第1606話「別道から」
「はいよっ! 激辛海鮮青椒肉絲おまちどう!」
フゥが意気揚々と運んできたのは、大皿に山と盛られた青椒肉絲。真っ赤な色の鷹の爪が、その辛さを象徴している。細切りの豚肉とともにエビやホタテを豪勢に追加した、創作中華といったところか。
「わーい! これは白ごはんによく合いそうですね。いただきますっ!」
ドスンとテーブルに置かれた途端、周囲から箸が伸びる。レティがごっそりと取り皿に確保して、昔話に出てくるような山盛りの白米を猛然と食べ始めた。
「からっ!? うー、わたしは別のにしようかな……」
ほんの少しを味見程度に食べたシフォンは、逆に涙目で春巻きに手を伸ばしている。ジャンクフードが好物の彼女だが、激辛はさほど得意ではないらしい。
そうこうしている間にも、〈ダマスカス組合〉の大型給糧艦隊からは次々と宴会のような料理が提供される。フゥは中華鍋を振るって麻婆豆腐やニラ卵なんかを量産しているが、給糧艦に乗り込んだ〈三つ星シェフ連盟〉の鉄人たちはイタリアンや和食など、バラエティ豊かな料理を供してくれる。
それらはクチナシ級各船へと配られ、裏世界から戻ってきたばかりの調査開拓員たちの空腹を癒していった。
「しかし、まさか〈紅楓楼〉に助けられるとは。そもそもイベントに参加してたんだな」
「積極的に関わるつもりはなかったんだが、成り行きでな」
そう言ってぐい、とお猪口を傾けるのは、浪人風の男。〈紅楓楼〉のリーダーであるカエデだ。彼らは彼らなりにFPOを楽しんでいるとはいえ、基本的にリアルが多忙な大人組ということもあり、ログイン率が突出して高いわけでもない。イベント自体にも興味を強く抱いているわけでもなさそうなので、今回も姿が見えないことを不思議には思っていなかった。
しかし、どうやらカエデたちはカエデたちで、俺の知らないところで動いていたらしい。
彼は酒肴にスルメを齧りながら、発端を思い返す。
「簡単に言えば光がこの前のコンペの繋がりでトヨタマと交流が続いてたみたいでな。彼女を通して依頼があったんだ」
「依頼か。なるほど」
管理者や指揮官が調査開拓員に向けて公開する任務とは異なり、依頼は個人的な頼みごとになる。友好を築いたNPCから依頼を受けて、特別なアイテムをお礼に貰えたりもする。
光はトヨタマから依頼を受け、〈紅楓楼〉がその手伝いをした、という流れなのだろう。
「依頼の内容を話すとまあ長くなるんだが、最終的にはトヨタマを裏世界に送った」
「あの子が裏世界に行ける能力を持ってたわけじゃないんだな」
「一部分を持ってるという方が正しいな。俺たちはその手伝いをしただけだ」
トヨタマは白龍イザナミの分霊体という特殊な存在だ。黒龍であるイザナギが裏世界で待ち構えていたように、白龍の能力として裏世界に行けたのかと思ったが、詳しくはもう少し込み入っているようだ。
とにかく、カエデたちはトヨタマを裏世界に送り、トヨタマは俺たちとイザナミの戦いを止めた。突然の一斉飢餓は、やはり彼女の差し金だった。
全ては第九回〈特殊開拓司令;月海の水渡り〉の過程とはいえ、自分の目の前だけでストーリーが進んでいるわけではないことを改めて痛感する。
『パパ、ご飯食べてる?』
後ろから、ちょうどよく通りがかったトヨタマが声をかけてくる。彼女は昔の駅の弁当売りのように紐を通した箱を抱え、山盛りの唐揚げを配り歩いているようだった。俺の取り皿が空いているのを目敏く見つけて、何かいう暇もなくザクザクと盛り付けてくる。
「そ、それくらいでいいぞ。――すまないな、トヨタマ。苦労と心配をかけた」
白龍イザナミは、彼女にとってはまさしく己と同じような存在だ。イザナギがそう望んだとはいえ、俺たちはそれと戦っていた。間に割り入った彼女がどのような心境だったのかは、全て理解するのは難しい。
しかしそんな俺にトヨタマは苦笑して首を横に振る。
『ううん。パパたちが何をしようとしてたのか、イザナギが何を考えてたのかは分かってるから。でも、あのイザナミを倒しても、解決はしないの。根っこは別のところにあるの』
「別のところ?」
不可解な言葉だった。
俺が耳を傾けるのと同様に、カエデも興味深げに視線を向ける。トヨタマは長持ちをぎゅっと抱えて、真剣な表情でこちらを見下ろした。
『パパ、裏世界にはいかないで。ずっといると、底の海に引き摺り込まれる。そうしたら、パパでも戻ってこられない』
「底の海?」
『とにかく、いかないで。イザナミも、きっともう大丈夫だから』
尋ねても、答えてはくれない。ただ、もう裏世界へ行くなと強く念を押してくる。
カエデの方を見ると、彼もよく分からないのか肩をすくめる。
裏世界に、底の海。逆やら対偶やらもあったりするのだろうか。
とにかく、まだまだこのイベントは終わらないようだ。
『うわ、こんなところにいたんですね』
「おお、ウェイドじゃないか」
トヨタマが去ったあと、また別の声がやってくる。振り返ると、トレイに色々なスイーツを山盛りにしたウェイドが立っていた。彼女も、カミルや他のNPCと同様に、無事に表世界へ戻ってこられたようだ。ちゃっかり腹も減っているようで、スイーツバイキングに並んでいたのだろう。
『まったく無茶なことをしましたね。おかげで私までT-1たちから怒られているんですけど』
「いや、俺も巻き込まれただけだし……」
『そもそもあなたが原始原生生物を使わなければですね』
出会って0秒で説教が始まり、カエデは酒瓶を抱えてそそくさと逃げてしまう。頼る者がいなくなり、俺はタイミングを合わせて頷くだけの機械になることを強いられた。
『だいたいあなたはいつもそうですよ。せめて事前に相談でもしてくれたら私も対応を変えたんですよ』
「だから言ったじゃないか……。ちゃんと枯死剤は使っただろ?」
『その件もですよ! あなたは説明不足がすぎるのです。これからはですね』
これはもうエンドレスに説教が続くのだろうな、と半ば絶望する。相槌がおざなりになるとすぐさま『ちゃんと聞いてるんですか!』と激しい声も飛んでくる。俺も唐揚げを食べたい、と別のことを考えながらカカポのように首を動かしていると、
『ふおおおおおおおおっ! 見つけたのじゃウェイド! トヨタマもおるな!』
『ウワーーーーーッ!? T-1、なぜ空から!?』
突然、空から黒髪狐娘が降ってきた。
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Tips
◇炎舞の大鉄鍋
ドワーフの冶金技術を使って作られた大型の中華鍋。熱伝導性が非常に高く、油の馴染みもよい。扱うには強い腕力が必要だが、高火力で絶品の料理を作ることができる。
“踊る炎は米の一つさえ黄金に変える”
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