第1607話「葬送の選択」

 突然空から降ってきたT-1にウェイドが大きな悲鳴をあげる。


『ウワーーッ!? 空から指揮官が!?』


 そういう彼女もおんなじようなことをしていたような気もするが。

 空を見れば、爆散した戦闘機の破片がクチナシ級各船の近接防空システムCIWSによって散らされていた。〈ダマスカス組合〉開発の極超音速飛行機は、この頃はすっかり片道切符としての利用で割り切られているらしい。


『ようやく見つけたのじゃ、トヨタマ! 脱走するとは、なかなか肝が据わっておるのう』


 甲板に降り立ったT-1はプリプリとしながらトヨタマに指を突きつける。そういえば、トヨタマは要注意人物としてマークされ、イベント中も指揮官の下で行動を制限されているはずだった。それが裏世界へやってきて、さらに海上に出てきてしまったものだから、T-1としても大変焦ったことだろう。

 そもそもトヨタマも厳重な監視下に置かれていたはず。となればその脱走の手引きをしたのは……。


「さて、俺は酔いが回ってきたから風に当たってくるかな」


 そそくさと逃げるカエデの背中が見えた。管理者や指揮官に逆らうから居心地の悪い思いをするのだ。俺みたいに品行方正、綱紀粛正を旨として生きていけば――


『ちょうど良いところにレッジもおるの。お主からも色々話を聞かねばならぬ』

「げぇっ!? お、俺もか?」

『当たり前じゃろ。ウェイドを絆して原始原生生物のオリジナルを持ち出したのじゃ。処罰はT-2が検討しておるからの』

「せめてT-3に担当替えしてくれないか?」

『無理なのじゃ』


 一時は俺の下でメイドロイドとして働いていたこともあるはずなのに、指揮官としてのT-1は容赦がない。俺の嘆願も一蹴してしまい、隣にいたウェイドがざまみろとでも言いたげな顔をしている。


『もちろんウェイドもじゃぞ。なにを砂糖に釣られて管理責任を放っておるのじゃ』

『げぇっ!? わ、私もですか!?』


 当然、彼女もお縄につく。ウェイドに対する処罰はすでに決まっているらしく、シード02-スサノオへの砂糖供給量が1ヶ月間50%削減となっていた。


『そんなご無体な!? 砂糖がなくなれば糖分不足で死んでしまいます!』

『今の半分でも他の都市の消費水準の五倍なのじゃぞ! いいかげん食事制限をせんか!』


 怒る時のT-1はさすがに指揮官らしい。管理者であるウェイドも叱咤し、有無をいわせぬ宣告で、ウェイドは真っ白に燃え尽きて膝をついた。そのあと、せめて食い溜めしなければ、とケーキバイキングの海上に目を向けているあたり、不屈の精神はあるようだが。


「とりあえずT-1、わざわざ出てきたってことは何か重要な話があるんじゃないのか?」

『今までも重要な話だったのじゃが? まあ、実際に本題は別にあるのじゃが』


 通常、指揮官が前線にまで出張ってくることはない。管理者であるウェイドでさえ、ここにいるのは割と異常と言える範囲なのだ。処罰の内容を伝えるだけであればTELで間に合う。そうではなく、実際に対面して話したいことがあると考えるのが自然だろう。

 立ち話もなんだということで、甲板上にずらりと並んだテーブルの一角へ移動する。裏世界帰りの調査開拓員たちが盛大に飲み食いしている隣で、T-1はさっそく本題に入った。


『裏世界で起こった出来事は、妾らも報告書を受け取り、調査を進めておる。イザナギの治療についても、適宜必要な知識と物資は届けられるじゃろう』


 通信の途絶する裏世界のことはT-1たちも知らない。幸い、騎士団の記録班が詳細な報告書をまとめて送ってくれたようだ。俺も後で撮影していた写真なんかは共有しよう。

 特定禁忌武装の反動で重傷を負ったイザナギの治療も進んでいる。作戦本部から医療品も送られ、こちらも騎士団衛生班が全力で対応しているおかげで一命は取り留めた。

 その上で指揮官対応クラスの問題として挙がるのは、やはり白龍イザナミのことだろう。


『結論から言うと、アレは白龍であってイザナミではない』


 断言するようにT-1は放つ。

 それにどよめきはあれど、反論する声はなかった。裏世界で見た白龍は叢樹を取り込みながら、こちらを睨んでいた。死してなお死にきれない、怨霊のような雰囲気を纏い、こちらに剥き出しの敵意を向けてきていた。

