第1591話「参戦の種子」
アイによる『沈黙の楽曲』が始まった。およそ4分半にわたって、世界は静寂に包まれる。そこでいち早く動き出したのはトーカ、シフォン、ラクト。――いや、それよりも早く状況に対応した者がいる。
“やあ、レッジさん。やはり戻ってきてくれましたね。信じてましたよ。”
トーカとシフォンがホロウフィッシュに攻撃を繰り出している最中、こちらにメッセージが飛んできた。差出人は、今も激戦の渦中にいるはずの騎士団長アストラだ。わざわざ悠長にメッセージを打ち込んでいる暇があるのかと驚いて周囲を見渡すと、海域の中でもひときわ激しい戦いが繰り広げられている場所に彼がいた。
アストラは海上で八面六臂の戦いを展開していた。手に光り輝く聖剣を持ち、白神獣の仔アーサーと共に三体のホロウフィッシュを相手取っている。
(あいかわらず、ぶっ飛んだ戦い方をしてるなぁ)
口には出せずとも呆れはする。どう考えても他人にメッセージを送る余裕などなさそうな青年は、まるで背中にも目がついているのかと思うような戦い方をしていた。聖剣を投げ、相手に突き刺したところで刃に足を乗せ、跳躍しながら剣を取り返す。海上というあまりにも不利な地形もなんら枷にはならず、彼は飛ぶように絶え間なく剣戟を繰り出していた。
ホロウフィッシュもただ呆然と突っ立っているわけではない。なんとかアストラを沈めようとあの手この手で攻撃を繰り出しているが、彼がそのことごとくを紙一重で躱しているのだ。
“レッジさん、解析の結果なんすけど副団長が歌ってるので共有しときます。裏世界で見た時のチグハグさがなくなってて、なんというか存在として固定された感じが強いっすね”
バチバチと一秒に五回くらいの連撃を叩き込み続けているアストラを見ていると、二番艦の解析班からこちらへ連絡が来る。アイが演奏を止められないため、なぜかこっちにお鉢が回ってきたらしい。
彼らの優秀な鑑定によれば、カニは本当にカニだし、ウナギやタイも同様だ。実はサメの姿をしているとか、そういった相違が綺麗さっぱり消え去っている。それと同時に、ステータスの上昇や異常な能力は、やはり全て裏世界で受けたバフの計算結果と一致していた。
何より驚きなのは、あの雨のように飛ばされていたバフの全てを解析班が全て確認していたことかもしれない。
“ありがとう。裏世界では存在が曖昧だったものが、表に産まれたことで確定したんだろうな”
“今回は物理攻撃なんかも普通に通用してるみたいっすから、第一戦闘班もやる気出してますよ。おっさんもやっちゃってください!”
“俺は非戦闘員なんだが”
最後の返信はなぜか帰ってこなかった。
とはいえ、攻撃と支援の効果が逆転する異変が解消されたのは大きい。やはり餅は餅屋、攻撃は戦闘職なのだ。特に『沈黙の楽曲』の効果中は、彼らの力が頼りになる。
“シフォン、あと二分くらいで一匹倒せるか?”
