブンとハンマーを振り回し、暴走列車か正気を失った猪のような勢いで走るレティ。Lettyも身体中に葉っぱを引っ掛けながら、その後を追いかける。
勢いを保ったまま傾斜を登り続けるレティたち。彼女たちも、やがて気が付く。
「ぜーーーーんぜん進んでいない気がするんですが!?」
「傾斜はどんどん急になるのに、目の前に見えてる遺跡まで全然辿り着けませんね!」
鬱蒼と木々の茂る森の中では、距離感もだんだんと麻痺していく。遠方に点々と見える遺跡の影が目印になるものの、どれだけ足を動かしてもそれに近付けた実感が湧かなかった。
むしろだんだん遠ざかっているような気さえして、レティは写真と共に報告された体験談の恐怖を実感し始める。
だが、この程度のことで足を止めるほど、レティは平凡ではなかった。
「Letty、機械脚は仕込んでますね?」
「もちろんですよ!」
二人は息の揃った動きで、自身の足に仕込んでいた機構を発動する。それは、ネヴァが今回の遠征に合わせて調整と改良を施した、新たな機械脚。
「行きますよ! “アルティメットハイパーウルトラジャンプ・アイアンレッグ真紅の輝き・改・ジェネレーションⅤ・オーバーザホライゾンエディション2.05・アップグレードモデル”!」
「うおおおおおっ! アルティメット以下略!」
白く滑らかなスキンが内側から弾け、先鋭的な真紅の金属パーツが翼のように広がる。うなりを上げるブルーブラストエンジンが、羽の先端から青い炎を吹き上げる。LPを急激に消費しながらも、二人は脚部に熱と力が発生するのを感じる。
「発動、“
足元の岩をも砕く勢いで、二人は揃って跳躍する。その勢いは、キャンプ地にいた調査開拓員たちでさえ目をすがめて見届けるほど。赤い流星のように、二人は亀の甲羅の頂上目指して跳び立った。
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Tips
◇ “アルティメットハイパーウルトラジャンプ・アイアンレッグ真紅の輝き・改・ジェネレーションⅤ・オーバーザホライゾンエディション2.05・アップグレードモデル”
“アルティメットハイパーウルトラジャンプ・アイアンレッグ真紅の輝き・改・ジェネレーションⅤ・オーバーザホライゾンエディション2.05”のアップグレードモデル。従来の脚部内蔵方式はそのままに、流体循環モデルの改善を図った。これにより、ウィングの数を増やすことで出力と安定性を増しながら、燃費の従来水準維持を達成している。
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