第1598話「相殺する衝撃」
トーカの放った斬撃が、落ちるクチナシと共に砦へ向かう。味方に向けて攻撃を繰り出すという、一見すれば愚行とも取れる動きだ。にも関わらずトーカに迷いはない。周囲が驚くなか、真っ直ぐに正面を見据え、何かを待っている。
特大武器、大太刀による斬撃は絶大な威力を誇る。必要な〈剣術〉スキルレベルや腕力BBの条件は厳しいが、それに見合うだけのものがある。だが、調査開拓団規則の鉄の掟からは逸脱できない。トーカの太刀筋がどれほど冴え渡っていたとしても、味方を狙う限りダメージはたったの1すらも発生しない。
「――の技!」
その時、微かに声が聞こえた。
レティの声だ。それに続くように、Lettyの声も重なる。
「――『撲チ鳴ラス心臓』ッ!」
クチナシの船首が地面に激突しようとした、その間際のことだった。砦の陰から赤いウサギが飛び出してきた。二匹のウサギは手に鎚を携え、こちらを見上げている。彼女たちに、トーカの斬撃が重なる。
「うおおおおおおおお!」
「せりゃあああああっ!」
双方の声が弾ける。
直後、甲高い衝撃の音が鼓膜を震わせた。激震の衝撃波が周囲に広がり、砦を覆わんとしていた叢樹が吹き飛ぶ。
落ちるクチナシの船首に陣取るトーカの太刀と、屋根に立ち上がったレティとLettyのハンマーヘッドが衝突し、火花を散らす。お互いに一歩も退かぬ鍔迫り合いで、双方共に笑みさえ浮かべている。
「吹き飛べぇえええええ!」
「どあああああっ!」
喉が張り裂けそうなほどの声で絶叫。
レティとLettyが踏み締める朱色の瓦が砕ける。トーカの草履がクチナシの船首を凹ませる。だが、両者にダメージはない。これはあくまで同士討ち。ダメージは発生し得ない。
しかし、反動はある。
味方同士が攻撃をした場合、想定されるダメージ量に比例したぶんだけのノックバックが発生する。
『まさか、トーカたちは……』
ウェイドもようやく彼女が何をしようとしているのか気付いた。
勢いよく落下していたクチナシの速度が、ゼロに近づいている。お互いの攻撃によってノックバックを発生させ、200メートル級の巨体を誇るクチナシの衝撃を和らげようとしているのだ。
鮮やかなエフェクトが、交差するハンマーと太刀の狭間で輝く。両者の勢いは拮抗していた。いや、二人分の力が加わっているぶん、レティたちの方が上回っている。途方もない重量を誇る鋼鉄の船の勢いが止まる。
『い、いや……そうは……』
目の前で繰り広げられている光景を見て、ウェイドが声を震わせる。
トーカが一瞬、ちらりと彼女の方を一瞥した。何を言いたいのか、俺にはわかる。だからウェイドの肩に手を置き、トーカの言葉を代弁する。
「なってるだろ?」
船の速度がゼロになり、衝撃は完全に中和される。高く船尾を掲げていた船体が、ゆっくりと水平を取り戻し、砦近くの地面へと落ちる。
衝撃が地鳴りとなって広がり、叢樹を破砕する。だが、ついに砦へのダメージは最小に留めることに成功した。
「ふふん、完璧ですね。私は自分の才能が恐ろしい……」
「レッジさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
トーカが得意げに鼻を鳴らし、こちらへ振り返ったちょうどその時、彼女の頭を飛び越えてレティが甲板へ飛び込んでくる。
「ん!!!!!!!!!」
「うおぉおっと。すまん、レティ、到着が遅れた」
「全然問題ないですよ! バベルさんたちの砦のおかげで、割と余裕だったので」
勢いよく飛び込んできたレティを受け止めて謝罪すると、彼女はけろりとした顔で言う。あの円形砦は見たことのないものだが、騎士団の精兵が作るだけあって凄まじい耐久性を誇るらしい。
レティに続いて、Lettyが屋根から甲板に飛び降りてきて、さらにエイミーと騎士団の戦場建築士二人も無事に顔を現す。そして、
