第1627話「新たなる人類よ」
「管理者側が嘘ついてる様子もないし、レッジはどこにも戻ってきてない。となると、考えられるのは一つだけだね」
調査開拓団有志によるレッジ捜索が思うような成果をあげないなか、ついにラクトが口を開いた。彼女の背後にはショートケーキを見つめて歯を食いしばるウェイドと、同じく稲荷寿司の入った重箱を見つめて歯を食いしばるT-1の憐れな姿が見られる。
尋問の結果分かったことは、既知の事実を補強する程度のものでしかない。だからこそ動かねばならない、と彼女は主張する。
「レッジはこの海のどこかを、いまだにのんびり泳いでる。それを見つけ出して引っ張り出して、怒らないと気が済まないよ」
「そうですよ! レティもとても心配しています!」
「はええ……」
ハンマーを掲げたレティが賛同し、重箱稲荷を持たされたシフォンはまだ状況についていけていない。ログインしたばかりの少女を少しばかり突き放しながら、ラクトは猛々しく声を発し、そしてウェイドたちの方へと向き直った。
その可憐な笑みを向けられたウェイドとT-1はさっと顔を青ざめさせる。その天使のような表情によって、彼女たちは騙されたのだ。ショートケーキをご馳走する、稲荷寿司をいくらでも食べさせてあげる、そんな言葉によって。
もはや術中にはまってしまっている。管理者、指揮官である自分たちがなぜヒラの調査開拓団員の手のひらの上で弄ばれているのか、今更後悔しても、もう遅かった。
「二人にも手伝ってもらうからね。――これを見て」
お願い、というにはいささか強すぎる力を持った言葉でもって、ラクトはウェイドたちにあるものを見せる。それは一見すると枝を広げたワイヤーのようにも見える銀色の鉄線だ。硬質で無機質なものだが、それを見たウェイドたちは体に力を込めた。嫌な記憶がフラッシュバックする。
『こ、これは……』
『レッジの人形の骨格ではないか』
T-1の正確な言葉にラクトは頷きを返す。
柔軟鋼材骨格支柱。人型植物機獣“緑の人”を構成する主要パーツのひとつ。かつてはこれによって作られた一個人による軍団“緑の人々”が調査開拓団そのものに大変な危機をもたらした。
最近は鳴りを潜めていた呪具のようなそれに、ウェイドたちか警戒心を露わにする。
『それをいったいどうするつもりですか。わ、私たちを脅しても、もう情報は何も出てきませんよ』
「そんなことはしないよ。わたしを何だと思ってるの」
鬼、悪魔。そんな言葉が喉をついて出そうになったウェイドたちは慌ててそれを飲み込む。下手なことを言えば、ショートケーキと稲荷寿司が遠のくだけだ。
「レッジが行方不明になる前、わたしはレッジと一緒に新しい人類を作ろうって話をしたの」
「ラクト!? なんですかそれは、聞いてませんよ!?」
「まあ人類といっても本当に生命を誕生させるなんておおそれたことじゃないよ」
「ちょっとラクト!」
レティの声を涼しい顔で受け流し、
「この海は呪われてる。だからこそ、こっちにもやりようはある。人型のものは依代になって、厄呪を代わりに受けてくれる。そういう意味があるらしいけど」
長々と語るラクトに、ウェイドたちは怪訝な顔だ。彼女の意図、自分たちに突きつけられる要求が見えない。
警戒する二人の前に、柔軟鋼材骨格支柱が掲げられる。
「わたしとレッジで設計した新しい人類は、わたしとレッジ二人での
心なしか、共同運用、の四文字を強調するような発音。
「二人なら、レッジの代わりに人形を運用することができるんじゃないの?」
『何を言って……。わ、私たちに戦闘行為はできませんよ。たとえ脅されたって――』
「別に戦ってもらうわけじゃないよ。そっちはレティに任せるから。それよりも欲しいのは手数。というより、たくさんの目を一斉に運用できるだけの処理能力」
管理者とは、末端にすぎない。その本体と言えるのは、各都市の中枢制御区域、中央制御塔に鎮座する巨大な中枢演算装置〈クサナギ〉である。一都市の経済システム、公共システム、警備・治安維持システムをはじめ、その活動の全てを一手に担う規格外の計算リソースを持つスーパーコンピュータだ。
指揮官もまた、同様である。天空の果てに停泊する巨大な開拓司令船アマテラス。そこにある中枢演算装置〈タカマガハラ〉こそが、T-1、T-2、T-3の三者を構築する土台である。
ラクトはおもむろにアーツを発動する。レッジと話し合いながら試行錯誤し、構築した複雑な攻性機術式。その発動難易度、デーア量は桁違いなもの。通常ならば輪唱機術による複数人共同発動でようやく成り立つようなそれを、彼女は口述操作と思念操作の双方を複合させた二重詠唱によって実行する。
「『
無数のアーツが生まれ、うねり、結合する。それらは一を構成するものとして、お互いを支え合う。ラクトという神の意志に従うまま、己を分かち、他者と繋がり、連帯していく。
それは彼女の持つ柔軟鋼材骨格支柱に張り付き、巻きつき、繋がり、血肉となって纏わりつく。目指すのは調和による完全。完全無欠の器。
「――目ざめよ、冷たく空虚なる器。生命の海に満ちたる者。――“
骨格にしたがい生み出された人型。タイプ-フェアリーと同等の体格として設計された新たな人類。
それを目の当たりにしたウェイドとT-1は揃って目を丸くしていた。
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Tips
◇“
柔軟鋼材骨格支柱に複数の機術を結合することによって生み出された人型の存在。高度な機術複合体であり、高い身体能力や特殊能力を有するが、そこに意志や魂と呼べるものはない。肉体の創造者とは別に、魂の創造者を必要とする、単なる器。
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