第1621話「親子の共同作業」
レッジ監修の下、ヨモギによって開発された強力な枯死剤スノウホワイト。クチナシの船倉には、装甲コンテナの厳重な封印状態で山のように積み込まれていた。
「い、いつの間にこんなにたくさん……」
「気が付いたらこんなに作っちゃってたんだよー」
ラクトはぎっちりと詰まったコンテナに唖然とする。
てへ、と後頭部に手を当てるヨモギ。レッジがしばらくログインしてこないという悲報を受け取った彼女が悲しみを紛らせるために大量生産を続けていたのだ。
理由はともかく、大量にあるという事実は心強い。ラクトは頷き、入り口側に待機していた騎士団の機獣使いたちに合図を出す。
「どんどん運び出して! まだ効果は分からないけど、カミルが言ってるならある程度信頼していいと思うから」
カミルは〈白鹿庵〉の別荘にある農園の管理を一手に引き受けている。レッジを除けば、植物型原始原生生物に最も詳しい人物の一人と言える。NPCに限ったとしても、ウェイドやコノハナサクヤに比肩する知識量であることは疑いない。
そんな彼女があの肉塊を植物であると断定したのは、無視できることではなかった。
騎士団の機獣使いたちによって使役される
「どことなく違法な香りがする外見だなぁ」
「全部合法だよ。取り扱いには厳重注意だけど」
パッキングされた白い粉が並ぶ様子にラクトが眉をひそめる。しかし甲板の方ではレティと光の激しい戦闘音が鳴り止まず、事態は逼迫している。今更そんなことを言っている暇もない。
「それで、これはどうやって散布するの?」
「うーん。前に使われた時はウェイドがミサイルに突っ込んでたんだよね」
スノウホワイトの初陣は、ウェイドによって打ち出されたミサイルだ。それにより、海上に展開していた“戒める牙針の叢樹”が一掃されたのは記憶に新しい。とはいえ、今回は状況が違う。対象となる肉塊はクチナシの甲板に癒着するような形で存在しているし、その周囲にはレティたちもいるのだ。
「これ、調査開拓員には……」
「あんまり当てない方がいいかも」
フレンドリーファイアがないとはいえ、薬剤がどのような悪影響を及ぼすかは未知数だ。ヨモギの見解にラクトも納得せざるをえない。
しかし、どうしたものかと彼女たちが途方に暮れた矢先のこと。
「話は聞かせてもらいました。ここはトーカやお兄ちゃんの汚名を濯ぐためにも、私にやらせてください」
船倉の扉の前に、大柄な女性のシルエットが立ち上がる。その姿を見たミカゲがうめき声を上げる。
「げっ、母さん……」
「モミジですよ、ミカゲ」
「……」
にっこりと笑う薄桃ナース服のタイプ-ゴーレム女性、モミジに対してミカゲは何も反論せず、逃げるように船倉の隅へ。そんな彼を不憫そうに一瞥した後、ラクトはモミジの方へ向き直った。
複雑な家族関係はともかく、モミジが名乗りを上げてくれたのは願ってもないことだった。なぜなら彼女は投擲師。アイテムを投げることにかけては誰にも引けを取らない専門家である。
「ヨモギ」
「合点承知! すぐに作ってあげるよ」
ラクトが皆まで言わずともヨモギは早速動き出す。パッキングされた枯死剤を手に取り、生産設備の方へ。〈調剤〉スキルを用いれば、投擲用のアイテムへと加工することもできる。
「それじゃあモミジ、お願いしてもいいかな?」
「任せてください」
ぐっと両手の拳を握り込むヨモギ。あどけない笑顔は、とても二児の母とは思えない。そんな感想を胸の奥に隠して、ラクトは彼女に望みを託した。
「ふおおおおっ!? あ、あぶっ! あぶなーい!」
「うふふっ。これも親子のコミュニケーションというやつですの?」
「いいから黙って盾に集中してくださいっ!」
光が盾を掲げてヘイトを稼ぎ、迫ってきた頭をレティが潰す。防御特化の光と、破壊力特化のレティの二人は、互いに対極に位置するだけに役割が明確だった。しかし、基本的に動かない、というより動けない光に対し、縦横無尽に跳ね回るレティの方が疲労は桁違いだ。
しかも肉塊の獣は頭を潰しても潰してもキリがない。終わりが見えない戦いということも、レティに精神的な負担を強いていた。
「というか、最近ちょいちょいFPOにログインしてるのなんなんですか。お母様も忙しいのでは?」
激しい戦闘音の渦中にいれば、周囲に声が漏れることもない。それをいいことにレティは光を問い詰める。そもそも光がFPOをプレイし始めたのはレティの様子を窺うためだったはず。しかしそれが達成された今も、〈紅楓楼〉の一員として楽しんでいる様子だ。
光も清麗院の館主として多忙を極めているはず。ゲームなんてやらずにどっか行っててください、とレティは言外に突きつけていた。しかし天下の清麗院光が娘の意図を素直に受け止めるはずもなく、飄々とした笑顔で黄金盾を振り回した。
「うふふ。最近、最先端科学技術研究所の方で優秀な監視管理システムが開発されてますの。優秀なデバッガーがいるのか、セキュリティも効率性も桁違いで、随分助けられていますのよ」
「ぬぅぅ。なんですかその都合のいい話は!」
清麗院家の全てを統括する女主人である光。彼女は生活の大部分をその執務に費やしていた。しかし最近、なぜか専門分野外であるはずの最先端科学技術研究所――清麗院グループ傘下の医療都市に存在する研究施設――で、妙に効率的な監視システムが開発されていたのだ。それを光も導入したところ、これまでの執務が非常に円滑に進むようになった。
その監視システムは狡猾な脱走犯を絶対に逃さないという強い意志と狂気じみた執念を感じる設計で、一分の隙もない堅牢性を兼ね備えている。しかも驚くことに、現在も細やかにアップデートが重ねられているのだ。まるで、今も日常的にその鉄壁を破り続けている脱走犯でもいるかのように。
おかげで光は監視システムを流用することができて、かなり時間にも余裕ができたため、嬉しい限りではあるのだが。
「そういうわけですから、茜ちゃん――じゃなくてレティちゃんともいっぱい遊びたいですの」
「うわーーーーんっ!」
ニコニコと心の底から楽しそうな光。レティは耳をぶんぶんと揺らしながら、衝動を解き放つかのように肉塊の獣の頭をハンマーで潰す。
「それにしても、キリがありませんわね」
「本当ですよ! ラクトたちはなにをやってるんですか!」
レティを焦らせるのは光だけではない。後方で対処法を検討しているはずのラクトたちの動きが窺えないこともその一因だ。いつの間にか姿すら消えているし、甲板からは人がどんどん消えている。まるで、何かから避難しているかのように――。
「さあ、行きますよ。トーカ、お兄ちゃん、アシストよろしく!」
「はーい」
「はい……」
その時、生き生きとした女性の声がレティのウサ耳に届いた。遅れて、げっそりとしたカエデとトーカの生返事も。
何かが始まる。
レティがそう察した直後、
「『ミサイルスロウ』ッ!」
タイプ-ゴーレムの強肩がうなり、薬剤を詰め込んだガラス瓶が空を貫く。
━━━━━
Tips
◇『ミサイルスロウ』
〈投擲〉スキルレベル50のテクニック。力を込めてアイテムを勢いよく投げる。投擲物は貫通属性を付与される。
“気合いを込めて投げろ!命を燃やせ!うおおおおっ!”――熱血ピッチャー・サブロウ
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