『……パパ。戻ってきたんだね』
「イザナギも元気そうでよかったよ」
塀の向こうからこちらへ顔を覗かせる黒髪の少女。隠れているつもりかもしれないが、立派なツノが飛び出している。
最悪の事態も脳裏に過っていたが、レティたちとの決着はつかなかったらしい。それで良かったと胸を撫で下ろす。
「それよりもレッジさん! 大変なんですよ!」
一瞬空気が弛緩しかけたその時、レティが思い出したように慌てた声を発する。
「この樹木、すごく危険です。早く砦の中に入らないと!」
「あー、うん。そ、そうだな……」
「由来もまったく謎なんですが、もしかしたら第零期先行調査開拓団の壊滅にも関わっているかもしれません。裏世界で暴れ回るものなんて、普通の原生生物ではないですから」
「お、おう」
真面目な顔で考察を披露するレティに、俺が蒔いた種だとはなかなか言い出せない。後ろでウェイドが冷たい目を向けてくるのを背中で感じる。
「この木のおかげで復活しかけたイザナミも倒れたみたいなんですけど」
「ちょっと待て、イザナミ?」
レティの言葉から聞き捨てならない単語を拾い、慌てて止める。彼女はぴょこんと耳を立てて頷いた。
「はい。イザナギがここでレティたちを追い返そうとしたのも、白龍イザナミの復活を予見してのことだったらしいんです」
「白龍イザナギが復活しそうだったのか……。って、それが叢樹にやられたんだとしたら」
表世界で死ねば裏世界へ。裏世界で死ねば表世界へ移動する。その法則を思い出し、はっとする。白龍イザナミが叢樹に巻き込まれて倒れたとすれば、今頃表世界に出現しているかもしれない。それが喜ばしいことなのか、避けるべきことなのかは分からないが――。
『大丈夫。イザナミはまだ、ここにいる』
騒然とする甲板にイザナギが言い放つ。
「分かるのか?」
『なんとなく。向こうの世界には、行っていない。まだ、ここにいる』
彼女は叢樹の蠢く地平を見つめる。原始原生生物は、もはや駆除など考えられないほどに大きく成長してしまった。スノウホワイトをいくら用意しても、根絶は不可能だろう。外来種が定着してしまったような光景で、ばつが悪い。
しかしこのどこかにイザナミが――行方不明になった白龍がいる。
『もしかしたら、これで良かったのかもしれない。イザナミは無数の破片になって、この世界に散らばっている。死んでいないけど、生きているともいえない。このほうが、いいのかもしれない』
イザナギが言う。その横顔は悲しげだが、安堵の色も窺えた。
――その時。
『っ!』
「ウェイド?」
ウェイドが何か、驚いたような顔で船縁へ駆け寄る。叢樹の蠢く黒々とした大地を見渡し、何かを探す。
「どうした、何かあったのか?」
『スタンドアロンモードなので確信が持てませんが、何か異変が……。クチナシとデータリンクします』
拒否権のない口調で、ウェイドはクチナシと感覚を繋ぐ。船体に設置された高精度のセンサー類を用いて、何かを探す。不穏な空気が甲板に流れ、イザナギも怪訝な顔をしている。
そして、ウェイドが何かを見つけてこちらへ振り向き――。
『あ、ア、a、ァァ……がァあああアあああああっ!!!!』
その背後、叢樹の海が爆発した。
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Tips
◇ノックバックの相殺
ノックバック攻撃を受けた際、ノックバック効果のある攻撃を繰り出して合わせることで、ノックバックの衝撃を相殺することができます。ただし、ノックバックの方向が対極であることが必要であり、ノックバックの衝撃そのものも相応の衝撃を繰り出さなければ相殺することができません。
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