第1622話「解けたパズル」
スパァンッ!
解き放たれた矢が木を貫くような小気味よい音が響く。
「ひょ、ひょわぁぁ……!?」
それはレティの頬の間際を掠め、張り手のような衝撃を叩きつけた。直撃こそ免れたもののヒヤリと冷たい汗が伝うほどの恐怖を抱く一撃だ。そして、直撃を受けた者は恐怖以上の衝撃だ。
「なんか首が吹っ飛んでますけど!? バズーカでも撃ちました!?」
「ただの枯死剤ですよ。うふふ」
目を剥いて振り返るレティが見たのは、グリグリと肩を回して馴染ませるモミジの姿だ。彼女の姿を認めてようやく、レティは先ほど自分の頬を掠めたのが弾丸やミサイルなどではなくただのアイテムであることを理解した。理解したが、承知しがたい。
なぜ枯死剤を肉塊の獣に投げつけているのかは不明だが、その威力はどう考えても投擲由来の衝撃によるもので、枯死剤の薬効が発揮されているようには思えない。そもそも、なぜ手投げでそれほどの威力が出るのか。
「母さんって野球もできるの?」
「んなわけあるか。実家は花道の名門だぞ」
「じゃあタイプ-ゴーレムの身体能力?」
「うーむ……」
モミジが肉塊の獣の首を潰したことで、彼女にヘイトが向かう。襲いかかる獣に応戦するのは、護衛として連れてこられたトーカとカエデだ。二人もヨモギの投擲力に首を捻っている。
そんななか、ヨモギはニコニコと目を細め、リュックサックから新たな投擲物を取り出す。それを見てレティは思わずあっと声をあげた。
枯死剤が封入されているのはアンプルと呼ばれるガラス容器だ。LP回復薬の封入にも使用され、一定の耐久性を持ちつつも調査開拓員の握力で割り砕くこともできる。一般的には長さ15センチほどの円筒形をしているのだが、モミジが手にしているそれは少し形が変わっていた。
「なんか、捩れてますね」
「投擲専用螺旋薬瓶。空力的に考えられた形状で、螺旋に沿って回転することで姿勢を安定させつつ速度と精密性を高める特殊なアンプルです」
先端が捩れながら尖り、尾部には矢羽根まで付いている。アンプルとして使用するには不要な形状だが、投げることを考えればダーツや投げ槍のように用いることもできる。
〈投擲〉はあくまで補助的な性格のスキルであるというのが、これまでのレティの認識だった。しかし、極めればサブウェポンではなくメインウェポンとして十分に活躍できるのだ。
「使い捨てのわりに少々値が張るのが玉に瑕ですが……。今はそうも言っていられませんもんね」
そう言ってモミジは腰にベルトを巻き付ける。アンプルホルダー付きのベルトには、同様の螺旋薬瓶がずらりと並んでいた。
「光さん、よろしくお願いしますよ」
「かしこまりましたの!」
モミジがアンプルを構える。つゆ払いをするのはトーカとカエデの二人だが、そもそも肉塊の獣を押さえつけるのは光だ。〈紅楓楼〉のパーティとして連携に問題はない。気炎を上げる光は盾を掲げて自身に注目を集めた。
肉塊の獣が頭を彼女に向けた途端、モミジが次々とアンプルを投げつける。鋭い先端が肉を貫き、首を刎ね飛ばして内部の白い粉末を周囲に散らした。
「お、おおおっ!? ほんとに枯死剤が効いてますね?」
余裕が出てきたレティは、モミジが投げつける枯死剤が効力を発揮していることに気がつく。赤黒く脈打つ肉塊に白い粉が落ちた途端、焼け爛れて溶け落ちていくのだ。原始原生生物を枯らすほどの強力な枯死剤とはいえ、動物にはそれほどの効力はないはず。どうやって突き止めたのかはともかく、肉塊の獣は動物よりも植物に近いことは明らかだった。
しかも枯死剤が付着した箇所は再生が阻害されるのか、切断された首も元には戻らない。
「トーカ、どんどん斬っていいぞ!」
「言われずとも!」
これによって活気を取り戻したのがトーカである。彼女は今度こそ自分の出番がやってきたと妖冥華を振り回し、次々と肉塊の獣の首を刎ねる。カエデもカマイタチと共にその後に続く。
「水を得た魚のようとはまさにこの事ですね」
「『
もはやハンマーを置いて見物に回るレティ。その背後からアーツの光が飛ぶ。
ラクトが肉塊の獣の傷跡を凍らせて、さらに回復を抑えようとしていた。
「ラクト、初めからそうしてたら良かったのでは?」
「枯死剤が効いてないと回復が早すぎて差し込む隙もなかったでしょ」
そう言いながら、ラクトの手際は澱みない。〈大鷲の騎士団〉の機術師たちからも応援が加わり、肉塊の獣は徐々にその表面を凍らせていく。何層にも氷が重なり、封印されるほどに球体へ近づいていく。
「アーツを切らすな。傷口を優先して凍らせるんだ」
「冷却装置持って来い。冷凍室のぶっこ抜いていい。アーツだけじゃ維持が面倒だろ」
さらに避難していた〈ダマスカス組合〉の職人たちも動き出す。彼らは輸送艦の強力な冷却装置を取り外し、その場で急拵えながら頑強な冷却拘束具を作りだす。
「そっち回せ! ボルトを打ち込んで固定するんだ!」
「割れてきてる! 補強頼む!」
機術師たちが冷凍させている間に頑丈な鉄枷を取り付け、冷却装置に繋ぐ。アーツによる一時的な冷却から、BBバッテリー駆動の機械による長期的な冷却へと。
肉塊の獣はもはや、文字通り手も足も出ず、球体の氷へと封じ込められていた。
「床に張り付いた根っこも枯らせ! 少しでも残ってると再生するかもしれん!」
農薬散布機を背負ったプレイヤーが周囲を念入りに除草する。スノウホワイトを溶かした薬液は強力で、クチナシの甲板に入り込んだ肉塊の欠片を溶かしていく。
「なんというか、解法がわかればあっという間ですねぇ」
「パズルとかもそういうもんだからね」
モグラ叩きのようにハンマーを振り回していたのはいったい、とレティが呆気に取られるなか、着々と駆除は進む。もはやラクトもやることがなくなり、手持ち無沙汰だ。
「むぅ、もう少し切りたかったんですが……。ちょっとだけ肉片を貰ってもいいですか?」
「いいわけないだろ」
「いたっ」
そうこうしているうちにトーカとカエデも後ろへ戻ってくる。まだ物足りなさそうなトーカが妙なことをしないように、カエデが目を光らせているようだ。
「ところでこの肉団子、どうするんですかね」
「その辺りはこれから調べるんでしょ」
ラクトが背後へ振り返る。そこには大量の機材を携えて気合いを入れる、〈大鷲の騎士団〉解析班の一団が待ち構えていた。
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Tips
◇ 投擲専用螺旋薬瓶
投擲用に開発されたアンプル。独特の形状をしており、投擲時の軌道の安定性と速度を向上させている。再使用不可能な使い捨て。
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