第1595話「謎めく城砦」
戦場建築士ふたりによって築き上げられたのは、頑丈な石積みの土台の上に分厚い土壁を用いて構成された円形の城砦だった。龍や蛇がとぐろを巻いているようにも見え、俯瞰すればドーナツ型となっていることが分かる。
巨大な半人半龍と化したイザナギも逃げ込めるだけの大きさがあり、門を閉じて防御を固めれば、白龍イザナギを飲み込んだ樹木の侵蝕も毅然として阻む。津波のように押し寄せる黒々とした木の枝も、どろりとした粘性を帯びた海水も、外壁の前には儚くも霧散する。
「す、すごい……。めちゃくちゃ頑丈じゃないですか!」
「どんだけ貴重物資を注ぎ込んだと思ってるんだ。土壁は現地のもんを使ったとはいえ」
全く揺らぐ様子さえ見えない城砦に、レティが驚嘆の声をあげる。一仕事終えて若干燃え尽きた様子のあるバベルが、地面に突き刺したスコップに身を預けながら言った。その隣では法王寺が城砦の中庭で身を投げ出して休んでいる。
「普段はテントばっかりだけど、本当の建築物になるとここまで立派になるのね」
黒樹は城砦を取り囲み、さらに土壁を這うようにして屋根を越えて中庭を目指そうとする。だが、その枝先が赤褐色の瓦に触れた瞬間、電流でも浴びたかのように弾け飛んだ。
レティはその様子を眺め、屋根に点々と等間隔で石像のようなものが並んでいることに気付く。枝が退けられるたび、その石像の目が赤く輝いているのだ。外形は犬のようにも見えるが、火の玉のような装飾が各所に施されている。
「バベルさん、あの石像はいったい?」
「吻獣ってやつだな。建物の守護をするもの……いわゆるシャチホコとかシーサーの親戚みたいなもの、らしい」
彼も詳しいことは知らないのか、手元に図面を取り出して確認しながら答える。とにかく、あの石像のおかげで無防備に見える上空からの侵入も阻まれているようだった。
「こんなのがあるなら、いくらでも作ればいいのに」
ようやく落ち着いたらしいLettyが、まだ少し青い顔をしながらつぶやく。そもそも〈黄濁の溟海〉には拠点が置けないという理由でイベントが始まったのだ。建築士によってこれほど強力な城砦が築けるのであれば、これを橋頭堡とすればいくらでもやりようはあるだろうという指摘だった。
「いやぁ、それは無理よ」
Lettyの言葉を一蹴したのは、こちらもようやく疲労困憊から抜け出したばかりの法王寺。彼女はスポーツドリンクのボトルを取り出すと、喉を鳴らして一気に飲み干す。
「この城砦はとにかく大量の土を使うから、陸地じゃないと建てられないし。そもそも、これの図面だって見つかったのは二日前とかなのよ」
「へぇ。じゃあ最新式の砦なんですね」
「オタクのおじさんがもっと頑張ってくれたら、私たちも楽だったんだけど」
「レッジさんが? どうしてですか?」
愚痴を吐き出す法王寺に、レティがきょとんとする。そんな彼女の反応に、法王寺も眉を顰めた。
「この城砦、
「へー」
「へー、じゃなくて。こんな高性能な建物の図面なんか書くの、レッジくらいのものでしょ」
理解しないわね、とやきもきする法王寺。しかしレティは怪訝な顔のままだ。さらに隣で聞いていたエイミーも参戦する。
「それは違うわよ。レッジは図面とか描かないし」
「はぁ? テントの流れで建築物の図面を描いて放り投げたんじゃないの?」
「そもそもレッジは技術より発想担当だから。そういうのを形にしてるのは大抵ネヴァよ」
レッジが次々と常識から外れたテントを生み出しているのは多くの者が知っている。だが、基本的にレッジは企画立案の担当で、それを実際にアイテム化しているのが、悪友のネヴァであることはさほど有名ではないらしい。というよりも、レッジのやることが派手すぎて、彼ならば図面くらい書けるだろうというイメージが先行しているのだ。
エイミーとレティに真正面から否定され、法王寺たちも困惑する。
「レッジさんがPDBに投げるのはプログラムとか暗号解読キーとかですからね。そっちもまあ問題にはなってるんですが」
ウェイドや情報保全検閲システムISCSの負担が上がっているのは事実なのだが、それは今は置いておく。
「そもそもあの人、最近は眠る男ってハンドルネーム使ってるような」
Lettyまでそんなことを言い、バベルは慌てて図面を確認する。だがしかし、どこを探してもそのようなサインは見つからない。
考えてみれば、名前からしてもレッジらしくはないのだ。むしろ、ブラックダークの気配を強く感じるが、発案者でないことは本人が主張している。
「じゃあ、誰がこれを作ったんだ……?」
バベルが恐ろしげに言う。不可解だった。最前線のイベントで、ボスクラスをはるかに超える強さを予感させる白龍イザナミを飲み込むほどの強大な樹木――おそらくは原始原生生物に匹敵するような異常な存在にも真っ向から抗うほどの堅固な建物。そんなものの図面ならば、たとえ高額の利用料を課したとしても飛ぶように売れるだろう。
それが、PDBのフリーデータのなかに埋もれていた。そんな奇特なことをするのは一人だけだろうと、誰もがそう考えていたのだが、それが否定されたのだ。
「不思議といえば、あの吻獣? もよく分からないわね。何で動いてるのよ?」
「さ、さあ……」
エイミーの指摘に誰も答えられない。屋根を越えようとする樹木をことごとく薙ぎ払う石像とは、よくよく考えればFPOの世界観では非常に異質だ。三術系の分野に隣接しているようなオカルティックな要素も考えられる。
『……この砦、少し、見覚えがある』
誰もが不穏な気配を感じ、静かに佇む城砦を見渡したその時。じっと黙っていたイザナギがぽつりと呟いた。
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Tips
◇吻獣
建物の屋根などに設置される聖なる守護獣を模した石像。あらゆる邪気や災難を払い、家とその家族を守ると言われている。
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