第1616話「吠え面をかけ」

 クチナシの甲板で正座するラクト。彼女を取り囲み尋問するのはレティたち。イチジクからもたらされたレッジ不在の報を受け、挙動不審なラクトは瞬く間に捕縛され、昨日の出来事を洗いざらい吐かされていた。


「じゃあなんですか、レッジさんとラクトがイチャイチャしたせいで? お説教を食らっていると?」

「か、確証はないけど……」


 思い当たる節はそれくらい、とラクトはげっそりとした顔で伝える。最初こそ知らぬ存ぜぬを貫こうとした彼女だが、こと獲物を狙う時には凄まじいほどの粘りを見せるレティたちが相手である。質問が矢継ぎ早に飛ばされ、集中力がぐらりと揺らいだ僅かな隙に失言を取られ、そこから徐々に傷穴を広げるように供述を引き出されてしまった。

 経験豊富な刑事の取り調べかと薄ら寒いものを覚えるほどの手腕で、もはやラクトはようやく解放されるという喜びにすがるほかなかった。


「まったく、レティが寝ている間に。油断も隙もありませんね」

「そ、そんなつもりじゃ」

「とにかく問題なのはレッジさんがいないということですよ。今日は遠洋に向かうつもりだったんですが、大丈夫でしょうか」


 チクリと言葉の針を刺しつつ、レティは意識を切り替える。レッジがいないという事実は、彼女の精神的な安定性にも多大な影響を与えるが、それ以上にこのイベント中という時期に波乱を呼ぶ。

 レッジ本人は自分がいなくても問題ないと言うだろう。しかし、それはある種の慢心ですらあるとレティは考えていた。


「クチナシ、レッジさんはいませんが、なんとか船を動かしてくれませんか?」

『別にいいけど……』


 たとえば、海上において〈白鹿庵〉の足となり、拠点ともなるクチナシ級十七番艦。この船は一応〈白鹿庵〉名義での所有であり、レッジがおらずとも動かすことはできる。しかし、SCSであるクチナシのモチベーションは見るからに下がっていた。

 レッジがNPCとも友好を深める、稀有な才能を持っていることが逆に作用していた。本来ならばレッジであろうとレティであろうと区別なくその命令を受けるはずのクチナシに、好感度というフィルターが追加されてしまっているのだ。


『なんじゃ、レッジはまだ眠っておるのか?』

「あ、T-1さん」


 プニプニのグミ稲荷(爆裂グレープ味)を摘みながらやって来たのは指揮官T-1。その隣には、何やらげっそりとした表情のウェイドもいる。

 彼女たちNPCからすれば、ログアウト中の調査開拓員は眠っているようなものとなる。レッジはあまり眠ることのない調査開拓員であり、そんな彼が寝坊していることを珍しく思っているような表情だった。


「もうしばらくは眠ってるみたいなんですよ」

『なるほどのう。まあ、安心せい。調査開拓団は全体としての万能家じゃからの。一人二人が欠けたところで問題はないのじゃ』


 流石に指揮官クラスということもあり、T-1の反応はからりとしたものだ。そもそもレッジ以外にも無数のプレイヤーがFPOというゲームを始め、休止し、辞め、復帰しているのだ。彼女の楽観的な反応も当然と言えた。

 問題は、話を聞いていたウェイドである。


『そ、そんな!? 困ります、いったいいつ頃目を覚ますんですか!』

「うわわっ!? なんだかグイグイ来ますね」

『なんじゃウェイド。記録の最適化は調査開拓員に不可欠じゃから、しかたないじゃろ』


 T-1に諌められながらもウェイドは狼狽を隠せない。平時からレッジと仲の良い管理者であることは周知の事実ではあったが、ログアウトが長引くだけでこれほどの反応は意外だった。そもそも、レッジもこれまで一切ログアウトしていないわけではないのだ。

