第1567話「新たなる導」

 T-3の独断専行によって生まれたトヨタマは、現在失踪中の総司令現地代理イザナミの分霊体だという。分霊体というものが具体的にどういった代物なのかはよく分からないが、イザナミの魂を無数に分割したうちの一つ、という説明を受けた。


『イザナギも正確には分霊体の一つですよ。彼女は封印杭に自身を分割していましたから』

「総司令現地代理っていうのは、そうホイホイと自分を分割できるのか?」

『色々と特別な存在なんですよ。私も詳しいことはあまり知りませんが』


 そう言って肩を竦めるのは砂糖たっぷりの苺大福を持ったウェイドだ。

 エンジェルがトヨタマと成ったことで事態は一応の収束を見せた。とはいえ〈ウェイド〉に与えられた損害は凄まじいもので、現在はそちらの後片付けが土木工事用NPC総動員で行われている。ウェイドもその現場指揮にあたっているものの、迷惑をかけたお詫びということでT-3が〈タカマガハラ〉の演算領域を貸しているため、こうして雑談する余裕もあるようだ。


『はー、ネオピュアホワイトが恋しいです……』

「スイート621だってかなり甘い品種なんだぞ?」


 ようやくスイーツにありつくことのできたウェイドだが、そもそもとしてNPWが戦略的に重要な物資であることには変わらず、T-1によって備蓄分も接収されてしまった。代わりに与えられたのは、それよりも少し糖度の落ちるスイート621という品種の砂糖だった。

 ウェイドは少ししょんぼりとしているが、それだってピュアホワイトよりも10倍ほど甘い。NPWに慣れすぎて味覚がおかしくなっている。


『ねーー、パパ。トヨタマも甘いの食べたい!』

「君もいっぱい食べたでしょうに……」


 周囲がNPCも調査開拓員も関係なく忙殺されているなか、俺一人だけがウェイドの雑談に付き合ってサボっているわけではない。背中からグイグイと押され、背筋が曲がりそうになる程の重量にうめきながら振り返ると、そこには長い髪を垂らして膨れ面をする大柄な少女がいた。

 エンジェル。今回の騒動の渦中にいる少女。総司令現地代理イザナミの分霊体であり、慈愛の心を司る者。――という話だったが、慈愛の部分はイマイチ実感できない。今の所はウェイドに迫るほどの甘党という印象だ。


『トヨタマ! ちょっとパパにくっ付きすぎだよ! パパが潰れたらどうするの!』


 そして、そこに肩を並べる甘党――というかフードファイターがもう一人。トヨタマの腕にぶら下がってキノコの傘をぶんぶんと振っているミートだ。

 最初はエンジェルと戦い、一緒にスイーツを食べまくり、そしてトヨタマとなった直後も仲良くしていたミートだが、何故か今は敵意を露わにしている。


「俺もそこまで柔じゃないさ。ほら、ミートも大福食べるか?」

『食べるーーー!』


 大福で釣ったミートを膝の上に乗せる。彼女はすぐに怒りを忘れて口の周りを白くさせながら大福を頬張った。


『むぅぅ』

「うわああっ!?」


 かと思えば、今度はトヨタマが暴れ出す。彼女は俺の体をヒョイと持ち上げて、椅子と俺の間に自分の体を差し込んだ。彼女の太ももの上に座る形になり、更に俺の上にミートが座るというよく分からない状況だ。


『何やってるんですか、あなたたち……』

「俺に聞かないでくれよ」


 三つ目の大福に手を伸ばしながら呆れた顔をするウェイド。見ているだけじゃなくて助けてくれよと訴えるも、それはさらりと流される。

 ミートが俺のことをパパと呼ぶ理由もよく分からないままだが、それに加えてトヨタマまでもが俺のことをそう呼んだ。パパではないと伝えても、いまいち分かってもらえない。

 二人の来歴を考えると、なんとなく共通している点はある。それぞれの根源が総司令現地代理のイザナギかイザナミか、どちらであるかというくらいだ。後は今の姿になる時に、俺が多少関わっているくらいの話か。


「なあ、ウェイド。T-3はトヨタマを生み出して何をしたいんだ?」

『そうですね。私も指揮官の思考を全て理解しているわけではありませんが』


 彼女はそう前置きをして、自説を展開し始める。


『イザナギが制御不能であるという点が一番大きいのでしょうね』

「イザナギ? 確かに最近姿は見ないが……」


 総司令現地代理イザナギを根源としつつ、そこから多くの能力を各地の封印杭に分散させた結果として生まれたのが現在のイザナギだ。彼女も多少は力を取り戻しているようだが、それでも現状として八つのうち二つの杭しか発見ができていない。

 その上でイザナギは自由奔放に活動しているようで、俺も姿を見るのは稀だ。たまにバードウォッチングなどを趣味にしているカメラ系の調査開拓員がフィールドで見つけることもあるが、具体的に何をしているのかは分からない。


『元々はイザナギに他の封印杭も見つけてもらい、順当に総司令現地代理として復活を果たしてもらうプランだったのでしょう。ですがそれが思うように進まなくなったなかで、〈エウルブギュギュアの献花台〉が発見されましたから』


 エルフたちが住む〈エウルブギュギュアの献花台〉では、魂魄を対象とした実験が行われていた。管理者となったオトヒメからもたらされた情報によれば、あの塔では総司令現地代理イザナミの蘇生が試みられていたという。


『T-3はそれを受けて、イザナミの部分的蘇生を思いついたのでしょう』

「それがトヨタマか……。海にイザナミの魂が溶け込んでいると?」


 ウェイドは頷く。

 途方もない話だが、俺の背後にその実例がいる以上否定もできない。

 長らく失踪ということにこそなっていたものの、総司令現地代理イザナミは何らかの理由で死亡したのだ。そして、その魂はこの星に広く散逸してしまった。T-3はその欠片を集め、俺たちから“愛”を注がせることで慈愛の心を復活させた。


「つまり、今後はトヨタマが導いてくれるのか?」

『はう?』


 振り向きながら言うと、トヨタマは口に白い粉をつけたまま首を傾げる。まだ使命とか調査開拓団への忠誠とか、そういったものはないのかもしれない。この少女とどうやって付き合っていくのかはまだ分からない。


『ともかく、これで海を越える用意は整いました。この町の区画整理もできていますので、携行食の大量生産工場もすぐに作れそうですしね』


 少々不満げな声のウェイドだが、これも怪我の功名と言えるだろうか。NPCも総動員して区画整理中の〈ウェイド〉に新たな工場が作られ、そこではミートとトヨタマに供給するため生産工程がブラッシュアップされたお菓子が製造される予定になっていた。コンペの後に想定されていた段階をいくつかすっ飛ばした形で、調査開拓団全体としては利益も大きいのだ。

 ……まあ、ウェイドには御愁傷様と言うしかないが。


『憐れむくらいならお菓子の一つでもください』

「今度カミルに頼んでおくよ」


 彼女も管理者のひとり。その程度で腹の虫が収まるはずもないだろうが、一応は落ち着きを取り戻す。紅茶に角砂糖をどさどさと入れながら。


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Tips

◇薄紅淡雪

 老舗和菓子舗〈柳の下〉が販売する極上の苺大福。契約農家が栽培した大粒のイチゴを漉し餡と共に求肥で包み、柔らかな甘味の特徴的な砂糖をまぶした一品。

 非常に繊細な口当たりながら驚くほど甘く、フレッシュ。保存には適さず、製造から半日以内という驚きの消費期限。


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