第1601話「死地へ征け」

 降り注ぐ万色のアーツ。更に実弾による射撃もその後から続き、軽やかに追い越す。クチナシ級のSCSによるクラスⅥの砲撃計算支援の威力は絶大で、特に銃士たちの能力を強くバックアップする。

 叢樹を取り込みながら成長する白龍に対して横腹を晒した装甲巡洋艦が艦橋の前後に備えた主砲の照準を定めていた。


『ぶっ放せェ!』


 一番艦のSCS、“船長”の号令で口火が切られる。立て続けに砲声が響き、鉛玉が放たれた。

 精密な弾道計算により、放物線を描くアーツの群れと、直線に突き進む実弾の群衆が、同時に着弾する。


 ――ドガァアアアアアッ!!!


 土砂降りの雨に爆竹を投げ込んだかのような凄まじい音と光が暴れ回る。レティが打ち込んだバッテリー爆弾の比ではないほどの暴力が、その場に注ぎ込まれていた。

 誰もがその実力を認める第一位の攻略組、〈大鷲の騎士団〉による全力一斉攻撃である。


「流石にこれなら白龍も無事では……」


 Lettyがフラグを立てる。

 そして、


『おァあ亞阿ぁアaアアアアあっ!!』


 その声によって呼び戻されたかのように、煙幕を吹き飛ばして白龍が咆哮を突き上げた。それは着弾の寸前に黒枝を自身の周囲に集め、即席の盾を編み上げていた。それは凄まじい熱量の攻撃によって木っ端微塵に吹き飛んだが、盾としての役目は全うしたようだった。


「もうそこまで融合が進んでいるなんて……」

「短期決戦で終わらせないと、手がつけられなくなるかもしれません」

『う、うぇへっ! ど、どんどん攻撃しなきゃ!』


 アイは希望を捨てず、隊長はむしろやる気を見せている。いや、騎士団の全員が全く臆していない。この程度のことは、彼らはすでに経験済みなのだ。

 敵に攻撃が届かない程度のことは、障害になりえない。


「常闇流、一の刃」


 気が付けば、白龍の首筋に黒い影があった。まだ誰も近づけていない白龍に肉薄し、鋭い刃を突きつけんとしている。年季の入った外套に身を包み、目深に被ったフードで素顔を隠す青年の、必殺の一撃。


「――『断』」


 ただ首を断つ。それだけのシンプルな一撃。故に絶大な効果を発揮する。

 言うなれば、ミカゲが多用している暗殺系テクニックを更に極めたものなのだろう。背後から忍び寄り、不意を突く。シビアな条件が課せられるが、それだけに決まれば強い。

 〈大鷲の騎士団〉が幹部、“灰燼”のアッシュ。彼自身が開祖である暗殺術流派の第一技。


『ガぁあ阿アああああああっ!』


 振るわれたサーベルは、白龍の首の太さを考えればあまりにも小さい。にも関わらず、その一薙ぎは深く食い込み、表面の黒枝を断ち切った。首の半ばほどまで刃は進み、赤黒い泥のような血が勢いよく吹き出す。

 頭上に現れた白龍のHPが、一気に削れる。


「うおおおお! 流石は銀翼の団ですね!」


 凄まじい戦果にレティが驚嘆の声をあげる。騎士団の船からも快哉が叫ばれた。アーツと実弾の斉射を囮にして、アッシュは一瞬で白龍の背後を取った。不意打ちの一撃は華麗に決まり、白龍のHPが削ぎ落とされた。

 だが、


「厳しいですね」

「アッシュの一撃でも削りきれないか……」


 アイとアストラは苦悶の表情だ。

 一撃の威力だけで言えば、アッシュは彼らよりもはるかに高い。様々なバフを受け、条件を揃え、更に確率の神にも愛されたとき、彼の繰り出すクリティカルアタックは、数十万のHPを蒸発させるという。