 誰も、あれが第零期先行調査開拓員を率いる総司令現地代理であるとは思えなかったはずだ。

 しかし、ではあれはなんなのか。


『言うなれば、あれは白龍の骸。残骸とでも言うべきものじゃ。白龍イザナミが死亡したことは、そのトヨタマの存在が証明しておる』

『あぅ』


 トヨタマは、海に散らばる白龍イザナミの残滓――愛する魂から復活した存在だ。彼女がいる以上、白龍イザナミが死んだことに違いはない。これまでは行方不明とされていた存在を、T-1たち指揮官は正式に死亡と認めたのだ。

 そして、トヨタマがいるからこそ、あの白龍がイザナミであるはずがないと理解できる。白龍イザナミの魂は世界中に散らばった。どれほど希望的な見方をしても、あれは少なくとも白龍イザナミから博愛の精神が欠落した不完全な存在だ。


「じゃあ、どうすればいいんだ?」

『どうもせぬのがよい』


 T-1は非情なことを言う。自覚はあるのか、睫毛を伏せてバツの悪そうな表情だ。


『白龍をどうこうすることは、領域拡張プロトコルを進めぬ。むしろ、そちらに注力すればリソースが無駄に、なる』


 俺たちが何か言う前に、言い訳のように言葉を並べる。指揮官は三人に分かれている。T-2は情報の提案を、T-3は調査開拓員の快適性を重視するなか、T-1は領域拡張プロトコル――調査開拓団の至上命題の遂行を第一の行動原理に設定している。だからこそ、彼女の結論は正しいのだろう。

 しかし、なぜか彼女は苦しげだ。これまでの、機体や個性など持っていなかった時の彼女であれば、この結論に迷いはなかったはずなのに。


「T-1、それは指揮官としての結論なのか?」


 中数演算装置〈タカマガハラ〉を三分する、三体システム。相互に検証し合い、より正確で確実な結論を出すことで、調査開拓団を導く指揮官。それがT-1、T-2、T-3たちだ。彼女たちは合議制を採る。常に多数決によって結論を出す。


『これは、妾の結論じゃ』


 呻くように答えた。

 領域拡張プロトコルの進展を目指すT-1は、白龍を無視することを主張する。

 T-2は白龍に対して調査を行い、その出自と出現の理由を追求するべきだと。

 そして、T-3は、


「なあ、T-1。白龍も総司令現地代理の一部であったことは確かなんだろ? だったら切り捨てるんじゃなくて、せめて弔うことはできないか?」


 T-1は驚いたような顔をこちらに向ける。


『お主もT-3と同じようなことを言うのじゃな』

「T-3ほど愛に溢れてるわけじゃないけどな。前に進むとしても、決着はつけた方がいいだろう」


 白龍は既に往時の精彩を欠いている。もはやそこに残すことさえも残酷に思えるような状態だ。だからこそイザナギも、あれを滅そうと考えていたのだ。

 それに決着をつける。長く、裏世界で苦しみ続けた白龍を葬ることで。


━━━━━

Tips

◇リソース管理システム-RMSによる現状報告書

 本件は各管理者のリソース管理を支援するため開発されたRMSの試験運転も兼ねた現状の調査報告です。

▶︎地上前衛拠点シード01-スサノオ

 資源生産量は最小で、地上入植直後の調査開拓員への支援事業のため、消費量は増大傾向。都市部直下の地下採掘施設の拡充は行われているものの、希少鉱物資源は望めない。一方で消費量の増大は必要なものであり適正な範囲内であると考えられる。

▶︎地上前衛拠点シード02-スサノオ

 木材を中心に資源生産量は安定。植物型原始原生生物の研究によるフィードバックと技術転用も活発であり、情報的なリソース寄与度は高いと考えられるが、定数的な測定が難しく今後の調査課題となり得る。一方で消費量は、特に砂糖が著しく多く、そのほとんどが民間に流通するのではなく非常用備蓄倉庫に死蔵されている。また、管理者用機体が標準活動量から算出される必要熱量を大幅に超えるカロリーを摂取している点も特筆に値する。

 以上のことから食品リソースの制限案を提示する。


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