第1620話「明快な解決策」

 トーカとカエデはモミジに耳を引っ張られて戦線を離脱し、甲板に正座して懇々と説教を受けることとなった。そんな二人に変わって肉塊の獣を抑えることになったのは、〈紅楓楼〉の頼れる盾役こと光である。


「『刮目せよ、我が威光』ッ!」


 光の猛々しい声と共に重厚な特大盾が掲げられ、閃光が広がる。獣の無数の視線は全て黄金の盾に釘付けにされ、凄まじい敵愾心の全てがそこに注がれた。次々と叩きつけられる頭突きを、光は盾に寄りかかるようにして耐える。


「ふふふっ。この程度の攻撃、びくともしませんの!」


 防御力特化の特大盾使いである光は、その機動力を代償に〈大鷲の騎士団〉が誇る重装盾兵さえ凌ぐほどの硬度を誇る。たとえトーカとカエデが親子喧嘩の余波でいたずらに強化させた未知なる原生生物であっても、その防御力を突破することは難しい。

 ただでさえ鉄壁の特大盾に加え、光は無数の防御力底上げ策を施していた。


「うはぁ、あの子すごいね……。硬化薬のクラスⅦをがぶ飲みしてるよ」


 盾を構えながらアンプルを飲み干す光を見て、ヨモギが唖然とする。あの子、という表現に若干の引っ掛かりを見せながらもレティも頷く。硬化薬というアイテムは、シンプルに防御力を高める薬剤だ。クラスⅦは現行最高位の薬効を誇り、一定時間に限るとはいえ、軽装軟弱なレティでさえもエイミーに匹敵する防御力を獲得できる。それを元から防御力に特化した光が服用すれば、それはもう鉄壁と同義と言ってよいだろう。

 もちろん、最新の薬ということもあり製造コストは青天井で、ヨモギが驚いたのもその原価を想像できるからだ。


「でも、あの子って鎧は着てないんだよね。なんでメイド服なんだろ」

「……本人は変装のつもりだったみたいですけど。レティは知りません!」


 光は今も、白いフリルのかわいらしいメイド服に身を包んでいる。胸当てや籠手など、各所に金属が使われているとはいえ、軽装よりの中装とでも言うべき防御力しかないはずだ。

 レティは微妙な顔をして、ぶんぶんと首を振る。その様子を、アンは不思議そうな顔をして見ていた。


「『不動の誓い』『不退転の決意』『不帰の縛り』ですの!』


 動かない限り防御力を増幅させるテクニック。正面方向からの攻撃を自動的にガードするテクニック。他者からの回復を受け付けない代わりに防御力とLP生産量を増加させるテクニック。防御特化型の調査開拓員御用達の三種テクニックを立て続けに発動し、光はさらに硬度を増す。

 もはや肉塊の獣に彼女を倒すことなど叶わないかのように思えたが、それだけの硬さには弱点も存在する。


「ちょわ、危ない!」


 レティが飛び出し、勢いよく光へ襲いかかってきた触腕をハンマーで潰す。動くことのできない光は頭だけを彼女に向けて、青い瞳を輝かせた。


「レティちゃん! 助けてくれたのね。ありがとうございます」

「ぬああっ、いいから集中してください!」


 まるで母の日に思わぬプレゼントを受け取ったかのように笑顔を浮かべる光。レティはブンブンとハンマーを振り回す。

 現在の光は正面からの攻撃にこそ鉄壁の防御力を誇るが、側面や背後から回り込まれると一気に弱くなる。それを防ぐためにいくつものヘイト稼ぎテクニックを繰り出しているのだが、肉塊の獣がそれに適応し始めていた。

 盾を回り込んで光を狙う肉塊の獣を、レティのハンマーが潰す。


「す、すごい! まるで親子のようなコンビネーション!」


 それを見ていたLettyが驚嘆の声をあげる。彼女もレティとのシンクロに強い自信を持っていたが、光とレティの呼応する動きを見れば、それも揺らぐ。それほどまでに二人は緻密にお互いをカバーし合っていた。


