第1570話「海老稲荷寿司」
フィールドも第三開拓領域ともなれば、そこに生息する原生生物たちのレベルもぐっと高くなる。饑渇のヴァーリテインが霞むような大物が、ボスでもなく当たり前のようにそのあたりを闊歩しているのだ。
レティたちでさえ苦戦してしまうような原生生物は、その解体にも相応の手間が掛かるようになっていた。
「師匠、準備できましたよ!」
「よし、じゃあ上げてくれ」
この辺りではもはやナイフ一本で解体とはいかない。ミカゲがトドメを刺してくれたレペルロブスターの周囲には支柱が建てられ、滑車から垂れ下がった頑丈なワイヤーがその巨体に巻きつけられている。
俺の合図でヨモギがウィンチの取っ手を回し、ワイヤーを巻き上げていく。倒れたレペルロブスターの体勢を、解体しやすいように調整しなければならないのだ。
「はー、泥も落とせて冷たいコーラも飲めて、レッジさんのキャンプはやっぱり快適ですねぇ」
討伐後は俺たちの仕事ということで、レティたちはキャンプで休んでもらっている。〈塩蜥蜴の干潟〉は日差しを遮るものもなく、普通に過ごすだけでも暑いのだ。パラソルの下でくつろぐレティたちを、カミルがなんやかんやと言いつつ世話していた。
「これ、甲殻はかなり傷ついてますね。お肉と内臓にしますか?」
「そうだなぁ」
〈解体〉のレベルが高くなったこともあり、レペルロブスター一体から多くのアイテムを獲れるようになった。とはいえ、先の戦いで甲殻はかなり損傷している。特にラクトの氷柱によって貫かれたあたりは、おそらくほとんど使えないだろう。
その原生生物からどんなアイテムを手に入れるか。それを考える中で解体の仕方も変わってくる。甲殻をできる限りバラさずに高品質のまま手に入れるか、腐りやすい内臓系を優先するか。どちらでもそれなりの稼ぎにはできるだろうが……。
「今日のところは内臓にするか。しもふりもいるしな」
テントの方を見ると、くつろぐレティの傍らに忠犬よろしくお座りの体勢の大型機獣がいる。三つ首の魔犬ケルベロスのような外見の雄々しい機獣だが、実際のところは胴部にコンテナを有する輸送能力特化型だ。
しばらく出番がなかったこともあり、広々とした干潟でレティと遊んで満足そうにしている。
彼のコンテナは冷蔵機能も付いているから、そこにドロップアイテムを入れておけば品質の劣化も防げるだろう。
ヨモギは明快に頷いて、早速ハンマーを取り出す。とはいってもレティの得物のような大振りな武器ではない。解体用の道具の一種で、レペルロブスターのような甲殻や外骨格を持つ原生生物に使用するのだ。
「てゃいっ!」
レペルロブスターの弾性のある甲殻に、楔を打ち込んでいく。甲殻は優先順位を下げたため、手っ取り早く内臓類を取れるようにと急ぎ気味だ。
俺もヨモギの動きを見ながら、レペルロブスターの体の各所にペグを打ち込んでいく。これもまた、解体に必要なポイントの固定だった。
「相変わらずチマチマとまどろっこしいわね。普通に『素材採取』でいいんじゃないの?」
そんなことを言うのは全身の泥を落として見物にやってきたLettyだ。レペルロブスターから距離を取ってしゃがみ込み、膝の上に頬杖を突いてこちらを見ている。
「『素材採取』だと〈解体〉スキルレベル80でも星3品質しか出ないからな」
「最前線の素材は少なくとも星4は出さないと買い叩かれますよ?」
知らないんですか? とヨモギが煽る。Lettyがむっと眉間に皺を寄せているが、実際のところ彼女は正しい。『素材採取』は〈解体〉スキルレベル1でも使える基本的なテクニックで、たとえスキルレベルが0であっても必ず成功する。調査開拓員がドロップアイテムを得るために必要なテクニックだからだ。
とはいえ、その分デメリットとして取得できるアイテムの品質に一定のキャップが付いてしまう。数もそうだが、品質の面でも劣ってしまうのだ。品質が劣れば、それを素材に生産されたアイテムの能力も一段下がり、結果として思うように振る舞えない。
今ではフィールドで狩りをするならば、特に最前線のフィールドにおいては解体師が最低一人はいなければ話にならないとされている。
「それに、売りに出さないにしてもせっかく倒したんなら上手く使ってやりたいだろ」