 顔色まで悪く見えるウェイドに、レティたち〈白鹿庵〉も少しの罪悪感を抱く。


『うぅ、レッジには砂糖の密輸ルートの選定を……。い、いえ、都市の物質搬入路の点検を依頼していたのに……。これでは裏砂糖の取引が……』

『ウェイド、また何かしょーもないことを考えておるわけではないじゃろうな?』

『なっ!? そ、そそそそそそんなわけ!』


 冷めた目を向けるT-1にウェイドは捩じ切れんばかりに首を振る。しかし、レティの敏感な耳は彼女の言葉を仔細に拾っており、思わずため息をつくのだった。


『あれ、レッジはまだ寝てるの?』

「カミルさん」


 T-1がウェイドへ疑念を深めているなか、軽い足音と共にカミルが現れる。勝手に他の船に乗り込んで撮影をしていたようで、首には愛用の一眼レフをかけていた。


「そうなんですよ。申し訳ないですが……」

『別にアタシには関係ないでしょ。勝手に写真でも撮ってるわよ』

「そ、そうですか? ならいいんですけど」


 協調性ゼロのカミルにとっては、レッジの不在はさほど影響はなかった。カミルは薄味な反応を示して、また隣の船へと移っていった。

 若干虚を突かれたようになりながら、レティは唸る。クチナシは精彩を欠いているし、ウェイドは挙動不審だ。


「レティさん、レッジさんが引退って本当ですか!?」

「うひゃあっ!?」


 カミルと入れ替わるように飛び込んできたのは、ログイン直後といった様子のアストラとアイだった。彼女たちがどんな話を聞いたのかは分からないものの、血相を変えてひどく取り乱している。


「ち、違いますよ! 今日一日はログインしないだろうってGMさんが仰ってただけです」

「GMが? よく分かりませんけど、引退ではないんですね?」

「そんなわけないじゃないですか」


 イチジクの言葉は、レティたち以外も聞いていた。中にはアストラたちよりも一足早くログインしていた騎士団員もいたはずだ。それが一番艦から五番艦まで噂を広げるうちに、どんどん尾鰭がついてしまったらしい。

 レティの断固たる否定に、アストラとアイの兄妹は揃って胸を撫で下ろす。


「そ、そうですよね。レッジさんが突然いなくなるなんて……」


 アイたちは、FPOが人生初めてのゲームであるレティとは違い、長年さまざまなゲームを渡り歩いてきた。だからこそ、昨日まで楽しく遊んでいた友人のログインが突然途切れる、ということにも覚えがあるのだろう。二人の焦燥ぶりはレティたちも見たことがないほどのものだった。

 そんな姿を見ていると、レティの脳裏にも嫌な考えが去来する。そんなはずはないと思いつつ、彼がこのままログインしないという可能性もゼロではないのだと。そうなれば、レティとレッジを繋ぐ縁は驚くほど頼りない。無論、実家の力を借りれば連絡先を手に入れることくらいは容易だろうが。


「何を皆さんそんなにクヨクヨしてるんですか」


 重くなった雰囲気を吹き飛ばしたのは、さっぱりとした表情のトーカだった。彼女はむしろ、好機を得たりと口元を緩めている。


「レッジさんが不在の今こそ、我々の実力を示す時。さくっとイベント終わらせて、地団駄踏ませてやりましょうよ」

「と、トーカ……」


 無邪気な提案は、レティの胸を揺らした。


「そうですね。サボってるレッジさんが悔しがって這いつくばるところを見て笑いましょう!」

「二人とも性格悪いなぁ。……ま、わたしもちょっと興味あるけど」


 レッジに吠え面をかかせてやる。

 いつしかそんな目標が周囲に共有されていく。日頃から彼に驚愕させられてきた、周囲の鬱憤が高まったのだ。


「行きますよ! 準備はいいですか!」


 レティの声で周囲が沸き上がる。ひとりが不在のまま、航海は再開された。


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Tips

◇グミ稲荷

 グミで作った稲荷寿司。コラーゲンたっぷりでお肌にもいいので無限に食べられる。刺激たっぷりの爆裂グレープ味、飽きのこない直撃オレンジ味、食べる前から飽きる虚無味など、フレーバーも多彩。


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