第1637話「最強の風格」
肉の種子は空から落ちてくる。雲よりも遥かに高いところから、自由落下よりも速い速度で殺到する。故にそれを効率的に迎撃するならば、銃器や弓矢といった遠距離武器の使用が効率的で、逆にハンマーや刀剣をはじめとする近接武器はリスキーである。
こんな通念を文字通り叩き壊したのがレティの粘着火薬を用いたハンマー爆砕であるならば、この常識を軽々と飛び越えるのが彼だ。
「聖儀流、三の剣『神覚』。続き、四の剣『神啓』。続き、五の剣『神崩』――」
輝く銀の聖剣を掲げ、次々とテクニックを発動させていく。〈大鷲の騎士団〉筆頭、調査開拓団の最強。アストラが全身全霊の武力を解放する。
彼が開祖である流派、〈聖儀流〉はほとんど技を持たない。九つ存在する流派技のうち、実に七つを占めるのは使用者の能力を強化するもの。俗に自己バフ系と呼ばれるテクニックばかりである。
三の剣『神覚』では知覚範囲が大幅に拡大し、死角が消える。四の剣『神啓』では身体能力が著しく増大する。一見すると破格の能力ではあるものの、こと〈大鷲の騎士団〉内部においてもこの流派を修める者は多くない。
三の剣『神覚』では情報力が急激に増えることによって混乱をきたし、四の剣『神啓』では爆発的な身体能力の拡張に感覚が追随できない。あまりにも純粋な効果故に、扱いが難しいのだ。
「さあ、パターンAで進めますよ。『
アストラが聖儀流による自己強化を進める背後で、彼の盟友たる機術師リザもまた、自己強化を行う。彼女の左右には騎士団精鋭の機術師たちが同様に、早口でテクニックの名前を羅列していた。
〈聖儀流〉の自己強化は瞬間的なものであり、最も長いものでも効果時間は1分を超えない。だがアストラは、肉の種子がこちらへ到達するはるか前から自身のステータスを引き上げていた。
その理由は、ひとつ。より爆発的なステータス強化への踏み台にするためだ。
「『
リザが自己強化を終え、極限まで高めたアーツパワーを用いて支援機術を発動する。対象に取るのはアストラだ。彼が『神啓』その他によって引き上げたステータス値を参照し、そこに係数をかけることで更に数字の桁を上げていく。
パターンAと名付けられた一連のバフ展開は、各テクニックの効果量や使用条件、再使用可能時間などを考慮して組み上げられた一種のプロトコルだった。リザを含め、5人の支援機術師がアストラとパーティを結成した上で使用することで、その効力は最大化される。
現在の各種補正値を参照するタイプの支援アーツが次々と、アストラやパーティメンバーに降り注ぐ。それを更に参照する形で術式は重ねられ、ステータスは凄まじく上昇していく。
準備の開始から終了まで、およそ3分。その間、リザと支援機術師たちは絶えずアーツを使い続ける。時には枯渇しかける自身のLPを回復させる支援機術も交えながら。秒単位で決められた術式の発動タイミングを、忠実に守りながら。
パターンAの基本思想は、アストラ戦力の極大化にある。そのためにパーティメンバー全員が奉仕する。アストラ自身も、自分のステータス向上に寄与するように動く。直立不動の体勢でリラックス状態を維持し、わずかなLPの変化にも気を使う。
そして、規格化された3分間が終わる。
「肉の種子の目視確認できました! 数は千以上!」
観測班による予報は正しく、アストラの準備が整ったタイミングで肉の種子が現れる。雲の切れ間から落ちてくるそれを見上げながら、アストラが軽く口角をあげる。
「レッジさんがいないとイマイチ張り合いもでないが……。まあ、やろうか」
軽やかに甲板を蹴る。
無数のバフの連鎖によって爆増した脚力は、彼の体重を容易く持ち上げる。スキップをするような気楽な歩みで、アストラが上空へ跳躍した。
遠くに黒く胡椒粒のように見えていた肉の種子へ、一瞬にして肉薄した。
「『大車輪斬』」
足掛かりとなるものが何もない空中で、アストラは器用に体勢を整える。そして、聖剣を鞘から解き放つ。シャラリと涼しげな音が鳴り、次の瞬間。
『ギァアアアアアアアアッ!!!!』
周囲の肉の種子が全て弾けた。
血飛沫のような内容液を吹き出しながら、無数の破片となって落ちていく肉の種子。アストラはそのうちの一つを踏み、更に跳躍する。
「アーサー、『流転する光』だ」
白翼の鷹が鳴き、アストラが光球に包まれる。その内部では時間が緩慢となり、一瞬だけ空中も踏み締めることができる。
「『波濤烈斬』ッ!」
再びの斬撃が、肉の種子を吹き飛ばす。瓦礫混じりの荒波に呑まれたかのように、それらはもはや原型すら止めていない。だがそれでも、後続は際限なく現れる。
アストラは剣を滑らかに流し、手近な一体に狙いを定める。
「『峰打ち』ッ!」
威力は低い反面、気絶値ダメージを与える特殊テクニック。それが肉の種子の背部に直撃する。
ちなみにアストラの愛剣は両刃の直剣である。
『峰打ち』は説明には記述されていないものの、対象にヒットした際に
斬殺される肉の種子を尻目に、アストラは更に上空へと駆け上る。重力すら彼に追いつけない。すれ違いざま、鎧袖一触に敵を屠る。首だけを切って楽しむような悠長なことはせず、的確に一太刀で核を破壊している。
跳ねるように、翔ぶように。彼は空中で次々と肉の種子を斬り捨てる。
「なんか、一人だけ違うゲームやってるみたいですねぇ」
「レティもできるんじゃないの?」
「無茶言わないでくださいよ……」
そんな超人的な戦い方を展開する青年を、海上の甲板ではレティたちが首の裏を痛くしながら見上げていた。
「あの人、レッジがいなくても強いんですねぇ」
「何言ってんですかLetty。誰もが認めるトップオブトップですよ」
意外そうな顔をして妙な感想を口にするLettyに、レティが呆れる。アストラはなぜかレッジを慕っているが、それと実力はまた別の問題である。
「ともあれ、あれなら今回のフェーズも余裕そうですね。アストラさんが撃ち漏らしたものも地上の迎撃が間に合っているようですし!」
勝ちましたね、おやつでも食べてきます! とLettyが余裕綽々の笑みを浮かべて身を翻した、その時。
「じょ、上空から巨大な生体反応! 肉の種子じゃない……。なにかデカいのが来ます!」
観測班の悲鳴じみた声が甲板に響き渡った。
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Tips
◇ 『
〈機術技能〉スキルレベル30のテクニック。補完的副術式を生成し、アーツの詠唱時間が長くなる代わりに、威力が上昇する。
“盤石な基礎にこそ、偉大な塔は建つのじゃよ”――百言の機術師マダラ
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