第1633話「血気盛んな少女」
互いに息の合った連携を見せる〈大鷲の騎士団〉の尽力もあり、肉の種子の猛攻は凌ぎ切った。熾烈を極めた種子の雨も次第に落ち着き、クチナシの甲板ではほっと一息つくだけの余裕ができていた。
後方支援部の調理班が食事を用意し、医療班は傷付いた仲間たちの治療を始める。食器をカチャカチャと鳴らす慌ただしい音と、神経を引っこ抜かれた悲鳴があがるなか、レティたちはテントに集結していた。
「とりあえず第一波は凌いだ、といったところでしょうか」
「そうですね。一つ乗り越えたからと言って油断していい状況ではないでしょう」
頬を煤だらけにして、手に包帯を巻いたレティ。終盤に息切れして窮地に立たされた彼女だが、なんとか一命は取り留めた。しかし状況は依然として予断を許さないことも、彼女たちは理解していた。
アイは真剣な表情で、これまでの戦果を確認する。
「落ちてきた種子は合わせて750程度。うち撃破確認ができたのは633です」
「残りの17は海に落ちたとか?」
「そのようなところです。絶命を確認できませんでしたが、その後の追撃などはないようです」
雨か隕石のように降り注ぐ肉の種子すべてを完封できたわけではない。どうしても多少の撃ち漏らしは出てしまう。とはいえ海に落ちてしまった種子が、その後積極的に襲いかかってくるという例は確認されていない。
「なんとか対策を取らないと、次の攻撃で甲板に届いてしまうかも」
「それだけは避けなければなりませんね」
撃ち漏らしはあったものの、クチナシや周囲の僚船の甲板に到達した肉の種子は皆無だ。仮に甲板に取りつかれてしまえば、そこから即座に根を伸ばし、侵蝕されてしまう。そうなれば、ギリギリの攻防が一気に傾く。
そんな未来を回避するためにも、レティたちは新たな対応策の構築が危急の課題となっていた。
「そんなものは簡単ですよ。私が全てを斬ります!」
ふんす、と自信満面の笑みを浮かべるのはトーカだ。実際、彼女のキルマークはかなりの数となっている。
とはいえレティたちからの視線は少し冷たい者だった。
「そうは言っても、あなた、首が再生するように斬るじゃないですか」
「ちゃんと真っ二つにしてくれるなら文句はないんだけど?」
「うぐぅ……」
レティとラクトから詰められ、トーカも呻く。肉の種子を真っ二つにすることができれば、それは大きく力を失って海に落ちる。だが龍の首のような器官だけを狙って切ると、際限なく成長し、再生してしまう。
トーカがあえて斬り損じて恍惚としているところを、レティたちは見逃していなかった。
「これはレッジさんの探索、救出もかかってるんですよ。そのあたりは分かってるんですか?」
「うぅ」
珍しくレティに真正面からの正論をぶつけられ、トーカが肩を縮めて椅子に座る。
「レッジさんは今、暗い海の底を一人で彷徨っているんです。誰とも連絡が取れず、その孤独と恐怖は計り知れません。だからこそ、レティたちは万難を排して、なんとしてでも助け出さなければならないんです!」
拳を握りこみ、力説するレティ。その真っ直ぐな芯の通った明朗な叫びに、周囲の面々も感化される。
「……おそらく、レッジさんがこの奇妙な状況に陥っているのは、シナリオAIによるものでしょう」
少々味気ない話ですが、とレティは声を落として続ける。
レッジがこれまでのイベントで多くの番狂せを行ってきたことは、ここにいる誰もが良く知っている。彼という一人が存在するだけで、イベントシナリオが大きく変わってしまうのだ。そもそも今回の第九回〈特殊開拓司令;月海の水渡り〉も序盤でいきなり白龍イザナミと出会ってしまった。あれも相当な混乱だったはずだ。
FPOのイベントは全てシナリオAIと呼ばれる存在によって編まれている。巨大なデータセンターに所在する大規模プログラムであり、NPCとは根本的に異なる。いわばFPOというゲームそのものを支える神のような存在だ。
シナリオAIの目的はただ一つ、自身の執筆したシナリオによってFPOユーザーの最大多数の最大幸福を達成すること。たった一人の不穏分子によってゲーム盤をひっくり返されることは、どうしても阻止しなければならない。
「そもそもレッジだって一応、一般プレイヤーでしょ? ひとりだけ隔離するなんて酷いと思うよ」
眉間を縮め、ラクトが怒りをあらわにする。いつも冷静な彼女がそこまで直接的に言い放つのは珍しいことだった。
「全くです。レッジさんがいないと、俺も調子がでなくて」
「兄貴は普通に100体以上倒してたじゃん……」
鷹揚に頷くアストラは、アイから疑わしげに見られる。しかしアイもまた、この場に彼がいないという事実に不満を抱えていることには変わりない。
「これは我々プレイヤーと、シナリオAIとの戦いでもあります。絶対にレッジさんは、私が救い出します!」
気炎を上げるアイにアストラ以下〈大鷲の騎士団〉の幹部たちも賛同する。彼女たちはもはや目の前の敵だけでなく、その向こうで糸を引いているシナリオAIまでもを睨みつけていた。
「はええ……。わたし、悪いのは空気読まずに展開をぶっ壊すおじちゃんの方かと思ってたんだけど」
「そういう説もあるけど、レティたちは言っても聞かなさそうねぇ」
えいえいおー、と拳を突き上げる作戦本部を、シフォンが戸惑いの表情で見守っている。シナリオAIも自身の職務に忠実なだけではないかと思ってはいても、彼女はなかなか口にできない。そんなシフォンを、エイミーが優しく撫でた。
「許すまじ、シナリオAI!」
「うおおお!」
一部の面々を除いて、レティたちは戦意をさらに高めていく。
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Tips
◇超伝導神経網
調査開拓用機械人形のパーツのひとつ。全身に張り巡らされる情報伝達ケーブル。超伝導性を有しており、大容量の情報を迅速に伝達可能。
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