第1600話「叢樹を統べる」
荒れる叢樹の海を薙ぎ払い、頭を表したのは龍のようだった。不明瞭な声を発してこちらを見る頭が、細長い首に支えられている。所々に白い鱗のようなものが張り付いて見えるが、少し体を揺らすだけではらはらと剥がれ落ちてしまう。かわりに、その痩せほそった体に叢樹の黒々とした枝が絡みつき、締め付けている。
「ウェイド、あれはいったい?」
『わ、分かりません。データベースにアクセスもできませんし……』
クチナシの目を借りてそれを発見したウェイドだが、彼女もその正体を見定めることはできないでいた。裏世界にはネット環境がなく、彼女も小さな管理者専用機体の範疇外の知識は持たない。
『白龍、イザナミ……』
答えを持たないウェイドに代わり言葉を放ったのは、砦の塀の向こうから頭だけを出したイザナギだった。彼女の言葉には驚きと狼狽が強く含まれている。本来いるはずのないものが現れたことを、信じられないような。
白龍イザナミ。それはイザナギが復活を阻止しようとしていた存在だ。そして、叢樹によってバラバラに散らされ、復活しえないと判断されたはずだ。しかし、それは目の前に見えている。龍と呼ぶにはあまりにも異様な風貌で、見るものに嫌悪感さえ抱かせるような姿をしているが、わずかに残った白い鱗がイザナギの言葉を肯定していた。
「そんな、イザナミは復活しないはずでは?」
レティが困惑する。彼女もイザナギからそう聞いていた。
しかし目の前にイザナミが現れている。そして――それは叢樹に侵されているように見えるが、また逆のようにも見えた。
「もしかして、叢樹を取り込んでるのか?」
首だけが飛び出した白龍イザナミは、黒い叢樹が絡みついている。叢樹に襲われ、侵蝕されているのだと思った。しかし、首はまっすぐに屹立し、双眸はこちらを向いている。よくよく観察を続ければ、叢樹の枝が再生する肉に覆われ、新たに生まれた白い鱗がそれを隠していく様子も見てとれた。木の成長によって皮膚の下で血管のように膨らんだ枝が弾け、龍の肉体を千切る。だがそれと同時に別のところでは白龍の肉体が枝を包み込むように再生を始めている。
異様な光景だった。それをどう表せばいいのか分からない。絶えず自壊しながらも凄まじい治癒力によって再生し続けている。枝と龍の力は拮抗している。いや、わずかだが龍が上回っているようにも見えた。
白龍の、白龍たる所以である白く輝く鱗が増えていく。赤い筋肉が蠢き、血管が這い、皮が張られる。
『パパ、あれを潰して!』
イザナギの鬼気迫る声。彼女はイザナミの復活を阻止しようとしている。ウェイドを見ると、彼女は迷っているようだった。スタンドアロン状態で他の管理者や指揮官との通信も取れない彼女は、彼女自身で考えねばならない。しかも、本体である中数演算装置すら繋がっていない状態なのだ。
『あ、えっと、ああ、その……』
慌てるウェイドは結論を出せない。データベースにもアクセスできないのだから、しかたのないことだろう。
「大丈夫だ、ウェイド。――叢樹の種を蒔いたのは俺だからな。俺の責任ってことだ」
『な、何を言って――』
「レティ、バッティングの時間だ!」
ウェイドのさらさらとした細い銀髪を軽く撫で、振り返る。レティはすでにハンマーを構えていた。
「任せてください!」
クチナシの船倉には、多くの物資を積み込んでいる。そのほとんどはLP回復アンプルのような消耗品だが、非常用のバッテリーなんかもその一つだ。〈ダマスカス組合〉謹製の特大型超高濃度圧縮BBバッテリー。クチナシの艦載設備を動かすほどのエネルギーを内包する外付けの動力源。それを持ち出し、レティの前に。
エイミーが大きな樽のようなそれを両腕で抱え、ゆっくりと持ち上げる。
「いくわよ!」
「いつでも!」
二人は視線を重ね、タイミングを合わせる。エイミーがそれを投げ、レティのハンマーがそれを叩く。
「『ホームランスイング』ッ!」
非常に強力なノックバック効果を発するテクニックを発動し、バッテリーの中心を的確に捉える。コーーーーン! と木を打ったような澄んだ音が響くなか、バッテリーが高く空へ。
クチナシが急いでバリアを展開し、エイミーはすかさず障壁を広げる。
「『立ち連なる堅氷の大壁』ッ!」
極め付けにラクトが巨大な氷の壁を立ち上げる。二重三重にずらりと並ぶ氷の壁によって、復活を果たさんとする白龍の姿が隠される。その向こう側へ、バッテリーが飛んでいき、そして――。
「全員、伏せろ!」
『ふぎゃっ!』
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
ウェイドを押し倒すように甲板へ寝かせた直後、鮮やかな青の閃光が広がり、遅れて耳をつんざく爆音が返ってくる。ラクトの作った氷の壁が次々と吹き飛ぶほどの威力で衝撃波が伝わり、地面を覆い隠していた叢樹が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
信頼と実績のダマスカス製バッテリーは、簡易的な爆弾として機能してくれた。大地を抉るほどの威力は、以前からさらに磨きがかかっている。
「よし! この爆発ならたとえイザナミだろうと生きているはずが――」
「ちょ、ちょっとLetty! ダメだよそんなこと言っちゃ!」
「へ?」
耳を抑えながらも勝利を確信して叫ぶLettyに、シフォンが慌てて注意する。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
だが、わずかに間に合わなかった。爆風を切り裂くような咆哮が響き渡る。白い閃光が走ったかと思うと、ラクトの氷壁が次々と木っ端微塵に破壊された。白い光の柱が龍の周囲に立ち上がり、立て続けに爆発を引き起こす。
蠢く龍は急速に火傷と吹き飛んだ肉を回復させていく。ダメージが皆無というわけではないが、とどめをさせるほどの力はなかった。
まるで叢樹の生命力を取り込んだかのように、それは力を漲らせている。
「これは、もしかしてボス戦か?」
「だとしたら状況が悪すぎますよ!」
レティが悲鳴をあげる。船から落ちれば俺たちは叢樹の餌食だ。しかもイザナミの放った光柱は凄まじい威力を発していた。直撃すればこれも無事では済まないだろう。
『パパ、少しだけ時間を稼いで。私がイザナミを倒すから』
イザナギが決意のこもった顔つきで言う。自身の片割れであるはずの白龍を滅すると、彼女は最初から覚悟を決めていたのだ。
「レッジさん、私たちも力になりますよ」
背後でアイが言う。
彼女は、後方を見て笑みを浮かべていた。
「うおおおおおおお!? なんだここ!?」
「とりあえず進め! もう海も陸地も関係ねぇ!」
「おっさんに続けーーーー!」
そこには表世界からやってきた船団。銀翼の大鷲の戦旗を掲げた勇壮な船がずらりと並んでこちらへ近づいてきた。その一番艦に乗っているのは、金に輝く髪の青年、直剣を高く掲げ、号令をあげている。
「目標、前方の龍。総員、全力攻撃!」
その一声で、船団から鮮やかな万色のアーツが放たれた。
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Tips
◇バッテリー型爆弾
バッテリーとしても使えるBB爆弾。〈ダマスカス組合〉がジョークグッズとして作ったところ、実用性が凄まじく高かったため正式に製品化されてしまった。BBバッテリー開発部は不服そうだが、世の爆弾魔たちからは好評を博している。
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