第1603話「灼熱の波濤」

 閃光が駆けた。音、爆風、衝撃。凄まじい、そんな表現すら陳腐に吹き飛ばすかのような力の波が大地を舐める。覆い隠す叢樹を引き剥がす。かつて生態系の雄となった原始原生生物を薙ぎ払い、そのパワーバランスを灰燼と化すために使われたリセットボタンが、その許容をはるかに逸脱した力に敗れた。

 衝撃に備えていた俺たちでさえ、無事では済まない。


「艦はデコイモードへ! SCSコアを回収して後ろへ下がれ! 防御機術師にLP供給最大! 壁を破らせるな!」


 アストラの檄が飛ぶなか、機術師たちが必死の形相で分厚い障壁を展開する。ボスクラスのエネミーの強力な攻撃にも耐える堅牢な障壁が、薄氷やガラスのように容易く破られる。できるのは破られるペースを上回る速度で新たな障壁を組み上げることだけ。

 ラクトのような氷属性や土属性の攻性アーツを修める機術師たちもそこに方を並べている。

 彼らが必死になって稼いだ時間を使って、最前線に出ていたクチナシ級一番艦の人員が退避する。その中には帯同していたNPCたちや、本体であるボール型のコアを抱えた“船長”の姿もある。むしろ、彼女たちの方が優先して避難ボートへ誘導されていた。


「はええんっ!? はわぁ!? ひょえっ!? はえっ!?」


 突然の閃光に飛び上がっていたシフォンは、そのまま空中で前転し、熱風をパリィしている。


「砦の陰に入れ! 衝撃は回り込んでくるが、多少はマシだ!」


 とはいえ、誰もがシフォンみたいに器用なことができるわけではない。俺が声を張り上げると、ボートは次々と円型砦の背後へと退避しはじめた。

 灼熱の風が肌を焼き、スキンを溶かす。調査開拓員たちのほとんど――おそらく俺やレティたちも、素体が露出しているはずだ。


「一人ずつ下がれ! 障壁は絶やすなよ!」


 太陽フレアの直撃を受けたかのような惨状のなか、勇猛な支援機術師たちは矢面に立ち続ける。一人ずつ、少しでも多くの者を残すため、徐々に機術師たちも下がっていく。残るのはベテランばかりだ。彼らと、彼らにLPを供給する支援機術師だけが、更迭の盾となり、側面を蝋細工のように溶解させたクチナシ一番艦に残る。


「お前も下がれ! ここは俺に任せて――」

「そんな! あなたを置いて逃げるなんて!」


 防御機術師部隊の長らしい騎士が果敢に叫ぶ。彼を最後まで支え続けてきたタイプ-ファアリーの女性が涙ぐんでいる。

 そのとき、俺は気がついた。


「しめた、地面が露出してるじゃないか!」


 熱風の煽りを受けて、黒土を覆い尽くしていた叢樹が吹き飛んだ。露地が現れている。それならば、俺の出番だ。


「ラクト、アシスト頼む!」

「しかたないなぁ、もう!」


 打ち合わせをしている暇はない。ラクトに声をかけながら走り出す。聡明な彼女は俺の意図を的確に汲み取り、進行方向に沿うように氷の壁を連ねてくれた。長引く熱波が瞬く間にそれを溶かすが、その間は俺も無事だ。側面が焦げるように熱いが、動くことに問題はない。

 クチナシの甲板から飛び降り、大地へ。


「うおっ!?」


 思ったよりもふかふかとした土の感触に驚きつつ、走りながらインベントリからそれを取り出す。


「『野営地設置』――“散華”ッ!」


 立ち上がる巨大なテント。そう、テントだ。建築物とは違い、それは展開が早い。

 瞬く間に、一番艦を守ように鮮やかな赤銅色のテントが現れた。

 防御力特化型の大規模複合テント“八雲”の第三壁、熱や火を完全に退けることだけを求めた耐火性テント。速効性を重視し、その壁面だけを組み上げた。猛火のなか、凛然と咲き誇る彼岸花の意匠が描かれた壁が、熱風を退ける。水の一滴でも触れると即座に瓦解する、障子紙よりも脆いテントだ。しかし、その欠点を覆い隠すだけの、圧倒的な耐火性を有している。


「ふぅ、一安心だな」


 自らも散華の陰に飛び込みつつ、俺は汗を拭う。熱気だけでなく、冷や汗も多分に混ざっているはずだ、ラクトが呆れた顔をしているのが、実際に見ずとも手に取るように分かる。


「はー。この熱風はいつになったら収まるんです?」

「うぉわっ!? レティ、付いてきてたのか」


 油断していたところ、後ろから思わぬ声がして飛び上がる。振り返れば、レティが手で首元を仰ぎながら辟易とした顔をしていた。驚く俺に、彼女は「当たり前じゃないですか」とさも当然のように。


「レッジさんあるところにレティあり、ですからね!」

「そしてレティさんの側には常に私が!」


 レティの背後からはLettyまで。ラクトがものすごい顔をしているのが、後ろを振り返らなくても分かる。


「まあ、旭日の徴は大規模滅殺系だからな。周辺一帯を焼き尽くすまでは……」

「レッジさん、イザナギの攻撃を知ってるんですか?」


 おっと。少し口が軽くなっていた。

 肩をすくめてはぐらかすと、ちょうどよく熱波が徐々に収まる。便宜上、熱波と言い表しているものの、それなりに耐久性のある調査開拓員のスキンが溶け剥がれるほどの灼熱の嵐だ。散華で守りきれなかった周囲は悲惨なことになっている。

 叢樹はそのことごとくが炭化し、地面も踏めばザクザクと音がするほど乾ききっている。あらゆる水分というものが消えた荒野の中央には、荒々しい爆心地として深いクレーターのような陥没が刻まれていた。


「あちちっ」

「あんまり触ると火傷するぞ」


 地面も何もかもが熱を帯び、触れば火傷もする。耐火性のある程度確保されたブーツを履いていなければ、歩くことすらままならないだろう。

 接続しっぱなしの回線からは、四番艦の病院船の混乱した状況も伝わってくる。そんな中に紛れて、ミュートし忘れた防御機術師隊長と支援機術師の会話も漏れ聞こえるが、それはそっと音量を落とす。


「壮観ね、この光景は」


 慎重に周囲を窺いながら散華の陰から出る。ぴょこんと前に出たLettyが、すっきりとした声と共に周囲を見渡す。

 黒く焼けこげた焦土が地平線まで続き、眼前には巨大な爆心地。たしかに絶景といえば、絶景かもしれない。

 常夜の裏世界で、わずかに残った火がほのかに光をあげている。爆心地の黒々とした闇が、底知れぬ恐怖を掻き立てる。


「これなら、流石の白龍だって――」


 Lettyが意気揚々とそう口にした、その瞬間。


『ォ……ァ……』


 クレーターの底から、うめくような声がした。


━━━━━

Tips

◇ “開闢の刻、来たれ旭日の徴”

 特定禁忌武装、第一種。環境初期化、炭素系生物相殲滅、栄養還元を目的とする超高熱洗浄。全てが死に絶え、黒化し、大地へと還る。

“それは新たなる夜明けを告げる旭日。”


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