第1593話「復活を阻む黒龍」

 時刻は戻り、舞台は裏世界へ。


「『コンタクトガード』ッ!」

『くっ、全然攻撃が通らない……。エイミー、はやく諦めて』

「あいにく、私も案外しつこいのよ」


 黒い泥の大地で、半人半龍と化したイザナギがエイミーと激しくぶつかり合っていた。イザナギが繰り出す凄まじい攻撃を、エイミーは両手に装備した鋼鉄の拳で跳ね除ける。刹那の瞬間を的確に叩くシビアな防御で、即死攻撃を凌ぎ続けていた。


「全くもう、レッジたちも消しちゃって。おかげで大変なんだから」

『エイミーたちも送り返してあげるから、死んで』

「嫌よ。私はレッジに頼まれてるんだから」


 鋭く突き刺さる尻尾を弾き、即座に拳を繰り出す。イザナギはそれを危なげなく避けるが、両者の距離は大きく開いた。

 エイミーは構えを解かず、いつでもあらゆる攻撃に対応できるように意識を張り詰めている。イザナギにもその緊張感は伝わり、両者は均衡状態に陥った。


「一応言っておくけど、私のガード系スキルは十六種類。クールタイムは余裕があるし、あなたの攻撃は全部防げるわよ」

『集中力が切れたら、わからないよ』


 〈盾〉スキルによるガードテクニックのうち、エイミーが習得し実践レベルにまで熟練度も高められたものは十六種類。それぞれに対物理、対機術、対三術といった多少の違いはあれど、使い分けることでエイミーは常時ガードもできた。

 もちろんそれはエイミーが無駄なく常にジャストガードを成功させることを前提としているが、彼女であればその条件はあってないようなものだ。

 イザナギが大地を踏み締め、睨みつける。エイミーは臆することなく拳を握る。


「さあ、急いでくださいよ! エイミーが時間を稼いでいるうちに!」

「わ、分かってますよ! あんまり急かさないでください!」

「副団長よりスパルタだ……」

「なんか言いましたか?」

「いいえ!」


 エイミーの後方、溟海と黒土の汀ではレティの発破を受けながら、〈大鷲の騎士団〉の戦場建築士二名がスコップを振り回していた。

 屈強なタイプ-ゴーレムの男、バベル田中と、タイプ-ヒューマノイド、モデル-オニの女、法王寺アレクサンドリア=グレイス・シャイニーレインボー。二人は小舟に乗り込んだ直後に本隊と離れ離れになり、成り行きからレティの指揮下に入っていた。


「レッジさんならもう砦の一つや二つ建ててますよ。もうちょっと急いでください!」

「無茶言わんでくださいよ。おっさんのテントと違ってこっちは基礎から作ってるんです」


 遅々として進まない建設に、レティが無理難題を飛ばす。バベルが思わず悲鳴をあげて、スコップを振り回しながら叫んだ。

 フィールド上に建築物を構築するという意味ではレッジのテントも戦場建築士の建築物も共通している。しかしテントはあくまで簡易的なものであるのに対し、建築物は永続的な設置を前提としたものだ。

 当然、彼らは基礎からしっかりとしたものを作ろうとする。完成した際の耐久性はお墨付きだが、竣工には時間を要する。


「ていうかあのドラゴンちゃんはなんなの? もともと白鹿庵とこの子でしょ?」

「イザナギは別にウチの所属というわけではないですよ。まあ、仲がいいことは否定しませんが」

「なんで私たちがその内輪揉めに付き合う必要があるわけ?」

「これが内輪揉めに見えますか!?」


 しっかりと手は動かしつつ、ブーブーと抗議の声をあげる法王寺。レティが叫ぶと、彼女はカラカラと笑った。


「イザナギがなんでここにいるのかも、なんであんな姿をしているのかもよく分からないんですよ。だから、とりあえず話を聞かないといけないんです」

「向こうはそんなつもり毛頭なさそうだが……。って誰がハゲやねん!」

「誰も言ってないですよ……」


 一人で勝手にツッコミを入れるバベルを、女性陣が冷ややかな目で見る。妙なことを言ってないで手を動かせという無言の叱責に、禿頭の巨漢は肩を縮めて作業を再開した。


「それで、あとどれくらいで完成しそうですか? 正直、エイミーも限界はきてると思います」

「頑張ってるけど、あと三分は欲しいわね」

「長いですね……」


 エイミーは余裕ぶっているものの、実際は言葉通り無限にイザナギを封じられるわけではない。テクニックのクールタイムだけではなく、LPや装備の耐久値、空腹度、なによりSHIRATAMAの摂取など、考えなければならないことは多いのだ。

 それは法王寺たちも承知していて、建築を進めている。だが、間に合うかどうかは五分五分といったところだった。


「レティさん! エイミーが押されてる!」


 その時、前方を見つめていたLettyが叫ぶ。

 見ればイザナギが攻勢に出て、凄まじい連撃を繰り出していた。エイミーの防御手段を枯渇させるような熾烈な攻撃で、彼女の表情も苦しげだ。


「バベルさん、法王寺さん、ここは任せました。レティはちょっと出てきます!」

「頑張ってねー」


 すかさずレティは走り出す。手にしているのは愛用の巨大な鉄槌だ。それをぶんと振り回すだけで、周囲の黒い泥が抉れて飛び散る。純然たる質量の暴力を、彼女は暴れる龍に差し向ける。


「『黒雷衝打』ッ!」


 板を破るような激しい音と共に黒々とした稲妻が放たれる。黒雷衝打。それは防御の厚い強敵にも衝撃が浸透する、貫通力の高いテクニックだ。イザナギの厚い鱗に直撃したハンマーが爆ぜ、エネルギーが蹂躙する。


『レティも、どっかいって!』

「ええい、全然効きませんね!」


 しかし、イザナギは直撃を受けても涼しい顔だ。頑なに姿勢を曲げない少女の、再三にわたる要求に、レティが眉尻をあげる。

 イザナギは控えめに言って圧倒的だ。その攻撃はエイミーがジャストガードで無効化しなければ生半可な防御力など易々と貫通して即死させてくる。その防御力は破壊力特化のレティでさえ破ることは難しい。シンプルに攻守のレベルが高かった。


『はやく、どっかいって! じゃないと、アレが来ちゃう』

「ようやく何か言いましたね。アレってなんですか!」

『っ!』


 露骨に「喋りすぎた」と言いたげなイザナギ。レティは絶対に聞き逃さないと耳を立てて見せつける。全て吐けとハンマーを突きつける彼女に、イザナギはついに観念した。


『……ここは、生死の狭間。レティたちがここにいると、彼女が来てしまう』

「彼女ってなんですか。具体的に話してください」

『…………』


 それでも懊悩するイザナギ。レティは耳をぴんと立てて迫る。


『……白龍イザナミ。彼女が、復活してしまう』


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Tips

◇スコップ

 フィールド上での建築工事に使用される道具。地面を掘り、基礎を作ることができる。塹壕を掘ることもできる。叩いてよし、突いてよし、鍋にしてよしの万能道具と言い張る者もいる。


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