第1592話「枯れ果てる雪」
海に落ちた一粒の種子は、瞬く間に萌芽し成長を始める。多少塩分濃度が高い程度のもの、それが何ら動じるはずもない。灼熱にも激雷にも、あらゆる天変地異に耐え、凌駕し、飲み込んできたのだから。
芽は蔓となり、蔓は剣となる。
瞬く間に生長を果たしたそれは、黒々とした幹を伸ばし、鋭い枝先でウナギを貫いた。
『――――――――ッ!!!』
ウナギの絶叫は海原に響き渡ることはない。静寂のなか、それは展開されていく。
木の生長は止まらず、さらに枝を伸ばしていく。次々と分かれ、突き刺さり、深々と。叢樹の名が相応しく、互いに入り混じりながらより強固になっていく。海を吸い上げ、根の張れぬ水中に根を伸ばし、急激に。
周囲の船は次々と逃げていく。巻き込まれた船に枝が貫通し、スクラッパーに呑まれるように砕けていく。船尾をパージしながら、間一髪のところで危機を脱していた。
そして――。
「――げろ逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
「おっさんバーカバーカ! やっていいことと悪いことがあるぞ! ハゲ!」
「おい、もう静寂の楽曲終わってる!」
「おっさんかっこいいーーーーー!!!」
四分三十三秒が終了する。
世界が音を、彩りを取り戻す。
あちこちで調査開拓たちが大声をあげ、一気に賑わいを取り戻していた。
「おじちゃーーーーーんっっっっっ!? 何やってんの!!!!」
「何って、攻撃支援だが?」
「味方に被害出してどうするの! はえぁあああっ!?」
空中を飛び回っていたシフォンがそんなことを言う。とはいえ、テクニックも使えない状況ではこれが最善だと考えたのだ。実際、“戒める牙針の叢樹”によってウナギは身動きを封じられ、アストラはタイに集中することができている。そのタイの方にも叢樹の枝は伸び、ズタズタと傷を与えていた。
原始原生生物“戒める牙針の叢樹”。これまで使ってきた種瓶の植物とは違い、希釈されていない原液そのものだ。実際、その生命力は強靭で、影響力は凄まじい。それはかつて、極まった生態系を破壊し、更地に戻すために使用されたという。あらゆるものに無差別に襲いかかり、破壊する。栄華を砕き、無秩序を取り戻す。混沌の体現者だ。
「とにかく、どうやって治めるつもりなの! このまま放置とか許さないからね!」
シフォンが今回ばかりはマジギレの様子で叫んでくる。
もちろん、俺だって考えなしに原始原生生物を投じたわけではない。ここ最近、ちゃんと責任というものを弁えてきたのだ。
俺はあちこちで景気良く蹂躙をし始めている叢樹を見据えながら、さっきから鬼のコールを飛ばしてきている相手に向かって連絡をした。
「ウェイド、アレを頼む」
『ふざけてんですかこのバカレッジ!!!!!!!』
あれぇ?
ここは以心伝心のコンビネーションで華麗に事態を収束させる流れでは。なぜ俺は怒られているのだろう。
「あの、ウェイド? とりあえずアレを――」
『まずは説教、次も説教ですよこの愚か者! いつの間に種子を盗んだんですか! というか何を軽率に芽吹かせてるんですか! 死にたいんですか!? 死ぬんですか!? 死ね!!!!』
「お、おい――」
叢樹は元気に蹂躙の範囲を広げている。生長すればするほど勢いは増し、周辺一体を見境なく襲い始める。周囲の船も次々と回避に全力を傾け、必死に逃げ回っている。
は、早くしないと流石に取り返しのつかないことになるのだが。
「ウェイド!」
『うるせえええええええええ!!!!!!! 頭を枝に貫かれて死になさい!』
「ごめんってウェイド! 謝るから! 何でもするから!」
『〜〜〜〜〜〜〜!!!! ああああああああっ!』
耳をつんざくような絶叫の後、彼女がついに動き出す。
〈塩蜥蜴の干潟〉にある本部に駐している彼女の指示で、スタンバイしていた警備NPCたちが所定のプロトコルを実行し始めた。
カタパルト発進で〈プロメテウス工業〉のシューティングスターが次々と飛ばされ、こちらへやってくる。音速を超えた勢いで飛来したそれは、そのまま上空で爆散。無人化が施されているため被害はない。その代わり、腹の格納庫に満載していた薬剤が散布される。
『強力な除草剤が散布されます。調査開拓員各位は大量に吸い込まないように気をつけてください。繰り返します――』
ついでにアナウンスが鳴り響き、調査開拓員たちが右往左往してガスマスクを装着したり呼吸を止めたりと対策をする。はらはらと雪のように降ってくるのは、微量で森を枯死させるほどの強力な除草剤。ウェイドの研究所でヨモギたちと一緒に開発したものだ。
灼熱や電撃にも耐える叢樹であっても、現代の技術によって作られた枯死剤にはかなわない。雪が触れたところから黒いシミのようなものが広がり、少しずつ生長の速度も鈍っていく。
「ふははは! どんなもんだ! 現代科学は世界一ってな!」
急激に萎れていく叢樹を眺めながら勝ち誇る。
俺の機転によって、この窮地も一件落着となったのだ。
━━━━━
Tips
◇強力枯死剤“スノウホワイト”
〈植物型原始原生生物管理研究所〉にて開発された、対原始原生生物用枯死剤。生長メカニズムに直接作用し、その活動を阻害する。これにより万が一原始原生生物が萌芽した場合にも、初期状態の場合に限り対処することが可能となる。
“保険は大事だろ?”――開発者〈眠る男〉
“保険をかけなければならない事態が異常なんですよ!”――管理者ウェイド
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