第1571話「月海に挑め」

 レペルロブスターのエビ肉を満載にしたコンテナをしもふりに積み込み、〈エウルブギュギュアの献花台〉へと戻る。聳え立つ塔の足元はすっかり整備され、多くのコンテナが積み上げられた巨大な集積地へと変貌していた。きたる第9回イベントに向けて、〈ナキサワメ〉から大型のコンテナ船が次々と押し寄せ、〈エミシ〉からも大量の物資が運び込まれているのだ。

 モノが集まればヒトもやって来る。ヒトが集まればカネも押し寄せる。そんなわけで集積地では商売も盛んに行われている。


「レペルロブスターのお肉も、この品質ならかなりの高値が付きそうですね」

「そのために丁寧に解体したわけだからな。さくっと売って、T-1の告知を待つとしよう」


 集積地の中央にある広場では出品者が自らマイクを持って商品を売り込むオークションも開かれている。とはいえ、手間も時間もかかるそれよりも、専門の商人に売る方が負担は少ない。

 俺たちはコンテナの間をすり抜けて、商人たちが露店を並べるエリアへと向かった。

 色とりどりの旗を掲げた店が軒を連ね、ここだけでも耳が痺れるほどの活気がある。混沌とした場所ではあるが、混沌としているなりの秩序もある。取り扱う商品ごとに店が固まり、食品や食材、薬や毒を売るエリアもある程度決まっていた。


「おっさん、レペルロブスターの大物が入ったんだろ。勉強させてもらうよ!」

「おっと、エビならウチに任せてくれ!」

「耳の早いことで。さて、どこにするかな」


 俺たち、というかレティたちがレペルロブスターと格闘していたことが、もう周知の事実となっている。情報は商売の基本とはいえ、さすがに最前線のフィールドにまで出てくる豪商たちは敏腕だ。

 正直、誰に売ってもそれなりの値段は付けてくれるだろうが……。


『くんくん。これは美味しそうな匂い! じゅるり……』

「あのなあ、お嬢ちゃん。とりあえず金がねぇと売れねぇんだわ」


 露店を眺めていると、周囲の人混みから文字通り頭ひとつ抜けて見える姿が。何やら食べ物を売る露店の前で物欲しげな目をしているが、金は持っていないらしく店主も困り果てている。


「こんなところで何やってるんだ、トヨタマ」

『あっ、パパ!』


 思わず声をかけると、その少女は勢いよく振り返る。パタパタと背中の翼をはばたかせ、頭上にはきらりと輝く光輪を浮かべて。

 支払い手段を持っていないのも無理はない。彼女は調査開拓員ではなく、また調査開拓用機械人形でもない。現在のところは重要参考人とされているはずの少女――トヨタマだった。

 彼女が熱心に見ていたのは、エビを串に刺して焼いたものだった。タレの入った壺の中に浸けながら焼くという、見た目も匂いも魅力的な串焼きだ。


『ママに待ってなさいって言われたんだけど、良い匂いがしてて、気がついたらここにいたんだ。これ、美味しそうなの!』

「そりゃあそうだろうが……。ナチュラルに迷子になってるな」


 彼女がママと呼ぶのはT-3のこと。T-1と共に指揮官として調査開拓団を率いる少女で、今回はこの集積地までやってきているらしい。というか、T-3の言いつけをさらりと破っているあたり、トヨタマも自由人だ。このあたりは仲良しのミートと似ているのだろうか。


