第1590話「お静かに」

「ひ、ひいいいい! 耳が痛いよう!」


 戦闘状態に入った〈大鷲の騎士団〉のクチナシ級二番艦。その戦い方は味方を巻き込むことも厭わない熾烈な砲撃だった。甲板にずらりと並んだミサイルセルから次々と特大のミサイルが飛び出し、空中で向きを変えながら至近距離に落下する。高い水飛沫が爆風と爆炎を渦巻いて広げ、俺たちの船にも凄まじい衝撃を伝えてきた。

 中でもその被害をもろに受けたのは、聴覚の鋭いタイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビットたちである。レティたちがここにいれば、彼女達も長い耳を抑えてうずくまっていたことだろう。


「隊長! 止まれ! 味方からのヘイトが溜まってるって!」

「ああもうあの爆弾魔を誰か抑えろ!」

「クソデカいミサイルランチャーぶん回す幼女とか一番始末に終えないんだよ」


 当然ながらこれらは世に名高い〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班がとち狂った結果というわけではない。彼らも彼らで爆音の被害を受けているし、独断でミサイルを連射しつづけている犯人であるSCS-クチナシ-02、隊長を捕まえようと奔走している。


『ふふっ! うぇへへへっ! どかーん!』

「どかーん! じゃないわ! こらっ、止まりなさい!」


 さっきまでは大人しく、むしろ気弱そうなところもあるように見えた隊長が、戦闘が始まった瞬間に人が変わったように元気になっている。艦船のシステム全てを掌握している彼女は、弾薬庫に積み込んでいたミサイルを景気よくぶっ放す。

 そもそもミサイルというのは、戦闘スキルを持たない調査開拓員でも一定のダメージを与えられるような爆弾系のアイテムで、威力があるぶん費用が嵩む。しかも隊長が次々解き放っているものは通常よりもかなり大きい。爆炎も爆風も凄まじく、威力は桁違いだろう。

 さすがは騎士団、羽振りがいいな。などと思っていたのだが、会計班っぽい非戦闘員が甲板にまで出てきて隊長を叱責しているところを見るに、どうやらそういうわけでもないらしい。


「う、うぷっ。音がうるさすぎてちょっと酔ってきた……」

「大丈夫か、レティ。テントで横になっててもいいぞ」

「俺がデートに連れてってやる!? ちょ、こんな時に何言ってるの!」


 調子が悪そうなラクトに声をかけたのだが、彼女は何やら顔を赤くしてもじもじし始める。とにかく音がうるさすぎて、至近距離にいても会話が通じないのだ。

 おかげで指揮系統にも乱れが出始め、周囲の艦隊の動きが乱れてくる。カニたちは相変わらず暴れているし、このまま下手をすれば瓦解しかねない。


「――――――――――――――――――――――――!」

「!?」

「! …………!!」


 その時だった。突然、全ての音が掻き消え静寂が訪れる。

 ついに聴覚センサーが壊れたかと驚くが、ステータスに異常はみられない。どうやr周囲の調査開拓員達もいっさいの音を感じられなくなっているらしい。隊長が不思議そうな顔をして、その隙に会計班の女の子に捕縛されていた。

 このあらゆる音が掻き消える無音の世界。覚えがある。


「!」


 やはりそれは、〈大鷲の騎士団〉副団長、アイの歌唱によるものだった。

 彼女は甲板に楽団を揃え、彼らと共にひとつの曲を奏でていた。それは、現実世界でも有名な曲をモチーフにしたもの。周囲の音の全てを消し去り、強制的な静寂をもたらすもの。

 これによって安穏が訪れるが、致命的なデメリットも存在する。


“トーカ、『静寂の楽曲』はだいたい4分半だ!”


 険しい顔で騒音に耐えていたトーカの肩を叩いて振り向かせ、メモ帳を開いて文章をタイプする。そこに書かれたものを見て、彼女も理解したようだ。


“W A K S R I M A S H I T A .”


 キーボードをぽちぽちと叩いて、顔を上げたトーカはあっと口を開く。慌ててデリートキーを連打して、全てを消して入力モードを……。


“いいから早く!”


 わ、分かりました! と言ってそうな顔で、トーカは急いで動き出す。彼女は近くで白い顔をして倒れていたシフォンを起こし、大太刀を握る。周囲の状況を見たシフォンは困惑の表情を浮かべていたが、トーカの瞳を見て全てを理解したようだ。

 活力と戦意を漲らせ、二人が船を跳ぶ。


“クチナシ、艦載兵器でトーカたちの支援を。この状況じゃ、テクニックもアーツも使えない”

“了解”


 クチナシにもメッセージを送り、支援を要請する。

 アイの奏でる『沈黙の楽曲』は騒音を中和したが、逆に俺たちも音を発することができず“発声”や詠唱が必須となるテクニックとアーツが全面的に使用できなくなる。

 この状況で戦える人員は、非常に限られていると言っていいだろう。


「――ッ!」


 トーカの太刀が、赤い斬撃を走らせる。それは、カニの爪を鋭き弾き、さらに直進し、喉元の甲殻に亀裂を走らせた。


「〜〜〜〜ッ!!」


 白い毛玉となって鞠のように弾むシフォンが、ウナギの攻撃を軽やかに弾く。

 トーカは抜刀術が目立つものの、もともとの剣術が非常に卓越している。スキルに頼らない戦闘でも破格の強さを誇り、怪獣たちと互角のやりとりをしていた。

 またシフォンの得意技であるパリィはいわゆるテクニックではない。あくまで敵の攻撃に対して的確なタイミングで弾きを繰り出す技術だ。


“ラクト、頼んだぞ”

“任せてよ”


 ただし、トーカは足場がなければ海上で戦えない。シフォンは機術製の武器を使い捨てる独特の戦闘スタイルだ。二人もまた、音を発せられなければ十全には戦えない。そんな彼女達を支援するのは、この場において唯一アーツを使える少女だ。


“思念操作だと出力と精度はかなり落ちるけど、そのぶんばら撒くから。LPの回復はよろしくね”


 詠唱と思念による同時複数のアーツ発動を達成した神秘の申し子、ラクトである。

 口を封じられてなお、彼女の氷は熾烈だ。船の周囲に次々と巨大な氷塊が生成され、トーカはそれを足場にして走る。さらに雨のように降り注ぐ氷の破片が簡素ながらも短剣の形を取り、それを掴んだシフォンが次々とパリィを決めていた。

 支援機術師の回復も期待できないなか、膨大なLPを凄まじい速度で消費していくラクト。そんな彼女を回復しているのは俺のテントだ。とはいえ、もともと見張りのシフォン用に用意したものでそれほど回復力も高くない。――そこで。


“えいっ! えいっ!”

“ヨモギ!!!!!!!!!”


 彼女の背中目掛けて、ヨモギがぽいぽいと薬を投げつけている。〈調剤〉スキルを持つ彼女が使えば、アンプルでもかなりの回復力になるのだ。おかげでラクトの背中は緑色に染まっているが、こればかりはしかたない。

 『静寂の楽曲』が終演するまでに、状況を変える必要があった。


━━━━━

Tips

◇〈調剤〉スキルのアンプル効力ボーナス

 〈調剤〉スキルのレベルに応じて、薬効にボーナスが発生する薬品が存在します。代表的なものはLP回復アンプルで、スキルレベル0の調査開拓員とスキルレベル50の調査開拓員で比較したばあい、おおよそ1.2倍程度の違いが現れます。

 回復力に困った時は、ぜひ〈調剤〉スキルの研鑽を検討してみましょう。


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