 だが、ほぼ理想型で叩き込まれたはずのサーベルで、白龍のHPを削りきれなかった。アッシュが最大火力を叩き込めるのは一撃のみ。そして、数々のバフの反動は数秒後に押し寄せ、彼は一気に弱体化する。


「うおおおお! アッシュさん!」


 騎士団精鋭の回収屋――死んだり行動不能となったりした機体を運ぶ専門家――が叢樹の上を跳ねるように走り、ぐったりとして落ちていくアッシュの元へ向かう。彼が再び一撃を繰り出せるようになるまで、少なくとも十分以上の時間が必要だ。

 そして――。


「アッシュの一撃も、十分もあれば回復されてしまうか」


 白龍のHPはすでに回復を始めている。叢樹の生命力を取り込んだからか、もしくは元来のものなのか、驚異的な回復能力だ。HPバーも実質的には数倍長いものと見た方がいいだろう。


「そういえば、裏世界なのに攻撃が通じるんだな」


 少しでも回復を妨げようと熾烈な猛攻を重ねる騎士団を眺めながら、ふとそんなことに気付く。裏世界で出会ったホロウフィッシュは攻撃がほとんど効かず、逆にバフやヒールが効果逆転してよく刺さった。しかし、白龍はそんな特徴を持っている様子もない。


「流石にそうじゃないと、いよいよ戦闘職の出番がなくなるしね。Lettyもなにもできなくなるし」


 戦闘職に活躍の場があることで、Lettyもほっと胸を撫で下ろした。そういえばイザナギにも彼女たちの攻撃は通用していたのだろうし、白龍黒龍はこの世界の法則から外れているのかもしれない。

 そう納得した、ちょうどその時。白龍が新たな行動をおこした。


『――ぉオォおおおおおオオオオオッ!!』


 何かを呼び寄せるような声。そう感じた直感は正しかったようで、直後、白龍の周囲の叢樹が弾け、その下から巨大な海洋生物が飛び出してきた。その姿に、今まさに飛びかからんとしていた戦闘職たちが悲鳴をあげる。


「げええっ!? ホロウフィッシュ!?」

「どうして出てきてるのよ!」

「メーデーメーデー!」


 現れたのはホロウフィッシュ。噂をすればなんとやら、戦闘職の天敵だ。

 とはいえその対処法はすでに分かっている。騎士団にも情報は共有済みだ。アストラが高く剣を掲げ、支援職に向かって命じる。


「ホロウフィッシュは死なない程度に! 生かしたら表で対処できなくなるうえ、おそらく無限湧きタイプの取り巻きだろう」


 アストラは周囲の状況からホロウフィッシュが白龍の取り巻きで、倒したところで意味がないと推測したようだった。だから生かさず殺さず、力を削いで無力化しつつ放置するという作戦を取った。

 ある意味では他のゲームでも見られるような定石のひとつだろう。配下の騎士団員たちも即座に了解した。


『あいかわらず、騎士団の動きは凄まじいものがありますね』


 クチナシ級から機動力のある小舟に乗り換えたり、そもそも叢樹の海を徒歩で走りぬけたりと、その方法は様々だが騎士団の近接戦闘職も動き出す。波を押し返す波のような軍勢の進撃に、ウェイドも感嘆を隠せない。

 彼らが攻略組の筆頭と言われているのは、伊達や酔狂などではない。

 しかし、そんな彼らでも白龍は倒せない。アッシュの一撃でも削りきれなかった以上、それはほとんど確定した。それでもなお彼らは果敢に挑み続ける。


「イザナギ、頑張ってくれよ」


 沈黙を保ち続けるイザナギ。彼女が放つ一撃のため、その時間を稼ぐのだ。


━━━━━

Tips

◇常闇流

 暗殺術に特化した闇の流派。不意をつくことができれば、比類なき一撃を繰り出すことができる。

“暗中に潜む刃。首を切り、命脈を断つ。”


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