第1631話「新しい鉄槌」

「来るよ。全員気を付けて!」

「うおおおおおっ!」


 蒼海を突き進む船団があった。禁忌の領域へと足を踏み入れる愚か者たちだ。それを迎え討つのは、空から落ちてくる肉の種子である。一度根を張れば装甲巡洋艦の強固な構造をも侵蝕し破壊する。それは恐怖を抱くこともなく、侵入者のもとへと落ちていく。

 待ち構えていたのは、一匹の赤兎だ。全身に荒々しいオーラを纏わせ、力を溜めている。長い赤髪が炎のようにゆらめき、携えた黒鉄の機械鎚にまで殺気が漲っている。


「何度来たって同じですよ。――『ホームランスイング』ッ!」


 高高度から勢いをつけて飛び込んでくる肉の種子に、理解されない言葉を吐き出しながらハンマーを繰り出す。選択されたテクニックは、ノックバックに特化したものだ。ダメージはそこそこに、ヒットした対象を強烈な勢いで叩き飛ばす。

 レティのハンマー――正式名称“ネオ・メカニカルハンマー・ジェネシス”がなめらかな流線の軌道を描く。その振り捌きに迷いはない。飛び込んでくるおおよそ球体の肉の種子の重心を的確に狙っている。

 一歩踏み出し、甲板を踏み込む。その反動を余すことなく膝へ、腰へ、肩へ、腕へ。そして、機械鎚にまで伝えていく。


「だらっしゃーーーーーいっ!」

『グルゥァアアアアアアアアッ!!』


 鳴かぬはずの植物が、雄叫びのような音を発する。


――ドガァアアアアアアアアアアアアンッ!!!


 直後、それをかき消すような爆音が、水面を凹ませる。凄まじい衝撃は全方位へと広がり、巨大な船の甲板をわずかに傾けるほどだった。

 お互いが消し飛ぶような正面衝突。その衝撃を反転させ、さらにハンマーヘッドに仕込んだ火薬が爆発することで増幅させる。それら全てをダメージではなくエネルギーへと転化し、解き放った。


「てぁああああああっ!」


 お互いの力は一瞬だけ拮抗し、ついにはレティが競り勝った。肉の種子は壮絶な衝撃で身体を叩かれ、隅々にまでそれが反響する。ダメージではなく、エネルギー。レティの注ぎ込んだそれは、小さなコップを瞬く間に溢れさせる。

 閾値を超えた瞬間、肉の種子は空へと飛んだ。真正面からの打撃を受け、来た道を戻る。ただし、その体表には丸いウサギのキャラクターがスタンプのように刻まれていて――。


「夏の花火になりなさい。『ボムスタンプ』ッ!」


 レティの発声を受けて、それが盛大に紅蓮の炎を広げた。


「流石だね、レティ。肉の種子の対処法をもう確立させるなんて」


 空高くで爆散する種子を見上げて、ラクトが拍手を送る。

 〈黄濁の溟海〉遠洋へと突き進むレティたちは、当然の如く第二第三の肉の種子と戦うことを強いられた。はじめこそ昨日の反省を生かして除草剤スノーホワイトを用いて撃退していた一行だが、そもそも原始原生生物にも通用するほどの除草剤が手軽に使えるはずがない。財政的な理由からどうしたものかと首を捻っていたところ、レティが新型の機械鎚を引っ提げて名乗りを上げたのだ。

 彼女はログアウトした後も肉の種子との戦い方について検討を重ねていた。よほど、自分だけで倒せなかったことが悔しかったらしい。その悔しさをバネにして作り上げたのが、この戦法だった。


「要は根付かせなければいいんですよ。お空で爆散しなさい!」


 その戦略はいたってシンプル。周囲を警戒する味方から接近の報告を受け、即座に迎撃するだけ。肉の種子が厄介な点は、その強靭な生命力からくる根付きの良さだ。クチナシの甲板にまで侵蝕するそれをどうにかするならば、そもそも甲板に降さなければいい。

 レティが持ち出した新型の機械鎚は、そのゴチャゴチャと煩雑になっていたネーミングを一新。装いも新たに、近未来的な流線型が特徴的なものとなった。今までは使い捨て前提でパージされていたヘッドの機構が見直され、ヘッド内部に充填した粘着火薬を打撃と同時に付着させ、遠く離れたところで安全に爆発させることに成功していた。


「ぬふふふっ。圧倒的じゃあないですか、レティの新しいハンマーは!」


 やはり爆発力ですよ! と、爆弾魔のようなことをのたまいながら、レティはブンブンとハンマーを振り回す。

 実際のところ、彼女の戦法は肉の種子に対して極めて効果的に働いており、昨日の被害が嘘のように楽な航海が続いていた。


「とはいえ、油断は禁物です。肉の種子が複数存在するということが分かったんですから」


 調子に乗るレティを諌めるのはアイだ。

 彼女の言う通り、遠洋に踏み入った途端に肉の種子が落ちてきた。それを排除したのちも、断続的に襲撃は繰り返されていた。これはつまり、現在の調査開拓団では詳細な情報さえ分からないほど格上の存在である肉の種子が、レアエネミーですらないという残酷な現実を伝えていた。


「この先に進めば進むほど、肉の種子の数が増える可能性もあります。レティさんだけでなく、ウチの銃士たちによる迎撃も考えなくては」


 アイの言葉に、レティも素直に頷く。

 空から降ってくる種子を撃ち落とすというならば、わざわざハンマーで叩かずとも銃や弓を使えばいい。砲弾や爆弾付き矢を使えば、似たような爆殺は可能である。


「ううう、レティさん……。私もそのハンマーが欲しいです」

「それなりにお値段もしましたからねぇ。一応設計図はありますし、ネヴァさんに頼めば作ってもらえるとは思いますけど」


 しょんぼりと耳を倒しているのは、レティとお揃いのハンマーが一つ減ってしまったLettyである。早く“ネオ・メカニカルハンマー・ジェネシス”を手に入れたいところではあるが、資金的にも材料的にもかなり厳しいところがある。当然、レティにとっても痛い出費ではあったはずだが、日頃倹約に努めている彼女にとってはギリギリ出せなくもない値段だったのだ。


「とにかくレッジさんを見つけるためにはなりふり構っていられませんから。種ごときに道を阻まれるわけにはいかないんですよ」


 ふんす、と鼻息を荒くするレティ。彼女が見つめているのは果てなき海の中心、ただ一点のみであった。


━━━━━

Tips

◇ネオ・メカニカルハンマー・ジェネシス

 煮詰まっていた機械鎚の設計を改めて一から見直し、根本から再構築したリニューアルモデル。デザインから一新され、特にハンマーヘッドの使い捨て前提の運用は廃止された。現在の持てる技術の全てを余すことなく注ぎ込んだ、最高傑作。

“ズガン、ペタン、ドカーーーンッ!”


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