第1604話「激突する両陣」
全てを焼き尽くす灼熱だった。しかし、その武威が去った直後、Lettyの声に応じるようにして、爆心地の抉れた大地から呻く声が響く。砦の後ろに隠れていたアストラたちもそれに気がつき、急いで動き始めるが、距離が離れすぎている。
焦土から龍の頭骨が現れる。すでに眼球は再生し、筋肉が骨を覆い、血管が張り巡らされようとしていた。まるで死という概念すら存在しないかのような、驚異的な再生能力。龍の口がおもむろに開く。その向こうに揺らぐ光が見えた。
総司令現地代理、イザナミ。相手もイザナギと同じ権限を持つ。それはイザナギが完全体ではなくなった今でも保持していたように、知性や理性を失っていても生きている。
「避けろ――ッ!」
俺は咄嗟に、隣に立っていたLettyの体を突き飛ばす。時を同じくして、イザナミの口から極光の直線が放たれる。特定禁忌武装そのものではないが、それに近しいような破壊力を持つもの。直撃すれば、跡形もなくなる。
「ちょっ、何を!?」
Lettyが目を見開いて驚く。まさか俺が、身を挺して庇うとは思わなかったのだろう。
彼女はレティを目当てに〈白鹿庵〉へやって来た。俺はおまけどころか、少々目の敵にされていることも知っている。それでも、仲間には違いない。
「一矢報いてくれ、Letty」
にやりと笑い、熱を感じる。今まさにスキンが剥がれ、骨格が溶け、機体が消滅――しないな?
「あ、あれ?」
「ちょっと、突然突き飛ばさないでよ!」
俺はLettyと絡み合うようにして焦げた地面に転がる。いつまでたっても、イザナミから反撃は飛んでこない。ぷんすかと憤慨するLettyに反応する余裕もなく、俺は困惑しながら前方を見た。
「はえええええっ!?」
そこでは、全てを焼き尽くすような光線をパリィしているシフォンがいた。
「ええ……。そうはならんだろ」
「なってるでしょ!? もう無理、死ぬ! はえんっ!」
唖然とする余裕があるのが不思議だった。
パリィはガードとは違い刹那的なものだったはずなのだが。シフォンは両手に次々と氷の短剣を握り、パリィにパリィを重ねて光線を乱反射させていた。当然、彼女だけで短剣の供給が間に合うはずがない。
「とりあえず短剣を作ってあの子のまわりにばら撒け! そしたらどんな障壁よりも硬い盾になる!」
「『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』ッ!!! LP切れた!」
「『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』!!!」
「ゴクッ、プハッ! 『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』『鋭利な氷の短剣』ッ!!!」
俺たちの背後にある、半分溶解したクチナシ級四番艦の甲板に、機術師たちが集まっていた。その先頭に立つのは、我らがスノーフェアリー、ラクトさんだ。
「『連鎖する氷壊の千刃の驟雨』」
他の機術師たちが、おそらくは初期に手に入る簡単なアーツを用いて氷の短剣を生み出すなか、ラクトは一度の詠唱で大量の氷片を降らせる。それ単体でも立派な攻性アーツとして機能するが、シフォンが鳴き声をあげながらそれを掴んでパリィに使っている。
アーツチップ集めを趣味にするラクトの、真骨頂だった。
「はえんっ! はええんっ! はわぁえんっ!」
謎の三段活用を展開しながら、シフォンは延々と続く極光線を跳ね返し続ける。頭上からは次々と氷の短剣が降り注ぎ、なぜか涼しげですらある。
とはいえ、このままではシフォンがわずかにでも動きを鈍らせた瞬間に瓦解する。そう思った、その時。
「てぇやああああああああっ!」
斬。
イザナミの吐き出す熱線が、切り裂かれた。
「ビームの首、討ち取ったり!」
威勢よく快哉を叫ぶのは、目を布で覆い隠して本気モードになったトーカだ。角も真っ赤に染まり、血酔状態にあることは明らかだ。叫ぶ言葉に意味は通っていないようにみえるが、実際に熱線が途切れているのだからよく分からない。
「と、トーカは何を……?」
Lettyも困惑している様子。
なんとか考えようとすれば、視界を封じることで熱線を熱線ではなく生き物として認識し、その首に当たる部分を断ち切ったのだろうが……。いや、そうはなる、のか?
と困惑していると。
「カミル、やっちゃって!」
『うるっさいわね!』
後方からエイミーが飛び出して、いや俺たちの頭上を飛び越えてイザナミの元へと迫る。彼女に飛行能力が備わっているわけではない。しっかりと難を逃れていたカミルの、ノックバック特化箒で吹き飛ばされているのだ。
「シフォンが盾役になってくれるのは嬉しいけど、本職はもっとできるってところ見せないと!」
張り切るエイミーは空中で拳を構え、イザナミへ。急接近する存在に白龍は注目を切り替える。だがそれよりも一瞬早く、エイミーの鉄拳がその顎を揺らした。
「『震盪拳』ッ!」
脳を揺るがす強打は、まだ再生の完了していないイザナミには絶大な効果を発揮するようだ。ぐらりと大きくふらつくイザナミに、エイミーはすかさず連打を叩き込む。もはや光線を吐き出す余裕もなく、イザナミは防戦一方だ。
騎士団の戦闘職たちも次々と復帰し、イザナミを包囲する。形勢は逆転したかに見えたが、数によって再び俺たちが圧倒しようとしていた。
だが、
「うっ!?」
「うぐぁっ!?」
「な、なんだ、これは!?」
突如、調査開拓員たちが悲鳴をあげて倒れ込む。エイミーも顔を蒼白にしてうずくまる。彼女だけではない。トーカや、ラクトも。
「はぎゅぅ」
シフォンまでもが。次々とドミノ倒しのように。
そして俺もまた、凄まじい虚脱感に襲われる。全身に力が入らず、膝を突く。なぜか。その理由はすぐに思い至った。
「し、白玉……」
腹が、減っていた。
霞む視界の中、俺は不思議なものを見る。白龍イザナミが体を曲げている。それはまるで、あちらも空腹を抱えているかのような、そんなふうに見えた。
『――パパ!』
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Tips
◇『鋭利な』
初歩的なアーツのエレメントパーツ。尖ったオブジェクトをさらに尖らせ、貫通力を高める。
“トキントキンやよ〜♪”――見習い機術師ポンポン
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