「あれ、トヨタマさん!? どうしてここに」

『あ、ウサギのヒト!』

「レティです!」


 追いついたレティもトヨタマに気がつく。トヨタマは名前を覚えきれていないようで、大抵の人はその特徴で呼んでいる。ウサギのヒトだとウチにもう一人いるのだが。


「トヨタマ、私のことはわかる?」

『えっと、ウサギのヒト?』

「そう! レティさんと同じウサギのヒトだよー!」


 本人は割と気に入っている様子なので、まあ良しとしよう。


「おっさん。父親なら娘のことはどうにかしてくれよ」

「俺に言われてもなぁ」

「商品全部買ってくれても良いんだぜ」

「だからさっきから次々新しいのを焼き始めてたんだな」


 全く抜け目のない店主を睨みつつ、しかしどうするべきかと思案する。別に屋台の商品を全て買い占めることもできないわけではないが、レティが怒りそうだしな……。


「よし、じゃあレペルロブスターの肉で同じものを作ってくれ」

「ええっ!? そりゃ、ちょっと豪勢すぎないか?」

「トヨタマが食べるならそれくらいはいるだろ。余ったらそっちに譲るから」


 しもふりを呼び寄せ、コンテナの中身を店主に全て譲る。トヨタマもミートに負けず劣らずの食いしん坊だからな。普通のエビ串より、レペルロブスターくらいの大物の方がいいだろう。

 店主としても悪い取引ではないだろう。瞠目しながらも早速焼き始めてくれる。


「良い匂いですねぇ。レティにも10本頂けますか?」

「おお? あいよっ!」


 それに、普通の串はウチの食いしん坊が食べるだろうしな。

 レペルロブスターの串焼きが、香ばしい醤油の匂いを広げる。レティがエビ串を頬張る。それは強力な宣伝にもなったようで、露店の周りはにわかに人が集まり始める。トヨタマの姿もよく目立つからだろう。


「あいよっ! 特大エビ串、いっちょう!」

『わーーーっ! ありがとうございます!』


 巨大なエビ串が焼けた時には、トヨタマの歓声と同時に周囲から拍手まで沸き上がるほどだった。

 トヨタマは早速、大きく口を開けてエビ串にかぶりつく。そしてその芳醇な旨味とプリプリした弾力に身を震わせた。

 集積地の中央から高らかなファンファーレが上がったのは、ちょうどその時のことだった。


『皆のもの、よく揃ったのう! これより重大な告知をするから、よく聞くのじゃ!』

『あと、トヨタマは早く帰ってきなさい!』


 どうやらオークションが一段落し、その舞台にT-1たちが上がったらしい。T-3の声も聞こえる。トヨタマ本人は食べるのに夢中で気づいていないようだが。

 だが、指揮官の一声で、集積地は驚くほど静まり返った。皆、期待に胸を膨らませ、ステージの方へ耳を傾けている。


『まずは、先のスイーツコンペの結果、高効率携行食が開発され、その量産もできたのじゃ。まずはその紹介からしよう』


 ステージの上空に巨大な立体ホログラムが投影される。そこに映し出されたのはT-1の意気揚々とした横顔だ。彼女は朗らかな口ぶりで、懐からそれを取り出す。


『刮目せよ! これがコンペの末に開発された、正式採用版高効率携行食。その名も――“SHIRATAMA”じゃ!』


 掲げられたるは純白の玉。月見団子よろしく三方に山と盛られ、輝きさえ帯びている。おそらくはモチモチとした食感なのだろう。

 その姿を見た途端、口の中にあの濃厚な甘味が蘇ってくる。


『この先の海を渡るにあたり、お主らの生命線となるのがこのSHIRATAMAである。配給制ではあるが、その数は各々の実績に応じる。これを食べて、海の向こうを目指すのじゃ!』


 どよめく聴衆を鼓舞するように、T-1は叫ぶ。彼女はSHIRATAMAの一つを手に取り、口に運んだ。それを咀嚼し、飲み込んだ瞬間、ホログラムの像にも変化が現れるほど、彼女の生気とでも言うべきものが膨れ上がった。


『うおおおおっ! このように、SHIRATAMAを一つ含めば凄まじい力が沸き上がるのじゃ! ――T-2、この力のメカニズムは?』

『……今の所は不明です』

『えっ、あー……。とにかく!』


 どうやら後ろにはT-2もいたらしい。彼女の一言で聴衆のどよめきの種類が変わったが。


『これより、海を越えるための大規模作戦――第9回〈特殊開拓指令;月海の水渡り〉を開始するのじゃ!』


━━━━━

Tips

◇SHIRATAMA

 高効率携行食。食べることで活力が湧き出し、活発な活動が可能となる。特殊な原料と特殊な製法を必要とするため、量産にはコストがかかる。

“しらたま。しらたま。しらたま。”


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