第1635話「爆殺の殻虫」
『ぬおおおっ! もっとお稲荷さんを寄越すのじゃ! 全然足りないのじゃ!』
『こちらにはケーキです! パイでもチョコレートでもいいですよ! お菓子を持ってきなさい!』
遠洋に繰り出した船団に追従する“氷の人々”は、ウェイドとT-1によって維持されている。本来、そこには必要以上のリソースを消耗する設計にはなっていないはずではあったが、現場はそうも言ってはいられない。
ウェイドたちの鬼気迫る要請に、騎士団調理班をはじめとした料理人たちが必死に答えている。揺れる船の上で次々と食材を加工し、稲荷寿司や菓子類にして届けていくのだ。
「来ましたよ!」
『ゴァアアアアアアアアッ!』
船首に立っていたレティが叫ぶ。その直後、穏やかだった海の中から、ワラワラと白い甲殻の虫が飛びだした。泡沫のように海面で弾けたそれは、船に取りついて登ってくる。
海中から突然現れたのは、白いグソクムシの大群だ。
『もぐもぐっ。そうはさせないのじゃ!』
『ごくんっ。頭に糖分が回ってきましたよ!』
船の装甲を突き破るような勢いで迫ってきたそれに、氷の人が飛び込んでいく。一瞬にして群れの中に飲み込まれたそれは、まさしく大海の荒波に呑まれた一隻の小舟のようだ。しかし――。
「――『呪爆』ッ!」
手印を結んだミカゲが言葉を放つ。呪いという、科学の外にある理が働き、飲み込まれた“氷の人”――呪いの器が反応する。
――ドガァアアアンッ!
水面を盛り上げるような爆発により、大量のグソクムシが吹き飛ぶ。さらには爆心地から鋭い氷の針が全方位に向けて飛び出し、それを串刺しにしていた。爆発は連鎖し、次々とグソクムシの群れを吹き飛ばす。さらに奇妙なことに、爆風に煽られたグソクムシたちは急激に凍りつき、砕けているものもあった。
『ぬはははっ! 圧倒的ではないか、妾の軍勢は!』
『しかしお腹が空きますね。……次はパフェを持ってきてください!』
立て続けに爆発が起こり、グソクムシの侵攻を阻む。その代償として、氷の人の使役者であるT-1たちには、生命力の減少という意味での空腹が襲いかかってきていた。
「本人たちは楽しそうですからまだいいですけど……」
パクパクと美味しそうに稲荷寿司とパフェを食べているNPC二人を見て、レティが複雑な表情をしている。〈黄濁の溟海〉遠洋に出てくるのは、肉の種子だけではない。むしろその周波の隙を埋めるように、謎のグソクムシの群れが現れた。ニルマたち先遣隊が壊滅しかけた原因だけあり、その対策には余念がない。
一瞬爆発の音が途絶え、疲れた様子のミカゲがレティたちの元へと戻ってくる。
「お帰りなさい、ミカゲ」
「……ありがとう」
レティからスポーツドリンクを受け取ったミカゲは、くるりと背を向けて飲み始める。騎士団の呪術師に『呪爆』を引き継いで戻ってきた彼は、数分の活動にもかかわらずゴクゴクと喉を鳴らしてあっという間に飲み干した。
「でもミカゲの予想は当たってたわね。あのグソクムシ、生命エネルギーに反応して来てるなんて」
同胞が爆殺されるのを目の当たりにしながらも、躊躇することなく氷の人へと殺到するグソクムシ。本能に否応なく動かされている無機質な光景を見ながら、エイミーが感嘆した。
あのグソクムシもまた、肉の種子と同様に詳細が解明されていない。しかし、ミカゲを筆頭とした三術連合が検討を進め、編み出した暫定的な対策がこの氷の人による呪爆であった。
彼らはあのグソクムシが船に寄ってくる理由を、調査開拓員が持つLP――ライフポイントにあると考えた。それは機械の人形でありながらも無限の可能性を秘める、生命のエネルギーだ。
飢餓の海に生息するものならば、それに惹かれてもおかしくはない。
「爆殺するためには使役者のエネルギーを補填しないといけないから、いっぱい食べる必要があるけど……。NPCならそのへんは際限ないもんね」
ラクトの視線の先には、山のように積み上げられた料理を全くペースを落とさず食べ続ける二人の管理者がいた。普通の調査開拓員であれば、食べれば食べるほど満腹感が邪魔をして食べられなくなる。だが、あの二人にそんな常識は通用しない。
「レティだってあれくらいはいけると思いますけど」
「どこで張り合ってるのよ……」
謎の対抗心を見せるレティだが、流石に75体の氷の人を動かせるほどの力はない。そう言った意味でも、この戦法にはウェイドとT-1が適任だった。
「でもあれ、収支は合ってるのかな。なんか、消費した以上に食べてる気もするんだけど……」
「そこは自己申告しかないからねぇ」
シフォンの怪訝な声に、ラクトも肩をすくめる。氷の人がどの程度のエネルギーを消費して、ウェイドたちがどれほど補給しなければならないのか、正確に測る術はないし、そんな余裕もない。だから調理班は言われた通りに料理を作り続けるしかない。
幸いにして、船倉にはたっぷりと食料を積み込んできているため、枯渇することはそうそうないはずだった。おそらく。
「しかし、今はまだ交互に来てますけど、これがいっぺんに来ると大変ですね」
グソクムシの侵攻フェーズでは、レティたちは暇だ。しかしグソクムシと肉の種子が同時にやってこないとも限らない。もしそうなれば、レティたちも駆り出されることになり、船の周囲はより忙しくなるだろう。そんなことを予想して、レティは今から嘆く。
そんな彼女を見て首を傾げたのは、出番のない釣竿を抱えて退屈そうにしていたアンだった。
「むしろグソクムシと種子がぶつかれば、プラスマイナスゼロになって消滅するかもしれませんね」
と、冗談半分といった様子で言うアンに、レティがぴくんと耳を揺らす。思い描いた反応とは違う様子に、アンは困惑する。彼女が振り返れば、ラクトたちも真剣な顔で考え込んでいた。
「肉の種子は……切っても切っても再生するんだよね……」
「あれって生命エネルギー……」
「枯渇してるところにぶつけたら」
「は、はええ?」
シフォンとアンの目が合う。何も分かっていなさそうな彼女の顔を見て、アンが安堵した直後。
「や、やばいかもしれませんっ! 今すぐアストラさんたちと相談しないと!」
レティが血相を変えて叫んだ。
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Tips
◇『呪爆』
〈呪術〉スキルレベル40のテクニック。呪縁を結んだ対象を呪い殺す。その際に強い爆発を起こし、周囲にも衝撃を広げる。
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