第1618話「斬首日和」

 Lettyの言葉に応じるかのように現れ、脈動を始める謎の肉塊。レティがハンマーを繰り出そうとするが、ラクトがそれを手で制す。


「叩いて爆発でもしたらどうするの! とりあえずクチナシとカミル、ウェイドたちは船内に避難して!」


 下手に手を出して被害を広げることだけは避けたい。そんなラクトの思いをレティたちも即座に汲み取り、NPCたちを避難させる。その間にも肉塊は蠢き、その形を固めていく。

 ただの肉の塊だったものが、四肢を獲得し、首を伸ばし、頭を形作る。骨を伸ばし、筋肉を纏い、皮膚を重ね、鱗を並べる。無数の目がぎょろりと動き、己を取り囲むレティたちを凝視する。

 その姿は何かに例えることすら難しい。強いて言うならば、触手と目の数を増やし、頭を肥大化させたタコのような。自然の摂理というものから逸脱したような、おぞましい姿だった。


「か、鑑定結果、名称不明アンノウンです!」


 急行した騎士団の鑑定士が叫ぶ。

 名称不明アンノウン。それは騎士団の専門職である鑑定士の眼を持ってしても、対象の名前すら看破できない存在を示す。端的に言うならば、現在の調査開拓団とはあまりに隔絶した力を持つ者である、ということだけが分かったのだ。


「なるほど。ですが――」


 レティに代わり、初撃を繰り出したのはトーカだった。名前すら分からないほど圧倒的な存在を前にしても一切臆することなく、彼女は特大太刀“妖冥華”を繰り出す。選ぶ技は彼女が最も得意とするもの。首斬りトーカという二つ名の由来ともなっている抜刀技。


「彩花流、神髄――『紅椿鬼』ッ!」


 真紅の斬撃が肉塊に迫る。狙うは一点、彼女が首と認めた細長い器官。その先端に先鋭的な頭を乗せる筋肉の管。

 『紅椿鬼』は相手の弱点に当たればそのダメージを爆発的に増幅させる。特に首を狙った場合、トーカの持つ装備バフや事前の自己バフにより、それは更に倍増する。そして、トーカが首と認めてしまえば、それは首となる。


「せゃあああああっ!」


 勇ましい声と共に妖冥華の刃が肉を断つ。まだ産まれたばかりの柔らかな肉は彼女の神速の抜刀を避ける機敏さも、鋭い刃を弾く硬さも持っていなかった。トーカが首を切ったと理解したことで、首を切ったことになる。首を切られた肉塊は、首から凄まじい血を噴き出す。


「やったか!?」

「ちょ、Letty!」


 未成熟な頭が吹き飛び、Lettyが思わず叫ぶ。ラクトが目を剥いて彼女を見た直後。


『オォオオオオオオッ!』

『グォ……ガ……ォオオオ』

『オァアアアアアアアッ!』


 三つの声が重なり咆哮を上げる。

 おぞましい獣はその姿をさらに凶悪なものへと変化させた。首を斬られるのなら、もっと増やせばいいだろう、そう言いたげに三つの双眸がトーカを見て嗤う。

 そして、トーカもまた笑っていた。


「あはっ、はははっ! いいですねぇ、首を斬れば増えるとは!」


 刀を構え、身を翻す。


「彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型、『百合舞わし』ッ!」

『ゴァアアアッ!』


 薙ぎ払う大太刀が三つの首を纏めて斬る。


「こ、今度こそ……!」


 Lettyが拳を握りしめる。

 肉塊は蠢き、隆起する。現れたのは、九本に伸びた首と、その先で歪む頭。


「陸之型、二式抜刀ノ型、『絞り桔梗』ッ!」


 九本の頭が撫で斬りに飛ぶ。


「流石よ、トーカ! 圧倒的じゃない!」

「Letty、そろそろ黙ってくれない!?」


 当然のように、三十本弱の首が生える。

 三倍ずつ増えていく頭は、その大きさも無視できないほどとなる。いかに特大武器として異常な刃渡りを有する妖冥華であっても、この数では一刀両断することは難しくなった。


「さあ、ここからが本番ですね」


 トーカが唇を舐める。

 彼女は軽やかに甲板を蹴って飛び出し、次々と首を切り飛ばす。だが、その断面から急激に首は再生しはじめる。


「全部切ったら増えるし、全部切れないと即座に再生するって、どういうことなの……」


 ラクトが目の前の異常事態に困惑している間にも、トーカは首の間を駆け抜ける。彼女はもはやイベントであるとか、攻略であるとか、そういったことは全て頭から抜け落ちているようだ。首を切り放題という状況にすっかり熱中してしまっている。


「ちょ、ちょっとトーカ! これはまず攻略法を調べた方がいいんじゃ」

「とりあえず首を切って切って、切りまくればいいんですよ! 無限に再生することはありませんからね!」

「もうちょっとスマートなやり方が――」

「首を切る。たった一つの冴えたやり方。もっともスマート。証明完了!」


 レティが声を上げるも、トーカを止めるには至らない。もはや暴走した機関車のように誰も止められない。


「ああもう、何やってるんですかあの人は!」

「レティ、落ち着いて。5分待ってて」

「何か案があるんですか?」


 ぶんぶんとハンマーを振り回してやきもきとするレティを、ラクトが宥める。一案ありそうな彼女に、レティは怪訝な顔を向けた。ラクトはニヤリと笑い、


「こう言う時は、直接怒ってもらうのが一番だからね」


 そう言ってフレンドにTELを送った。


━━━━━

Tips

◇柿渋染夜叉雷鳴襷

 伝統的な技法を用いて染色された襷。凶悪な夜叉が描かれ、身につけるだけで暴力的な衝動が湧き上がる。

 対象の弱点を攻撃した際、ダメージボーナスが発生する。


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