第1566話「トヨタマ」
T-3は愛せと言った。そしていま、エンジェルは愛されている。
レティたちが作った砂糖菓子を、ミートたちと共に食べている。同じ釜の飯を食べるということなのだろう。解析班がその輪に加わり、エンジェルとの絆を結んだ。レティたちも一緒に食事を楽しみ始めた。
『うぅぅ、砂糖が……私の砂糖が……』
『キュイイ』
『な、なんですか!? もう砂糖はありませんよ!』
しょぼくれているウェイドに、エンジェルがヒレを出す。その上には白い砂糖で分厚くコーティングされたフィナンシェが載っている。
ウェイドはフィナンシェとエンジェルを交互に見て、恐る恐る受け取る。
『く、くれるんですか? いいんですね? 食べちゃいますよ?』
『キュイッ!』
『案外いい人じゃないですか。あーんっ!』
ウェイドがエンジェルと和解した。
それを皮切りに、遠巻きに様子を窺っていた調査開拓員たちもやってきて、テーブルを揃え、宴会の準備を始める。ミートの笑い声が開幕の合図だった。
『キュィイイイイ――ぃやったー!』
「うわあああああっ!?」
突如、まだ体内に封じられていた俺にもエンジェルの声が変質し聞こえるようになった。それと同時に、シャボン玉が弾けるように皮膜が破れ、俺はT-3と共に解放される。
「レッジさん!」
「うぉっと。助かった、レティ」
すかさず飛び出してきたレティにキャッチされ、俺も胸を撫で下ろす。T-3は俺が抱えているが、腕の中でもぞもぞと動き始めた。
『ん……んうぅ……。はっ! ここは私、どこは誰!?』
「おちつけT-3。それよりもエンジェルの様子がおかしいぞ」
『エンジェル?』
地面に降ろされたT-3は首を傾げる。そういえば、エンジェルの仮名が付いたのは彼女が気を失っている間のことだったか。それでも何を指した名前なのかは分かったのだろう。T-3はプルプルと震えているエンジェルの方を見て喜色を顔面に滲ませる。
『私が出られたということは、この子の一人立ちが成ったのですね! ああ、なんて可愛いんでしょう……』
T-3には色々と言いたいこともあるし聞かなければならないこともあるが、今はエンジェルの変化を注視しなければならない。ウェイドたちが身構えるなか、それは大きく体の形状を変えつつあった。
全身が縮みながら、大まかに人のような形状に。だが、その背中には依然として白い翼があり、頭上には円環が浮かんでいる。
その姿はまさに天使のようだ。
彼女は微笑を浮かべ、こちらへ歩み寄ってくる。両手を広げたT-3の元へ。
『ありがとう、ママ』
『ああ、ああ……。よく育ちましたね、とても立派に。私がママですよ!』
感激の涙を浮かべながら彼女を抱きしめるT-3。タイプ-フェアリー機体をベースとしているT-3は、人型になったとはいえタイプ-ヒューマノイドよりも更に大きく、二メートルほどの背丈があるエンジェルと比べればずいぶん小さい。
それでも、彼女は母親のような優しげな笑みを浮かべて抱きしめていた。
「T-3、この子の名前は何ていうんだ?」
エンジェルというのは仮名だ。それをそのまま使っても問題はないのだろうが、彼女がママと呼んだのはT-3である。
『海に溶け込む魂の残滓を、原始原生生物の力を借りて増幅させました。この子の根源にあるのは、イザナミの魂の一つである慈愛の心……。トヨタマと呼んであげてください』
エンジェルという名前が更新される。
名前はその存在を明確にして、確定させる楔のようなものだ。T-3がその名を口にした瞬間、眩い光を纏っていた少女の姿が露わになる。
「トヨタマ、か。いい名前じゃないか」
海に漂う魂を継承し、T-3によって生み出された少女。彼女は、失踪した総司令現地代理イザナミの魂の一部だという。慈愛の心を司るというだけあって、その姿は女性らしい美しさを帯びていた。
「な、なんだか全然違う姿になりましたね……」
唖然とするレティ。
トヨタマは白い髪を腰まで流し、すらりとした白い手足をゆるくくねらせていた。青い瞳は深い海の色を宿しているようで、大きく膨らんだ胸は慈愛の心を表しているのだろう。
これまでの管理者たちとは少し違う、神秘性を帯びた姿。それはイザナギのそれにも似通っているようだった。
『ふぅむ……。やはりイザナミの蘇生が目的じゃったか』
人垣をかき分けてT-1とT-2がやってくる。彼女の口ぶりからして、どうやらトヨタマが生まれることはおおよそ分かっていたようだ。
『すみません、T-1。ですが、この機会を逃すわけにはいきませんでした』
T-3はトヨタマを背中に、T-1へ謝罪する。
『トヨタマは愛を知らなければ生まれることもできません。愛を知る前に滅されてしまえば、全ては水泡に帰してしまうのです』
エンジェルの姿のまま、ウェイドの都市防衛設備が暴走して討伐してしまっていたら、トヨタマは生まれなかった。そうなれば総司令現地代理イザナミの蘇生も叶わない。
T-3にしてもかなりの賭けだったのだろう。
だからこそ、コンペの会場で決行した。ここならば戦闘に発展する可能性が低く、また愛の象徴となる砂糖菓子も豊富だ。……まあ、戦闘に関してはウェイドの砂糖への執着を少し甘く見ていたような気もするが。
『トヨタマが生まれたことで、イザナミの魂が呼応するじゃろう。これもまた、領域拡張プロトコルの大きな躍進に繋がるのじゃ』
T-3の独断専行ではあったが、T-1としても強く叱責するほどではない。結果として、非常に重要な存在であろうトヨタマが生まれたこととの方が大きな成果だった。
「とりあえず、誕生おめでとう、トヨタマ」
俺はトヨタマに近寄り手を差し出す。やはり随分と大きいが、顔立ちはどちらかというと幼さが強い。少女をそのまま縮尺だけ変えたような感じだ。そして実際、彼女は生まれたばかりの少女なのだ。
『ありがとう、パパ!』
「……パパ?」
にっこりと笑うトヨタマ。彼女の放った声で、周囲から一斉に視線が集まった。
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Tips
◇トヨタマ
仮称“エンジェル”が変化した姿。T-3によって生み出された、総司令現地代理イザナミの仮想分霊体。慈愛の心を司り、愛によって調査開拓団を導く。
身長2メートル、体重92kg。背中から大きな翼が生えており、そのぶんの重量も加わっている。頭上には物理的な接続はないものの円環が浮遊しており、本人の動きに追随する。
“愛によって生まれた愛すべき愛そのもの。愛し、愛でるのです。それによって愛が育まれるのですから”――指揮官T-3
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