第1632話「仲良し騎士団」

「うわあああああっ!? く、このっ! このレティが植物ごときにぃいいいっ!」


 まるで悪役のようなセリフを吐き捨てながら、レティが爆散する。遠洋へと踏み込んだ一行は、序盤こそ順調に肉の種子を迎え撃つことができ、華々しい戦果をあげてきた。しかしながら、敵の攻勢は船を進めるほどに熾烈を極め、ついにはレティは粘着火薬の補給が追いつかなくなった。


「レティ!!」

「大丈夫。レティは私が守ってるわよ」

「エイミー! 流石だね!」


 海の藻屑となって消えたかと思われたレティは、爆発の中から間一髪救い出された。エイミーが至近距離に障壁を展開し、苦し紛れに放ったレティのハンマーを受け止め、あえてノックバックを起こすことで後方へ吹き飛ばしたのだ。

 咄嗟に機転を効かせたエイミーに、ラクトは賞賛を送る。しかし、状況は悪い。


「はえええ!? はやわっ!? ひょわっぴっ!? はええんっちゃ!?」


 シフォンが前線に駆り出され、次々と雲を突き破って落ちてくる肉の種子を迎撃している。だが、肉の種子は今や雨のように降り注ぎ、彼女だけでは到底追いつかない。


「照準定め! 撃てーーーーっ!」


 乾いた号令と共に、銃声の重奏が響き渡る。

 一糸乱れぬ動きで引き金を引いた〈大鷲の騎士団〉銃士部隊による一斉射撃は鉛玉の弾幕を広げ、空から落ちてくる肉塊をズタズタに貫いた。まるで剣山を顔面に押し付けられたかのように血――のような赤い液体――を吹き上げる肉の種子だが、それは重力に従って落ちてくる。弾丸では大きさに差がありすぎて、肉の種子を押し返すほどの力はなかった。

 しかし、それらがクチナシの甲板に根を伸ばそうとした直後。紅蓮の爆発が吹き上がり、次々と連鎖して空を覆い尽くす。まるで青空そのものを焼いたかのような熱気が、甲板にいるレティたちにも降り注ぎ、遮蔽物に逃げ遅れた調査開拓員のスキンが焦げる。


「粉末花弁火薬弾、再装填急げ!」

「間違っても引火させるなよ。俺たちがお釈迦になるぞ!」


 慌ただしくも迅速に、緊張感を持ちながら正確な動きで弾倉に弾を込める銃士たち。彼らが使っているのは、内部の火薬に“昊覆う紅蓮の翼花”の乾燥花弁粉末を利用した特殊弾だった。

 銃鉄に叩かれて飛び出した弾丸は、敵に食い込み、あえて貫通することなく止まる。そこで衝撃が粉末花弁火薬に達し、発火点を超えた瞬間、生態系を焼き滅ぼした紅蓮が翼を広げるのだ。

 肉の種子への対抗策を用意してきたのはレティだけではない。むしろトップ攻略組としてその名を轟かせる〈大鷲の騎士団〉が無策でいるはずがなかった。騎士団によって開発された粉末花弁火薬弾は、後方支援部新装備開発課の企みどおりの華々しい戦果をあげていた。


「矢、よーし! 狙い、よーし! てっーーーーー!」


 再装填を待つ間、無防備を晒すほど攻略組というトッププレイヤー層は無知でも無謀でもない。銃士と前後の列を入れ替えて現れたのは、原始的な弓に矢をつがえた弓兵たち。

 銃という先進的な武器と比べればインパクトに劣るという声もあるが、彼ら弓兵は確信を持っている。

 ――俺たちが爆発と騒音の発生源であるバカ公害兵器に劣るはずがない。と。

 矢は滑らかに空を飛ぶ。指から離れた羽がピンとはり、疾風のごとく翔ける。銃の一斉射撃とは違い、風切り音だけが耳の奥を震わせる。


「轟け、『サンダーボルト』ッ!」


 矢が弾け、雷鳴が轟く。解き放たれた電流は竜のようにうねり、咆哮と共に肉の種子を貫く。耳朶を打つ激しい音は、まるで天そのものの怒りのようだ。


「ふはははっ! 圧倒的ではないか、我が雷矢は!」

「一本20kの威力、とくと見やがれ!」

「これで弓はオワコンとか、近代文明に馴染めないおじいちゃんとか言わせねぇぞ馬鹿野郎!」


 雷矢、サンダーボルト。矢のシャフト部分に高い蓄電能力を持つ深海大電気ウナギの蓄電肝を使い、鏃に電導能力の高い高純度黄鉄鋼を用いた特殊な矢。それは対象に突き刺さることで内部の電気を爆発させ、周囲に拡散させる。さらに同種の矢が近くに複数存在すれば、そのぶんだけ強烈に雷が拡散される。

 これもまた、〈大鷲の騎士団〉が開発した肉の種子への対抗策のひとつであった。


「結局うるせぇじゃねえか、耳取れてんのか?」

「弦をペンペン弾いてるだけあって、音楽が得意どすなぁ」

「コスパ悪すぎて草」


 大空に花開く鮮やかな稲妻に、クチナシの甲板からも歓声があがる。


「テメェとこの爆弾弾の方が高いだろバカ」

「豆鉄砲打ちすぎて鳩になったんか?」

「下手な鉄砲www数撃ちゃwwww」


 弓兵部隊も惜しみない拍手に応じながら、相手を称える〈大鷲の騎士団〉はアットホームなバンドであった。


「弓兵ピカピカでわろた」

「自分の脳天に銃口突きつけてろよ」

「あぁ?」

「ええ?」


 クチナシ甲板の賑わいが最高潮に達した、その時。


「――ぃぃぃぁあああああアアアアアアアアアア!!!!!!」


 銃声と雷鳴をかき消すほどの大声が、爆煙の残る青空を揺るがした。船が震える声量は、もはや言語の体を成さず、聴く者に本能的な恐怖さえ呼び起こす。

 次々と落ちてくる肉の種子はその音圧で吹き飛び、高い周波数に震えて次々と爆散する。赤黒く生々しい花火が次々と咲き、白昼の空を禍々しく彩った。


「ひぃ……」


 銃士と弓兵たちもお互いに抱き合って心を震わせる。素晴らしいアカペラに、彼らの心も一つにまとまった。


「あ゛、あ゛あ゛ーー。……喉゛の換装゛を゛お願゛いし゛ます゛」


 海上に落ちた肉塊が飛沫をあげるなか、会場を支配した歌手――〈大鷲の騎士団〉副団長のアイは、控えていた技師に濁った声で指示を下すのだった。


━━━━━

Tips

雷の矢サンダーボルト

 深海大電気ウナギの蓄電肝を用いて、大量の電力を貯蓄できるように改造された特殊な矢。電導性の高い純黄鉄鋼製の鏃が対象に触れた瞬間に、貯蓄した電気を全て解放し、周囲に稲妻を轟かせる。

 ちょっと生臭い。


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