第1602話「開闢の刻」

「アンプルは出し惜しみするな! パーツも遠慮せず使え! とにかく死なねぇようにしろ!」


 クチナシ級四番艦の甲板もまた戦場だった。叢樹の海を駆ける回収屋たちが、足や腕を吹き飛ばした調査開拓員を担架に乗せて帰ってくる。それを待ち構える医師や技師が迎え入れ、即座に治療と修理を始めるのだ。

 調査開拓員、調査開拓用機械人形は生物ではない。しかし人間を元に構成しているだけあり、治療と呼ぶに相応しい処置を施すことができる。〈手当〉スキルなど要求するテクニックがその一例であり、血まみれの白衣を着た大柄な男が早速重傷者を受け入れていた。


「ど、ドクター、大丈夫だから。これくらい唾つけとけば――」

「うるさい! いっぺん死んどけ!」

「グワーーーーッ!」


 医療者とは思えないような暴言と共に、その男性医師は手に持つ極太の棍棒で患者を殴る。調査開拓団規則に抵触しそうな攻撃に見えるが、これもれっきとした処置である。

 殴られた騎士はかっくりと首を落として気絶し、その間にドクターは手慣れた様子で容態を確認する。


「まったく、LPだけ回復させておけば死なないものだと思ってる奴が多すぎる。血管持ってこい!」


 基本的に、調査開拓員の命運はLP残量で表される。テクニックやアーツの使用と被弾によって消耗し、時間経過やアンプルの摂取によって回復する、他のゲームでは珍しいHPと MPとSTがひとまとめになったようなシステムだ。

 だからこそ支援機術師はとにかくLP回復量に秀でるアーツを使って、前線で体を張る戦士も、後方で詠唱を奏でる機術師も、区別なく十把一絡げに回復する。それで、ひとまずは十分だからだ。

 しかし、リアリティにも定評のあるFPOがそれだけで簡便に済ませるはずもない。〈手当〉スキルの探求に伴い、彼らは機体が劣化することを突き止めた。体を激しく動かせば血流が――体内を巡る青い血液ブルーブラッドが激しく沸騰し、血管にダメージが入る。アンプルをがぶ飲みしながら大規模アーツを連発していれば、八尺瓊勾玉に負担もかかる。それが積み重なることで、デバフとして表示されないパフォーマンスの低下が現れるのだ。

 もちろん、機体を交換すれば全て解決する話ではある。だが、裏世界で、そもそも戦闘の前線でそんな悠長なことを言っていられない。だから、ドクターたちの出番なのだ。


「よし、ちょっとチクっとするぞ」

「ぎゃああああああああああっ!?」


 バリバリバリバリッ!!!!!

 強引にガムテーむを引き剥がしたかのような音がして、騎士の悲鳴が船上に響き渡る。軽装戦士の彼は速度に秀で、その俊敏性を生かして叢樹の上を走り回っていた。その影響で脚部のBBが沸騰し、血管が傷ついていた。

 ドクターはそれを見抜き、彼の足のスキンを剥がしたのだ。

 あらわになった銀色の筐体。メカめかしい金属部品の集合体になんら感慨も抱かず、ドクターはオペを始める。あっという間にふくらはぎが解体され、焼け爛れたような血管が引き抜かれた。大量の青い液体がこぼれ、白衣を汚すのも構わず。ドクターは図体に似合わず繊細な指先でパーツを再び組み上げ、スキンの代わりにラップを巻きつける。


「よし、これで走れるはずだ」


 まるでカーレースのピット作業のような素早さで、騎士は再び俊足を取り戻した。そのことが寝たままでも感覚で理解できるのか、彼の表情は爽快だった。


「ありがとう、ドクター。次からは麻酔使ってくれ」

「面倒だ。痛いのには慣れてるだろ」

「ぎゃあっ!」


 真摯な要望は一蹴し、ついでに物理的にも蹴り出す。甲板から蹴り飛ばされた騎士は、空中でくるりと身を翻し、ドクターに手を振りながら叢樹の上に着地した。


「さあ、次だ! 次の患者を連れてこい!」


 ドクターが声をあげ、部下の騎士団後方支援部衛生班が即座に次の担架を運び込む。横たわっているのは、ミイラのように全身を包帯で梱包された騎士団員だ。さっそくその処置に取り掛かろうと、ドクターが棍棒を振り翳したその時。


『――十三次元空間固定。座標指定逆転計算。目標指定。』


 空気が一変した。過熱の中にあった病院船四番艦の温度が急激に下がった。いや、そうではない。猛烈な射撃を続ける二番艦も、突撃を繰り出そうとする一番艦も、戦場全て、周辺一帯の空気が急変したのだ。

 ドクターは目を見張り、その根源を見る。一番艦の後方、騎士団の戦場建築士が作り上げた新型の砦に佇んでいた黒い龍の少女だ。その玲瓏とした声が、なぜか遠く離れた後方の病院船にまで届いた。


『武力行使要請。対象、現地脅威存在。』


 事務的な手続きをするかのような声。

 うごめく白龍だけがそれに強く反応し、叢樹の枝をけしかける。それを騎士団の重装盾兵の面々が決死の覚悟で阻む。


『使用許可申請。特定禁忌武装、第一種。』


 高熱が波となって伝わってきた。熱源は、黒龍イザナギ。

 彼女の見違えるほどに変わり果てた巨躯が、凄まじい熱を発していた。


『総司令現地代理イザナギにより、要請を許諾。同じく、申請を認可。』


 なにか、彼女の内部で封じられていたものが、その戒めを解かれた。

 凄まじい圧力が、殺意と呼んでもよいものが、裏世界の海を圧倒する。

 騎士団が瀕死になりながら、その身を擦り潰しながら作り上げた時間が、いま、結実する。


『発動。――“開闢の刻、来たれ旭日の徴”」


 閃光が、世界を焼き尽くす。


━━━━━

Tips

◇特定禁忌武装

 総司令現地代理にのみ使用が許可される特殊な武装。要請と申請があり、それらが承諾された場合にのみ展開と行使が可能となる。存在情報そのものが特定機密に指定されており、指揮官階級であっても情報は開示されない。


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