第1584話「アンプル」
釣り上げられた魚、いや蟹、もしくは鮫。その名を“ホロウフィッシュ”という奇妙な生物が、宙を舞い甲板に落ちてくる。〈釣り〉スキルの影響により、釣り上げられた獲物はHPが2割ほど削られた状態だ。しかし、その海洋生物の頭上に表示されたHPバーは、すでに回復を始めている。
正体は分からないが、倒せる。倒せるが、相当に強い。そして何より――。
「レティ!」
「任せてください! うぉおおおおおおっ!」
この謎の魚は、幽霊ではない。
体は明瞭に視認でき、輪郭が歪んでいることもない。これは間違いなく今この場に存在しているもの――歴とした生き物だ。であるならば、彼女が臆するはずもない。
俺が呼びかけるよりも早く、彼女は走り始めていた。ハンマーを握り、一直線に。船縁に足をかけ、高く跳躍する。一瞬にして肉薄する。
「ぶっ飛べぇええええっ!!」
『コォオオオンッ!?』
振り抜いたハンマーがホロウフィッシュの眉間を叩く。ハンマーヘッドが甲殻を砕き、その衝撃を深部にまで浸透させる。
幸にして当たり判定は見た目通りのものがあるらしい。
「まだ終わらないわよ。レティさんの意思は私が受け継ぐんだから!」
更に、落ちてきたホロウフィッシュは再び強く打ち上げられる。甲板で待ち構えていたLettyはレティと全く同じ動きを繰り返し、モジュール〈連理〉の力によって威力を増大させていた。
結果、ホロウフィッシュは再び、更に高く飛んだ。
「ええい、〈白鹿庵〉だけに活躍させてどうするんですか。あれを釣り上げたのは
「そういうクリスティーナさんが動いてないじゃないですか」
「こんな狭いところで伝令兵が戦えるか!」
今度こそ落ちてくるホロウフィッシュに、騎士団からも猛烈な攻撃が。さすがは第一戦闘班、突然の事態にも拘らず行動は迅速だ。そして彼らの攻撃の一つ一つが非常に強く、的確だった。
「シーフードは新鮮なうちに凍らせておかないとねえ。――『打ち砕かれる極冷の凍結』」
ラクトのアーツが発動し、ホロウフィッシュが凍り付く。そこへすかさず、大剣を携えた騎士団が破壊力に特化した斬撃を繰り出す。シナジーを重ねながら、即興で連携を重ねていく様は、見ているだけでも爽快だ。
「いくらなんでも硬すぎるだろ!」
「まだ倒れないのか。HPが多すぎる!」
だが、ホロウフィッシュは耐えている。無数の攻撃を一方的に受けながら、長いHPバーはまだ半分も削れていない。三度の米より飯が寿司が釣り上げた際のダメージボーナスの二割が、非常に大きかったことを思い知らされる。
やはりイベントフィールドのエネミーは強い。これがボスエネミーでもなさそうなところが、余計に空恐ろしい。
「これは、純粋に体力が多いとか、防御力が高いだけではなさそうですね」
「何か分かったのか、アイ」
戦況を一歩引いたところから見ていたアイがぼそりと呟く。
「確信があるわけではないのですが、なんとなくそんな気がするというか。敵の弱点属性をうまく突けていないような感覚があるんです」
「なるほど。アイが言うなら説得力もあるな」
「わ、わたしそんなにゲーマーっぽいですか?」
アイが不安そうな顔をするが、そう言う意味ではない。俺自身が、彼女の感覚を信頼しているということだ。
しかし、レティたち〈白鹿庵〉と〈大鷲の騎士団〉の共同戦線で、ほとんど全ての属性攻撃が出切っている。これだけの猛攻の中で有効打が見つからないということがあるのだろうか。
「うーん……。ヨモギ、今ちょっといいか?」
「なんでしょうか師匠!」
少し確かめてみたいことができて、ヨモギを呼ぶ。戦闘に参加していたはずの彼女は、俺の声に素早く反応し、こちらへ駆け寄ってきた。
「回復アンプルをアレに向かって投げてみてくれないか」
「アンプルですか? それはまあ、別にいいですけど」
不思議そうな顔をするヨモギ。アンプルは味方に投げつけることで、そのLPを回復させるという使い方もできる。とはいえ、敵性存在に投げたところで、そのような効果が現れるはずもなく、逆にHPが回復することもない。
それでもヨモギはすぐに手製のLP回復アンプルを用意すると、ホロウフィッシュに向かって走っていった。〈投擲〉スキルを持たない彼女では、できるだけ近づかないと狙いを外す可能性もある。
「いきますよ! せぇいっ!」
溌剌と声をあげ、一擲。
投げられた細いガラス瓶のアンプルはくるくると縦回転しながら飛び、甲板で暴れるホロウフィッシュに当たる。本来ならば、それで何かが起きるわけではないはず。だが……。
『コァアアアアアアアッ!!!』
「うわーーーっ!? なんかすごいダメージが入ったぞ!?」
薬液が触れた瞬間、ホロウフィッシュが大きな声をあげて悶絶する。足元にいた調査開拓員たちが驚いて飛び退くほどの慌てぶりで、HPもかなりごっそりと削れた。
それはまさしく、戦闘の勝利に向けた糸口だった。
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Tips
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