第1597話「完璧な計算」
「うおおお、レティ、エイミー、Letty、大丈夫か!」
稲荷寿司におびき寄せられたミイラ魚――結局こいつもまだ名前が分かっていない――をトーカが三枚におろし、吹き出した黒い体液を浴びて裏世界へ。二回目ともなるとその移動もスムーズなものだ。ともあれ心配なのはレティたちの安否である。船が沈み、視界が暗転すると同時に、俺は周りに聞こえるように大きく叫ぶ。
「うひゃぁ……。すごい事になってるね」
「ミカゲの予想は当たっていたみたいですね。よくやりました」
再び訪れた裏世界。そこは景色が一変していた。
静寂の夜の海を埋め尽くすのは生長の止まらない叢樹だ。太く育った枝と幹が蠢き、果てなき海を混ぜ返している。自ら光を放つ実体のない魚たちはお構いなしに泳いでいるが、波が荒々しく悲鳴を上げている。
『船の防御で精一杯。どこに移動するの?』
「陸地の方だ。俺の予想が正しければ、すぐ近くにあるはずなんだが……」
クチナシがどうにか叢樹の侵蝕を防いでくれているが、それも限度がある。しかし、今回は前回よりも陸地に近いポイントで裏世界入りした。だいたいの座標は一致しているはずだから、すでに陸地は見える範囲にあるはずなのだ。
「陸地まで叢樹が進出しているせいで、境が分からなくなってますね」
「レッジさん、スノウホワイトは使えませんか?」
裏世界でも強靭な生命力を健在とする“戒める牙針の叢樹”は黒土の陸地にも上っていた。おかげでどこに海岸線があるのかも目視では分からない。
トーカが枯死剤の使用を提案してくるが、そもそも“戒める牙針の叢樹”が生長しすぎているせいで、対処できる範疇を超えてしまっている。
「あれは初期状態の時だけギリギリ薬効が上回るんだ。これだけ生長したら、ちょっと厳しいな」
そもそも繁茂する範囲が広すぎるせいで、一気に散布して鎮圧するのも難しい。表とは違って、こっちにはシューティングスターによる上空からの投下も行えないのだ。
俺たちにできるのは“戒める牙針の叢樹”を駆除するのではなく、レティたちを救助することだけだ。
「とにかくレティを見つけないといけないんだが、いったいどこにいるんだ?」
「ウチの戦場建築士たちは、あのあたりに拠点を建てようとしていたはずですが……」
アイが指差す方向も黒々とした叢樹が波打ち地面すら見えない。常夜の裏世界では、捜索さえ困難を極める。
「せいやーーーーっ!」
船首に立ったトーカが快刀乱麻を断つが如く叢樹を斬る。わずかに生まれた空白地帯に、クチナシが全力で船体を捩じ込む。地図上では陸地にあたるはずだが、もはや木の海といった方がいい様相で、クチナシもお構いなしだ。
「ええい、邪魔だな。誰がこんな木を……」
『どの口が言いますか、どの口が!』
成り行きでここまで来てしまったウェイドもご立腹の様子。はやくレティたちを見つけないと……。
「レッジ、あそこ」
「おお、ミカゲ! 何か見つけたのか!」
艦橋の頂に立っていたミカゲが前方を指差す。クチナシがそれに合わせて探照灯を向けると、黒々とした木の海の真ん中に、こんもりと膨らんだところがあった。明らかに、何かを覆い隠さんとしている。
さすがはミカゲ、よく見ている。彼に感謝しながら、進路をそちらに向ける。
「クチナシ、行けるか?」
『あいあいさー!』
24基の大型ブルーブラストエンジンが全力で稼働する。船体そのものが、衝撃緩衝フィールドの薄い膜に包まれ、艦尾のジェット推進機がスカートを広げる。
「ウェイド、何か適当に掴まってろ」
『は? な、何が――』
『ゼロ!』
『うわーーーーーーっ!? カウントはせめてダウンしなさい!!!!』
クチナシの威勢のいい声と共に、巨大な船体が飛翔する。ジェット推進機が叢樹をバキバキと破壊し吹き飛ばし、その反動を受けて俺たちは空を飛ぶ。
ウェイドは悲鳴をあげ俺の足に蝉のようにしがみつき、シフォンたちも慣れた様子でそれぞれに船の柵や手すりに体を預けていた。
「お、あそこに何か見えるぞ!」
「砦、みたいだね」
上空からは、叢樹の盛り上がった部分がよく見えた。どうやらそこには、ドーナツ型に壁を構築した石垣と土壁の砦が築かれている。しかも驚いたことに、その屋根に登ろうとする叢樹の枝が次々と弾かれているのだ。
「すごい性能のテント――じゃないな、建築物か」
「流石は騎士団の建築士だねぇ」
『何を悠長に言ってるんですか! 落ち、落ちてますが!?』
滞空時間を秒数にすれば、三十秒にも満たないだろう。ウェイドがギリギリと万力のように俺の足を締め付けてくる。上昇から滑空、そして落下へと体勢を変えるクチナシに、盛大な悲鳴を上げていた。
「安心しろ、ウェイド。クチナシはSCSの中でも優秀で、精密な弾道予測計算も難なくこなすんだ。今回だって発射地点から目的地までの距離を精密に計測して、ちょうどあの建物には当たらないギリギリのところに安全に着地できるようにしている。――そうだろ、クチナシ」
『えっ?』
「えっ?」
自信たっぷりにクチナシの方を見る。可愛らしく小首を傾げて見せる彼女の、トレードマークの麦わら帽子が風を受けて傾いていた。
『うわーーーーーーーーっ!!!! 終わりです! おしまいです! 死んじゃいますぅううううううっ!』
「落ちつけウェイド! 管理者機体はこの程度じゃ壊れないだろ!」
『そういう問題じゃ無いでしょう!?』
また大騒ぎを始めるウェイドをなんとか落ち着かせようとするが、なかなかうまくいかない。そうこうしているうちに、船首はぐんぐんと地面――いや、円形砦の中心へ。クチナシの精密な操船によって、砦のど真ん中に飛び込んでいく。
「あ、ひえっ……」
シフォンが顔を青ざめさせているのを見て、流石にこれはまずいと思い直す。しかし、全長200m級のクチナシは、今からどうすることもできない。せめて、あの砦にいるレティたちが無事になるようにしなければ――。
「レティ! 聞こえているなら、今すぐ動きなさい!」
その時、船首に陣取るトーカが叫んだ。張り上げる声が響き渡り、砦へ。そして彼女は返事を待たず、妖冥華を構えた。
「彩花流、玖之型――」
狙う先は、砦のほうへ。
「『狂い彩花』ッ!!!!!」
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Tips
◇砲撃計算支援-クラスⅥ
調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ級SCSに標準的に搭載されている戦術支援システム。搭載した大型火砲の操作や、搭乗した調査開拓員の〈銃術〉スキルの支援を行う。
“砲撃計算支援Ⅵ”
効果範囲内の調査開拓員の〈銃術〉スキルテクニックの威力が30%上昇。照準精度が20%上昇。消費LPが10%減少する。計算リソースが不足している場合、上記の効果が減少する。
“う、撃って撃って撃ちまくりましょう……”――SCS-クチナシ-02
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