“むrぽ1”
うーん、シフォンはあまり余裕がなさそうだ。せめてエイミーがいれば事情も変わったのだろうが。
“アストラ、とりあえず一体倒してくれ。もう一体は俺が受け持とう”
“わかりました。では、こっちのタイはなんとかしますので、レッジさんはウナギの方をよろしくお願いします。攻撃手段としては締め付けが一番威力が高いですが、予備動作も大きいので気をつけていれば避けられると思います。それよりも表面がぬるぬるしていて攻撃が通りづらいので、そこをどうにかする方がいいと思います”
本当に二体同時に対処しているのか? 一瞬でめちゃくちゃ長文が返ってきたんだが。
いくらボスとの戦闘中にチャット入力するのが古のオンラインゲームプレイヤーの嗜みとはいえ、彼もそんな歳ではないはず。相変わらずすごい青年だ。
はてさて、それよりも言ってしまったからには動かないわけにはいかない。俺は重い腰をあげ、ウナギを見据える。しかしラクトにテントを貸しているため、クチナシから離れるわけにもいかない。
テクニックも使えないなか、どうやってあの巨大な化け物を抑えるか。
“各位に業務連絡。今からタネを蒔くので、気をつけてください”
俺はメッセージを打ち込み、一斉送信。この場にいる全員の宛先を知っているわけではないが、とりあえず騎士団の幹部級に通達できれば、あとは勝手に転送してくれるだろう。
実際、送った直後から次々と船が離れていく。
その様子を見ながら、俺は海に向かって種を投げる。種瓶ではない。『強制萌芽』が封じられているため、あれも今は使えない。だから、今回は特別だ。
(原始原生生物、“戒める牙針の叢樹”)
千年の渇きを超えて、一粒の種子が産声を上げる。
━━━━━
『はぁ、ウェイドがいない間の留守番は面倒だと思いましたが、あの男もいないのであれば平和そのものですね』
地上前衛拠点シード02-スサノオ。その中央制御区域に置かれる重要施設〈植物型原始原生生物管理研究所〉。ドーナツ型の階層が地下深くに連なり、厳重な警備体制が敷かれる施設の内部を、ぺたぺたと歩く少女がいた。
彼女は管理責任者のウェイドと共に施設の運営を行う管理者にして、第零期先行調査開拓団の一員でもあった元コシュア=エタグノイ。現在の名前はコノハナサクヤとして知られる少女である。原始原生生物に対して多くの知識を有する彼女は、この施設のアドバイザーとして働いていた。
しかし、今は第9回〈特殊開拓司令;月海の水渡り〉の開催中で、ウェイドも様々なトラブルの元凶である男もいない。そもそも研究所内に人の気配がなく、コノハナサクヤも留守を守りつつ、すこし退屈な時間を過ごしていた。
『ふぁあ……。カフェテリアでコーヒーでも飲みましょうか』
定時の点検も終えて、いよいよやることがなくなったと困るコノハナサクヤ。この研究所の一階にはカフェテリアが併設され、そこでは美味しいオーガニックコーヒーが供されることを思い出す。
普段はそういったものを嗜まない彼女だが、たまには羽を伸ばすのも良かろうと思い直す。ついでにケーキでも付けちゃおうかな、などと足取りも軽くエレベーターへと歩き出した彼女は――、
『……うん?』
ふと視界の端にちらりと映った一瞬の違和感がひっかかる。警備体制は万全で、各種センサーも異常を知らせていない。目視の確認もしっかりと行った。しかし、一瞬、ほんの一瞬だけ何かが引っかかったのだ。
こういう時はできるだけその違和感に従った方がいい。これまでの経験からそう学んだコノハナサクヤは、ずらりと並ぶ収容室の窓を一つ一つ覗き込む。そして、小さな種子が一つだけ保管されている部屋の前に立った。
『……あ、え?』
そこに収容されているのは、つい最近押収――容疑者は畑で見つかったと供述している――された原始原生生物だ。そもそも畑で原始原生生物が見つかるかと蹴り飛ばしたくなる発見経緯だが、それはまあいい。問題なのは、その種が非常に危険な性質を持つことだ。
そもそも原始原生生物というものは、第零期先行調査開拓団が居住に適さない惑星イザナミの環境を強引に改変させるために蒔いた“生命の種”に起源する。環境を、気候を、地形を歪めるほどの力を帯びたそれが、危険なはずもない。
なぜあの男がそんなものをホイホイと見つけるのか、これも最大の謎なのであるが。ともかく。
『ああああああーーーーーーーーーーーーーっっっ!!?!?!?!?!?』
研究室内に響き渡る絶叫。躊躇なく押される非常ボタン。
絶対に持ち出されてはまずい種子が保管されていたはずの収容室には、“ちょっと借ります”のメモだけが残されていた。
━━━━━
Tips
◇戒める牙針の叢樹
現在は滅びた原初原生生物。第零期先行調査開拓団によって蒔かれた“生命の種”から生まれた初期の原生生物。
凄まじい生命力を宿し、乾いた種子の一粒に一滴水を与えるだけでも急激な生長を始める。“昊喰らう紅蓮の翼花”や“剛雷轟く霹靂王花”など、かつて地上を席巻した多くの原始原生生物を枯らし、その栄華を終焉へともたらしてきた時代の調停者。
今はもう、使われることはない。
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