「……こっちは母親がナース服着て、父親の妹と言い張ってるのに」


 周囲には聞こえない程度の音量で悲しげに呟くのはミカゲ。トーカとカエデはまだしばらく解放されないようである。


「ところでアストラ、そろそろ何か分からないの?」

「名称不明ですからね。現状、戦えば戦うほど強力化していく雰囲気があるので、今の光さんとレティさんの対処法が最善かと」


 光とレティが抑えている間にも、騎士団は騎士団で敵の解析をしようとしていた。しかし、アストラの下へ送られてくる情報は、どれも不確定要素の多い曖昧なものだ。正直、成果らしい成果はないとアストラも無念そうにしている。

 その間にも肉塊はクチナシの甲板を侵食し続けている。クチナシもどうにか抑えようとしているようだが、その成果は芳しくなさそうだった。


「こういう時、レッジさんがいてくれたらいいんですが」

「流石にレッジも対処できないんじゃない?」


 奥歯を噛み締めるアストラに、ラクトが呆れる。戦えば戦うほど力を増す相手に、レッジが何をするのか。彼女にもそれは分からない。しかしアストラは、レッジならば打開策を見つけ出すと本気で信じているようだった。


『ねえ、ちょっと。さっきから騒がしいんだけど』


 肉塊の獣は光が抑えていることもあり、周囲も少しずつ落ち着きを取り戻していく。しかし打開策も見つからず、膠着状態が続く。そんななか、苛立ちの混ざった声があがった。

 ラクトが振り返ると、そこには口をへの字に曲げて立つカミルの姿があった。


「ちょっとカミル、危ないから船室に戻ってなよ」


 一応、現在は非常事態である。NPCであるカミルもウェイドたちと共に船室にいるはずだった。この場にいないはずの彼女に、ラクトは慌ててドアの方向を指し示す。しかし、カミルはそんなことは関係ないとばかりに鼻を鳴らす。


『うるさいわね。いつまで遊んでるのって聞いてるの』

「遊んでるって……。まずは情報を集めないと対処もできないんだって」


 カミルはいつもと同じ突き放すような口調だが、それがラクトの神経に触れた。彼女が協調性ゼロのメイドロイドであることは承知のうえで、わざわざ甲板に出てきてまで言わなくてもいいだろうと。

 むっと眉を寄せるラクトだが、カミルは気付いているのかどうかも定かではない。そのままパシャリと手元のカメラで肉塊の写真など撮る始末だ。


『情報ねぇ。そんな悠長なこと言ってないで、さっさと枯らせばいいのに』

「あのね、あんまり下手に手を出して逆効果ってことも……。枯らす?」


 嘆息して言うカミル。ラクトが言い返そうとして、はたと気が付く。


「ちょっとカミル、枯らすってどういうこと?」


 ラクトは真剣な表情で、カミルの華奢な肩を掴んで詰め寄る。態度の急変した彼女にカミルは煩わしそうにしながら答えた。


『アイツが置いてる枯死剤振りかければ一発でしょ。何をチマチマと変なことやってるのよ』

「ちょ、はい? どういうこと?」


 さも当然と言うように進めるカミルだが、ラクトの理解が追いつかない。隣ではアストラも困惑の様子だった。ラクトはさらに詳細を求める。


『だから、あんな植物、原子原生植物よりもザコいんだから、さっさと枯らしなさいよ』

「な、なんであれが植物だって思うの?」

『なんでって、種が降ってきて根っこ生やしてるでしょうが』


 赤髪のメイドロイドは、分かりきったことを聞くな、と目を吊り上げる。彼女の言葉にラクトとアストラは目を合わせ、しばし沈黙。そして――。


「スノウホワイトありったけ持ってきて! 今すぐ!」

「機獣で運び出せ!」


 二人は大急ぎで周囲に号令を出した。


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Tips

◇ 『刮目せよ、我が威光』

 〈戦闘技能〉スキルレベル40、〈盾〉スキルレベル40のテクニック。盾を掲げ、敵の注目を一身に引き受ける。

 周囲の敵性存在からの敵愾心を集める。

“これより先、進むべからず”


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