第1614話「二人で一緒に」

 気を取り直して、とにかく実験だけでも進めておかねばならない。


「ラクト、ごめんな。俺も考えが足りなかった」

「……いいよ別に。レッジがそういう人ってことはわたしもよく知ってるし」

「うぐ」


 冷たい声にこちらも気持ちを改める。それでもどうにか、彼女に協力してもらわなければいけない。


「はぁ。それで、わたしは何をすればいいの?」


 こちらへ振り向いたラクトは、呆れたような苦笑を浮かべていた。寛大な彼女に感謝しつつ、俺は氷で作られた人形を手に取る。


「さっきラクトが言ってたことはほぼ正解だ。俺は“緑の人々”の改良版として“氷の人々”を作ろうと思ってる」


 人型骨格に植物を纏わせることで作っていた“緑の人々”は、使いようによっては素晴らしく強力な存在になり得る。それだけに、ウェイドたちからは使用には慎重を期すようにと厳命されているのだが。

 今回こそは、この切り札を繰り出すべき時だろうと思ったわけだ。

 “緑の人々”は強力だが、流石に海で自由に活動できるわけではない。植物は水が重要とはいえ、海藻でもなければ海上で繁茂し維持することは難しい。

 そこで目を付けたのがラクトが以前使っていたアーツ、纏装機術“蒼氷の巨人フリームスルス”だ。これは原理としては蒼氷船と同根で、複数のアーツを並行して発動することで特殊な氷像を作る。船型にするか、人型にするか、という違いだけだ。


「でも“蒼氷の巨人”は自分を核にしてることが前提だよ。駆動系は仕込んでないから、ほとんど鎧みたいなものだし」

「その核を、こっちの骨格支柱が担うんだ。ラクトはアーツの維持に集中してくれていい。俺が動かす」


 船とは違い、人型は動きが非常に複雑だ。関節だけでも六十八個存在し、それらを同時並行的、複合的に操作しなければならない。ラクトが“蒼氷の巨人”を扱えていたのは、二重詠唱による複数アーツの並立と、自身をコアにすることによる構造の簡略化ができていたからだ。

 今回はラクトには氷の維持だけを頼む。操作するのは俺だ。


「つ、つまり二人の共同作業ってこと?」

「うん? まあそうなるな。まあ、俺とラクトならいけるだろ」


 思い返せば、ラクトと出会ったのは〈水蛇の湖沼〉だったか。それからなんだかんだでほとんど毎日一緒にいるわけで、多少は仲も深まっているのではないか。そう思ってしまうのは俺の驕りだろうか。


「れ、レッジとわたしなら……。ふーん、へー。えへへ……」

「ラクト?」


 何やら海を覗き込んで呟いているラクト。また変なことを言ってしまったかと不安になるが、振り返った彼女は怒っていなさそうだった。


「よし、そういうことなら任せてよ! わたしとレッジは一心同体、一蓮托生、比翼連理ってね!」

「お、おう」


 急にテンションが上がってるが、まあやる気が出てくれるならいいことだろう。

 ラクトは早速アーツのエディットウィンドウを引っ張り出してきて、“氷の人々”ひいては“氷の人”の実装に向けて術式を組み始める。やはり“蒼氷の巨人”から流用できるところも多いようで、その作業は俺の予想よりもスムーズなものだった。


「ところで、結局これも海上には対応してないと思うけど、どうするの?」


 アーツチップの組み合わせを検証しながらラクトがちらりとこちらを見る。

 植物を氷に変えたところで、人型のものが海を自由に動けるようになるわけではない。氷は水に浮かぶとはいえ、その程度の浮力では姿勢が安定しないだろう。


「そのことなんだが、足にトラップを仕掛けられないかと思ってな」

「トラップ?」

「衝撃に反応して機術を発動する地雷みたいなものがあるんだ。それを足裏につけたら、海面に触れた時に周囲を凍らせるような動きができないか?」

「また変なこと考えるねぇ」


 機術封入弾をはじめとして、アーツを何かしらの物体に仕込むことは珍しくない。〈罠〉スキルにも同じようなものはあって、エネミーが踏み抜いた時に岩槍を生成するロックスピアーマインなどが有名だ。

 こういったものは普通の地雷とは違い、事前に充填しておいたエネルギーが枯渇するまで繰り返し使えるというのが利点となる。

 同じような地雷を氷の人の足裏に取り付け、海面を踏むと同時に凍結させれば、地上と変わらず歩けるのではないだろうか。


「というわけで、小さい機術地雷を持ってきました」


 まずは実験、ということで、機術地雷に術式を書き込んでもらう。機術師がいれば現地で細やかなカスタマイズができるというのも、機術地雷の利点の一つだろう。


「とりあえずこんな感じかな」

「よし、じゃあ投げてみるか」


 まだ人型に組み込む段階ではないということで、純粋に地雷単体を海に投げる。俺の予想が正しければ、それが海面に触れた瞬間に水が凍るはずだが。


「せいっ!」


――ゴッ


 果たして、ラクトの仕込んだ通りに地雷の術式が発動し、直径50センチほどの小さな円の形に水面が凍りつく。一応、俺の思惑通りと言えるだろう。しかし……。


「地雷が埋まっちゃってるねぇ」

「これだと足を踏み出した途端に凍りついて動けなくなるな」


 地雷は白い氷に半ば埋まり、がっちりと固定されてしまっている。これでは二歩目を踏み出すこともできない。海面との接触を機術発動条件とするのはまずそうだ。


「じゃあ、ちょっと早めにしてみる。センサーの感知領域は多少広いんだよね?」

「そうだな」


 そこも機術地雷の利点だ。物理的に踏み抜かれなくても、センサーが対象を感知すれば術式が動き出す。

 内部のデータをいじって、もう一度。すると、


――バギギギギギギギギギッ!!!


「うわあああああっ!?」


 投げた地雷が海面を凍らせながら不規則な軌道で吹き飛ぶ。完全に制御を失ったロケット花火のような動きで、俺とラクトは思わず悲鳴を上げて身を寄せた。

 試験用にエネルギーをわずかにしか充填していなかったことが幸いし、地雷はぽちゃんと海に沈む。どうやら、いくら安穏とした海とはいえ多少の波はあり、その凹凸の影響で地雷が変な方向へ吹っ飛んでしまうらしい。


「これは……ちょっと前途多難だねぇ」

「検証し甲斐があるってことで、ここはひとつ」


 予想以上の困難に、ラクトが嘆息する。頭を下げて頼み込むと、彼女は仕方なさそうに肩をすくめた。


「ま、二人の道は困難であるほど燃えるよね。わたしに任せてよ」

「流石ラクト先生だ。よろしく頼む」


 こんな時、むしろやる気を燃やすラクトは頼もしい。俺は彼女に感謝しつつ、次の検証に手をつけるのだった。


━━━━━

Tips

◇機術地雷

 アーツコードを刻印したチップを組み込むことで、特定条件時に自動的にアーツを発動するトラップ。発動条件を細やかに設定したり、エネルギーが枯渇するまで何度も再使用できたりする点が優れている。一方、精密機械であるためコストがかかる。


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