第1628話「氷の乙女たち」

 ラクトによって作られた“氷の人”はただの器だ。自律的に動くわけではない。ただし、氷の躯体を支える鋼鉄の骨格によって、動かすことはできた。〈操縦〉スキルを持つレティやニルマのような機獣使いであれば、機獣を使役するように動かすことができる。とはいえ、人型の機体をひとつ動かすだけでも大変な負担がかかることは火を見るよりも明らかだ。

 そもそも“氷の人”はラクトによって作られた機体をレッジが操作することを前提としている。レッジの非常識な分割思考能力がなければ、文字通りの木偶の坊になってしまう。

 逆に言い換えれば、レッジ並の分割思考能力さえあれば動かせるのだ。


「というわけで、どんどん作るから接続していってね。どっちが何体引き受けるかはそっちで話し合っていいから」


 用意された骨格は無数にある。ラクトはそれに次々と氷で肉付けを施しながらウェイドたちへと送っていった。唖然としているのは、突然“氷の人”を押し付けられたウェイドとT-1である。


『む、無理ですよ。我々は複数の機体を同時に動かすことはできません』


 各都市には管理者専用機体がストックされており、彼女らはそれを自由に切り替えて瞬間移動的に都市間を行き来することもできる。しかし、指揮官相当の端末が増えることは阻止されなければならず、同時並列の筐体起動は認められていなかった。

 権限的に許されていないものは、ウェイドたちでもどうしようもない。そう訴えるも、ラクトは涼しい顔だ。


「この人形はあくまで機獣だよ。管理者専用機体じゃないし、そんな権限も持ってない。あくまで今のウェイドが操作するものなんだから、問題はないでしょ」

『うぐ……それは……』


 図星だった。

 ニルマが複数の機獣を使役するように、機獣の使役には制限はない。もちろん、本人の能力やスキルレベルに左右されるところはあるが。そもそも警備NPCの軍勢を率いることが日常茶飯事になっているウェイドにできないはずもなかった。

 そして、それは以前、レッジを征伐しようと警備NPCをけしかけた前科のあるT-1にとっても同様だった。

 続々と量産される“氷の人”はご丁寧に操作権限者の制限が撤廃されている。今なら能力さえあれば誰でも動かせるような状態だ。アーツの連鎖によって奇跡的なバランスを保って構築された氷の人形が、じっと魂が注がれる時を待っている。


『これを使って、レッジを探すのじゃな』

『T-1!?』


 “氷の人”に手を伸ばしたのは、T-1だった。その行動にウェイドが目を剥く。

 いかにレッジが要注意人物であるとはいえ、いかにラクトから脅されているとはいえ、調査開拓員特定個人の要求の下で行動するなど指揮官にあるまじき行為である。だがT-1はそんなウェイドの訴えに静かに頷く。


『これは領域拡張プロトコルの進行にも有効なことなのじゃ。T-2、T-3との協議の上、賛成3で可決された』


 この数瞬で、T-1は遠隔地にいる他の指揮官との検討を行った。その結果の行動であった。彼女自身レッジのことは憎からず思っているが、それはあくまでT-1という指揮官プログラム体に仮想感情がインストールされた結果の数値的な変化であり、それが指揮官としての意思決定に影響を及ぼすことはない。

 公正かつ公平、かつT-1としての本来の行動原理である“領域拡張プロトコルの進行”に従った上での結果であった。


『……あなたがそう言うのであれば、私も従いましょう』


 そして指揮官がそう判断したのであれば、管理者はそれに倣う。

 ウェイドも“氷の人”に手を伸ばし、そのつるりとした額に指先で触れる。解放されたポートから接続し、操作権限を奪取。基礎防御プログラムをインストールした後、管理者管理下タグを設定する。

 物言わぬ氷像としてずらり並んでいた“氷の人”の頭上に、警備NPCのそれと同じ赤い逆三角形のビルボードが表示された。それと同時に、氷に覆われた目に光が灯る。


『“氷の人”No.1-002からNo.5-002まで起動』

『ぬぅ。“氷の人”No.1-T001からNo.5-T001まで起動なのじゃ』


 指揮官と管理者が、それぞれ五体の“氷の人”を起動する。


『“氷の人”No.1-002からNo.5-002までをチーム-α-002に設定』

『同じく。“氷の人”No.1-T001からNo.5-T001までをチーム-α-T001に設定なのじゃ』


 更に五体の“氷の人”を一つの部隊とみなし、結合させる。

 ラクトが次々と生み出していく“氷の人”を5人単位で集めて小隊を構築し、さらに5小隊で中隊とする。大隊までの規模はまだできないが、それでも瞬く間に二人合わせて6個中隊、150体の“氷の人”がクチナシの甲板に整然と並び立った。


『あー、頭がクラクラします』

『これを平然とやってのけるレッジはやはり化け物じゃろ……』


 “氷の人”は機獣扱いであるとはいえ、感覚器は一般的な調査開拓用機械人形に遜色ないほどのものが備えられている。75体の部下全員と五感を共有するのはウェイドやT-1であっても初めての経験で、そこに慣れるには多少の時間を要するようだった。


「ついにレッジさんがT-1さんたちからも化け物認定されましたねぇ」

「今更じゃない?」


 なぜか誇らしげなレティ。シフォンは抱えた重箱から稲荷寿司を摘みながら、呆れたように耳を倒した。


「じゃあ、あとはこの子たちで海の中を探してね」


 “緑の人”はもさもさと濃緑色の葉を鬱蒼としげらせ、森の悪霊もかくやといった不気味な見た目であった。反面、“氷の人”はラクトの美術監修が入っているからか、タイプ-フェアリー機体をベースに少女的な可憐さと氷の幻想的な透明感を両立させた美しい造形となっている。更に小型軽量かつ一定の硬度と自動的なカウンターシステムまで搭載している多機能ぶりである。

 ラクトからLPの供給を受けずとも自律的に術式は維持され、更に水辺などであればその能力が向上する。まさに海での活動に最適化された人形だ。


『よし、だんだん慣れてきたのじゃ』

『レッジにできて私にできないはずもありませんからね。さあ、“氷の乙女たちアイスメイデンズ”よ、出発しなさい!』


 ウェイドの号令で、氷の妖精たちが次々と海へ飛び込んでいく。


「なんか、勝手に名前変えられてるんだけど……」

『ぬははっ! では、妾の“氷のおいなりさんズ”も出発なのじゃ!』

「それはなんか違うでしょ!?」


 ラクトの声が響くなか、指揮官と管理者による広域探索が始まった。


━━━━━

Tips

◇機術複合存在

 複数のアーツを結合させることにより、相互に干渉しながら一定の均衡を保つ存在。術式のエネルギー消費と拡散の機微を注視しながら繊細にバランスを調整する必要があり、非常に高度な技術を前提とする。


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