レペルロブスターの甲殻を外し、ぎっちりと詰まった肉にナイフを差し込む。腹を割くと封じられていた内臓がどさりとまろび出し、Lettyが耳をピクンと揺らした。流石に現実ほどのリアリティはないにしても、解体に慣れていないと驚く光景だろう。
別に命を粗末にするなと言いたいわけではないが、これは俺の信条のようなものだ。
『おお、やっとるのう』
レペルロブスターを解体し、薬効のある内臓や食材として人気なエビ肉をコンテナに放り込んでいると、〈エウルブギュギュアの献花台〉の方から人がやって来る。シフォンと同じタイプ-ライカンスロープ、モデル-ヨーコの機体。だが黒髪に黒い耳、そして黒い瞳の楚々とした少女。その手には赤い尻尾がいなりから突き出した妙な稲荷寿司を携えている。
「T-1か。視察でもしてるのか?」
『まあそんなところじゃの。お主らが何やらやっておるのは、塔からも見えたからのう』
指揮官T-1。こんな姿をしているが、実際のところは俺たちが所属する惑星イザナミ調査開拓団の指揮を執る最高位権限者だ。その本体はこの星の静止軌道上に停泊している開拓司令船アマテラスに置かれてる中枢演算装置〈タカマガハラ〉で、彼女と同等の権限を持つT-2、T-3と共に合議制の指揮を執っている。
とはいえ、普段はそんな権力者的な態度はほとんど見えず、それよりも大の稲荷寿司ジャンキーとしての一面の方が強い。
「ちなみにそれは?」
『干潟名物のエビフライエビ糝薯いなりなのじゃ!』
「そうかぁ」
なんでも、サクサクに揚げたエビフライを海老のすり身で包んで蒸しあげ、更にいなり揚げで包んで稲荷寿司でございと称したものらしい。稲荷寿司の定義は、この調査開拓団の中ではかなり広く解釈されている。
〈塩蜥蜴の干潟〉はシャコやエビやカニも豊富だから、そんな地の物を使った料理も多く売られているのだろう。
T-1はジャクジャクと美味しそうにエビフライエビ糝薯いなりを摘みつつ、あっと何かを思い出したようにこちらを見上げる。
『そうじゃ、そろそろ集積地の方で発表があるからの。それを伝えに来たのじゃ』
どうやら、ただエビいなりを見せつけに来たわけではないらしい。視察というのも言葉の綾で、実際のところはこちらが本題なのだろう。T-1は何やら企みの垣間見える笑みを浮かべている。
この段階で発表といえば、俺たちも一つ思い当たるものがある。話を聞きつけたレティたちも、目に輝きを宿している。
「それじゃあついに始まるんですね!」
『うむうむ。では、妾は他の者にも知らせに行くからの』
指揮官自ら歩き回って予告しにいくというのも奇妙な光景だが、これもT-1の魅力の一つだろう。そう思いながら、歩き出すT-1を見送っていると、不意に彼女が振り返る。
『ところでレッジよ、良いエビ肉が手に入ったようじゃし、いなりにしても良いのではないかの?』
「あー、うん。そうだな、考えとくよ」
よっぽどエビフライエビ糝薯いなりが気に入ったのだろう。レアエネミーであるレペルロブスターならどれほど美味しいのだろうかと、瞳がギラギラと輝いている。ある意味素直なT-1に少し呆れながら頷くと、彼女は軽やかな足取りで今度こそ離れていく。
「T-1も案外食い意地が張ってるよねぇ」
「食い意地といえば、この前のコンペは結局どうなったんですか?」
ラクトの言葉に乗じて、レティが首を傾げる。コンペというのは、ウェイド主催のスイーツコンペティションのことだろう。あれは結局、途中でトヨタマ騒動が勃発したこともあり、結果が有耶無耶になってしまっていた。
「そのあたりの結果発表も一緒にあるんじゃないか?」
あのコンペの開催理由も、今日につながるものだろう。
俺はそんな推測を口にしながら、レペルロブスターの肝をコンテナに投げ込んだ。
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Tips
◇エビフライ海老糝薯いなり
ポップシュリンプのすり身でポップシュリンプのフライを包んで蒸しあげ、お揚げで包み込んだ稲荷寿司。稲荷寿司である。噛めばじゅわりと出汁が染み出し、弾力のある食感が楽しい一品。
“お稲荷さんにはなかったプリンとした食感が新しい、海老の旨味も濃厚な一品なのじゃ。フライがサクサクなのも嬉しいのじゃ。”――指揮官T-1
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