第1613話「急行赤GM」

 ラクトの肩を掴んで語ると、彼女は顔を真っ赤にしてあわあわと口を動かす。夕陽のオレンジを浴びてなお分かるくらいの赤面で、なにやら目もグルグルと――。


「はい、そこまで。とりあえず手ぇ離して跪きなさい」

「うぉわっ!? ぶべっ!?」


 ラクトが何か言いかけたその瞬間、俺の視界がぐるりと回る。跪けと言いながら俺を甲板に叩きつけ、更に普通のプレイヤーでは使用できない、強制力のある拘束具によって手足を縛ったのは、


「花山!?」

「イチジクと呼びなさい!」


 白い仮面で顔を隠した、黒いスーツの女。うつ伏せになった俺の背中を踏みつけて、怒り心頭といった様子を隠さない。


「うわ、えっ!? イチジクさんって、GM!?」


 正気を取り戻したラクトが驚きの声をあげる。イチジクの長く伸びた黒髪の頭上には、赤い三角形のビルボードが表示されていた。NPCを示すグリーンではなく、プレイヤーを示す無印でもなく、鮮やかな赤。それが指し示すのは、彼女が通常の調査開拓員ではなく、FPOというゲームを管理する運営側の人間であるということだ。

 しかも、イベントの補助などを行うアミューズGMであれば、三角形はブルーとなる。レッドは悪質なプレイヤーを取り締まり、アカウントの停止や削除を行う権限すら持つ、通称赤GMと呼ばれる役職だった。

 なぜ彼女がここに、と疑問が一瞬脳裏を過ぎる。

 しかし強力な権限を多く備えるGMであれば、好きな座標に現れることもできるのだろう。


「クソ忙しい深夜にモニタリングしてたら、監視対象が一般人にセクハラかましてた時の気持ち分かります? 分かりませんよね? ぶっ飛ばしてやろうか」

「ぐええ」


 俺の体を持ち上げ、胸ぐらを掴んでドスの効いた声を発する花山、もといイチジク。リアルならともかく、システム的な強制力の働くこの場において、俺が彼女の拘束から逃れる術はない。ただ粛々と頷くだけだ。


「特定プレイヤーへの性的発言に対する目安としては、三日間のアカウント制限です。そう言うわけなので――」


 イチジクが俺のような一般プレイヤーには見えないGM専用コンソールらしきものを操作する。空中で指を滑らせる彼女が確定ボタンをタップした瞬間、俺は強制ログアウトということになるだろう。


「ちょちょちょ、ちょっと待って!」


 しかし執行直前になってラクトがイチジクの前に飛び出す。彼女は威嚇するアリクイのように両腕を広げ、震えながら声を発した。


「わ、わたしはその、別にせ、セクハラ? されたとか思ってないから。む、むしろ……。じゃなくて! れ、レッジは悪くないよ!」

「悪気があったとかなかったとか、そういう話じゃないんですよ。こういうのを許すわけにはいかないんです」


 ラクトの直訴も、イチジクの耳を素通りする。彼女は再び指を動かし始め、俺の視界にはログアウト準備時間のカウントダウンが表示された。

 だが、ラクトは諦めなかった。


「――ち、違うよ! レッジがそんな意味で言ったと思う!?」

「だから、そういう話では」

「この朴念仁がするわけないでしょ!」

「……」


 イチジクの手が止まる。カウントダウンが、残り3秒から動かなくなった。

 白い仮面は感情を表さない。しかしその裏側から鋭い視線がラクトに突き刺さっていた。赤GMに反抗することは、ボスエネミーと挑むこととは根本的に違う。なんとか彼女を助けようと口を開きかけると、イチジクのGM権限で発声を奪われた。

 パクパクと口を動かす俺を脇に置いて、イチジクはラクトと対峙する。


「つまり、レッジの発した言葉には別の意味があったと?」

「そ、そうだよ!」

「あなたはそれを正確に汲み取り、理解していると」

「それは……」


 ラクトが目を背ける。

 お、俺の意図は伝わってないのか……?

 ラクトは何か考えるように周囲を見渡す。狭い甲板には、氷を纏ったフレームがひとつ。彼女はそれを捉えて、何かを考えているようだった。


「別にあなた方が男女の関係にあるというのなら、問題は――」

「わかった!」


 イチジクが言いかけた言葉を押し除け、ラクトが叫ぶ。

 西陽が頬を照りつけるなか、彼女は一息で捲し立てた。


「レッジは新しい人類を作ろうって言ってた。この骨格とわたしの氷で人型を。わたしは以前、纏装機術“蒼氷の巨人フリームスルス”を作ったことがある。それを小型化して転用して、新しい人型の存在を作ろうとしてたんだよ!」

「それは、何のために?」

「えっと……えっと……。か、形代!」


 その言葉に、思わず目を見開く。

 ラクトは一瞬、不安げにこちらを見た。俺が頷くと、彼女ははっとして青玉の瞳を輝かせる。


「この先の海では呪いが強く溜まってる。それをどうにかするため、レッジが考えたのがこれなんだよ。人型のものは人の代わりに呪いを受けてくれるっていうでしょ。それをこの氷の人で利用するんだよ」

「……なるほど。一利はありますか」


 考え込んだ末、イチジクも頷く。彼女もGMとはいえ、今後の展開を予見しているわけではないはずだ。シナリオAIによって描かれる未来は、運営ですら予測がつかないと聞く。

 それでも彼女は、一旦鉾を収めてくれた。


「つまり、この男に他意はなく、あなたにもそれを嫌悪する感情はなかったと?」

「う、なんか悲しいけど、そうだよ」


 呻くようなラクト。イチジクは大きなため息を吐き出し、こちらを睨みつけた。


「とりあえず貴方は異性に拘わらず発言に気をつけなさい。問題に発展したらどうするんですか」

「あ、わ、わたしとしては別に……」

「いいんですよ、庇わなくて。この男にはお灸を据える必要がありますから」

「あぅ」


 GM的処罰は免れたようだが、いまだ拘束は解かれず注意が続く。俺は膝を揃えて正座して、イチジクの言葉に素直に頷き返すことしかできなかった。

 冷静になって思い返せば、たしかにラクトには悪いことをした。我ながら、身の程を弁えない発言だった。


「とにかくこの件は上にも報告しますから」

「イチジクの上ってもしかして……」

「あとはご家族で話し合ってください」

「ちょ、ま、待ってく――」


 不穏な言葉を残し、黒スーツの赤GMは消えていく。

 残されたのは、なぜかしょんぼりとした様子のラクトと、この後の説教が確定した俺だけだった。


━━━━━

Tips

◇トラブル対応GM

 快適なプレイ環境を保障するため、トラブル担当GMは常にプレイヤーの活動を監視しています。また、何かトラブルが発生した際にはすぐに通報を行なってください。

 プレイヤーの行為が悪質と判断された場合は、トラブル対応GMの権限によりアカウント制限やアカウント削除を含めた処置が行われます。


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