第1619話「喧嘩両成敗」

 トーカが首を落とすたび、肉塊の獣は力を増していく。今やその大きさも見違えるほどとなり、クチナシの甲板に侵蝕しつつあった。銃士や弓兵、機術師といった遠距離攻撃職が牽制程度に攻撃を加えるも、もはやその程度は歯牙にも掛けない。


「これはやっぱり、まずいんじゃないですか」


 趨勢を見守っていたレティが生唾を飲む。一歩引いたところから戦況を俯瞰していれば、肉塊の獣が徐々に巨大化していることは目に明らかだ。タコのような禍々しい姿をしながら、無数の触手の先端に逆三角形の頭を実らせる異形の怪物は、おぞましく退廃的だ。

 トーカはテンションをぶち上げて首斬り日和だ何だと叫びながら大太刀を振り回しているが、それを止めなければならない。


「トーカ、止まってください! ストップ!」

「嫌です!」

「ええい、こういう時にレッジさんがいれば……!」


 暴れ回って我を忘れているトーカも、レッジの声であれば届くだろう。そんな確信があるだけに、この状況はひたすらにまずい。〈白鹿庵〉がイベントで足を引っ張るというのは、各方面に迷惑と損害を与えてしまう。

 今や最後の望みは、何か妙案を持っている様子のラクトのみ。

 そして、ラクトが宣言した5分が、もうすぐそこまで迫っていた。


「ラクト、まだですか!」

「もうすぐ。もうすぐそこまで来てる」


 ラクトは泰然として構えている。そんな彼女の呼びかけに応じて、クチナシの後方から小型の高速艇が近づいてきた。


「――こんの」


 転覆しそうなほどの勢いで迫る高速艇の船首に立つのは、落ち着いた色合いの着流しを風にはためかせる黒髪の青年。若々しい力のみなぎる精悍な容姿だが、今やその顔には憤怒が刻まれている。

 彼は腰に佩いた赤青二振りの刀をしゃらりと抜き、さらに首にかけていた小さな巾着から真紅の骨片を落とす。

 呼び掛けに応じて現れた、小柄でしなやかな、赤いイタチ。前足を禍々しい鎌に変えた霊獣が、戦意を高揚させて刃を打ち鳴らす。


「――バカ娘ぇええええええっ!」


 船首に足をかけ、一息に跳躍。軽やかに飛び出した青年は、赤いカマイタチと共にクチナシ級十七番艦の甲板へ飛び移ってきた。空中でくるりと身を翻し、二つの太刀を構える。それに追随する二つの鎌。合わせて四連の斬撃が降り注ぐ。

 ――肉塊の獣に向けたものではない。血を浴びて頬を紅潮させる、鬼の少女へ。


「ぬっ!? てゃいっ!」


 凄まじい勢いの急襲。にも拘らずトーカは直前でそれを察知し、大太刀をぐるりと旋回。ラクトの通報を受けて急行したカエデの一撃を跳ね除ける。


「殺気がダダ漏れよ。耄碌した?」

「殺気じゃねぇ、怒気だよ!」

「奇遇ね。私もドキドキしてるわ」

「そうじゃねぇ!」


 二往復の会話のうちに、双方は絶え間なく刃を叩き合わせる。


「お前な、刀を振り回す時は冷静であれよ!」

「私はずっと冷静だけど?」

「それなら周りをもっとよく見ろ!」


 カカカカッ、と甲高い音が重なるなか、カエデが強く訴える。彼とトーカは同じ剣士でありながら、そのスタイルは対照的だ。トーカが一撃に重きを置き、抜刀の一瞬に全てをかけるパワータイプであるのに対し、カエデは都合四つの刃によって絶え間ない連撃を繰り出し、敵を圧倒するスピードタイプだ。

 トーカはカエデの攻撃を凌いでこそいるが、彼を突き飛ばすほどの一撃は繰り出せない。逆にカエデは、徐々にトーカを押してすらいた。


「チッ、腐っても師範ね」

「腐ってもってなんだ、腐ってもって! 正統後継者だぞ、俺は!」

「ただフィジカルが強いだけで!」

「鍛錬の成果だよ!」


 今や斬撃は嵐のように吹き荒れていた。

 突如飛び込んできたカエデが、肉塊ではなくトーカを標的に定めたことにどよめいていたオーディエンスたちも、二人の息のあった演舞に圧倒される。お互いがお互いを本気で仕留めようという気迫すらひしひしと感じるようなやり合いだった。

 しかも、二人の攻撃の余波だけで肉塊の獣がちぎれていく。


「……なんですか、これ?」

「おかしいなぁ。ぴしゃりと叱ってトーカも反省、って流れだと思ったんだけど」


 今や戦闘のメインはトーカとカエデによるやり合いだ。心なしか、肉塊の獣の無数の顔も悲しそうだったり悔しそうだったりして見える。しかも、果敢に攻撃を繰り出そうとすれば、二人が揃って邪魔するなとばかりに首を飛ばすのだから始末に置けない。


「トーカ、カエデさん! そろそろ止まってください!」


 レティの呼び掛けも届かない。

 ミイラ取りがミイラに、というような思いがレティたちの脳裏をよぎったその時だった。


「……二人とも」

「ひっ!?」

「ぐっ!?」


 突如、冷たい声が響いた。途端に白熱していた親子ふたりの動きがぴたりと止まる。彫像のように硬直した二人は、ぎこちない動きで振り返る。そこに立っていたのは、薄ピンク色のナース服を着て大きなリュックサックを背負ったタイプ-ゴーレムの少女――楚々とした微笑を浮かべたモミジだった。


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Tips

◇『血刃烈舞』

 霊獣“血塗れの鎌鼬”の固有テクニック。出血効果のある鋭い斬撃を繰り出す。連撃がヒットするほど、威力倍率と攻撃速度が上昇する。


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