第1640話「ホウライの亀」

 周囲から「何言ってるんだこいつ」という容赦ない視線を浴びながらも、アストラは確信を持って断言する。


「このカメはレッジさんのテントなんですよ! 確かに感じたんですよ、この亀の甲羅に足を乗せた瞬間、レッジさんの存在を!」

「アストラさん……一人に任せすぎちゃったんですかね……」

「指揮系統の分散も視野に入れた方がいいでしょうか」


 力説するアストラを見て、レティとアイは更に疑念と憐憫を強めていく。彼が何と言おうと、むしろ言葉を重ねるほどに説得力が消えてしまう。マップ兵器のごとき力を誇るアストラだが、彼に頼りすぎて負担をかけてしまったのかもしれない、とアイは本気で心配していた。


「信じてくれとは言わない。ただ、みんなも亀の背に乗って確かめてください」


 いつになく強情なアストラに、レティたちも困惑を隠せない。そもそも、これ見よがしに古い遺跡などを背中に乗せた亀など、アストラに言われるまでもなく探索していたはずだった。

 彼女たちは覚悟を決めて、クチナシを甲羅に横付けする。亀は海に浮かんだまま大人しくしていて、レティたちの存在にも無頓着な様子だ。その腹の下では、今も肉の種子とグソクムシたちが争っているのかもしれないが、そんな気配は全く感じられない。

 入念な警戒を保ちながら梯子がかけられ、レティは慎重に亀の甲羅へ。ゴツゴツとした凹凸の大きな甲羅だが、表面には苔が分厚く生している。


「ほっ!」


 ぴょこんと跳び、甲羅の上へ。その瞬間、レティはアストラの言っていたことを理解した。


「ななっ!? これは――この安心感は、確かにレッジさんです!」

「レティまで!?」


 驚きの声をあげるレティに、ラクトたちが目を剥く。だがレティは自身のステータスを確認し、疑いは全て晴れたと断言した。


「亀の甲羅に乗った瞬間、LPが全回復しました。しかもここ、非戦闘区域ですよ!」


 興奮のまま叫ぶレティ。にわかには信じられないラクトたちも次々と競うように甲羅へと登り、その言葉が嘘ではないことを知る。

 甲羅の上に立った瞬間に戦いで傷ついた機体が癒えていく。LPが急激に回復し、ストレス値が軽減されていくのだ。ステータス欄を確認すれば、“ホウライの加護”という特殊なバフがついている。これによって、レティたちは武器を装備することができず攻撃もできない――戦闘制限状態となっていた。


「非戦闘区域って、都市の中と同じ環境ってこと?」

「そうみたいですね。ですが、このLP回復効果は“ホウライの加護”とは別枠のようですし……なんとくレッジさんの気配を感じるのも分かります」


 突如降ってきた亀は、その背中に非戦闘区域を載せていた。あまりにも非常識な展開だが、実際に目の前でそうなっているのだから仕方がない。

 ラクトたちも同様にその効果を実感し、否定することはできなくなってしまった。


『なんじゃ、騒がしいのう』

『レッジが見つかったというのは本当ですか!』


 そこへ、T-1とウェイドが現れる。船室に避難していた彼女たちにも、誰かが情報を伝えていたようだった。多少話が捻じ曲がったようで、ウェイドは甲羅の上に飛び乗って周囲を見渡す。


『ぬわあっ!? な、なんですかここ!』

「あ、ウェイドさんもバフ受けるんですね」


 しっかりと“ホウライの加護”が付与されたようで、ウェイドが飛び上がる。T-1も慎重に上陸し、その身をもって効果を体感していた。


『ぬう。よく分からぬが、妙なことが起きておるなぁ』

『このLP回復量、どうせレッジですよ。――どこにいるんですか! 出てきなさい!』


 思案するT-1とは対照的にウェイドは機関銃でも持ち出しそうな勢いで周囲に向かって叫ぶ。当然ながら、レッジらしき声が返ってくることはない。それどころか、何か動物などが飛び出してくる気配すらなかった。


「とりあえず周囲を探索しようと思います。その後で、ウチのキャンパーで仮設の拠点を整備するような流れで」

「いいと思います。それじゃあ、レティたちも探索に加わりますよ」


 ウェイドを尻目に、アイとレティは今後の方針を定める。亀の下で肉の種子とグソクムシが争っている以上、海面は危険だ。それならば“ホウライの加護”によって非戦闘区域となっている甲羅の上の方が安全である可能性は高かった。


『その調査、妾も参加するのじゃ』

「T-1さんも? いいんですか?」

『異常事態には変わりないからのう。指揮官がおる方がお主らも安心じゃろ』


 実際のところ、T-1が帯同するのは心強いことだった。レティたちも拒否する理由はないとして、その申し出を受け入れる。


『私もついて行きますよ。レッジに出会ったらお灸を据えたいので!』

「ウェイドさんはいつも通りですね。まあいいですけど」


 ふんすと鼻息を荒くするウェイドも、当然の如く加わる。

 結局、ここに残ってクチナシ各船の護衛をするメンバーを残し、レティたちは周辺の探索へ出かけることと相なったのであった。


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Tips

◇ホウライの加護

 [判読不能]の霊亀が宿す[判読不能]の祝福。[判読不能]住まい、暮らす聖域ゆえに[判読不能]さえも[判読不能]ない。


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