第1565話「砂糖の交友」

「はいどーんどん!」

「はいよいしょ!」


 次々と量産される砂糖菓子が溶けるように消えていく。ミートとエンジェルの食欲は収まるところを知らず、むしろ加速しているようにすら見えた。俺とT-3が封じられている体内もエンジェルの精神状況に強く影響されるのか、今では軽く泳ぐ程度に動き回ることもできるようになっていた。


「やっぱりここは型を使って成形した方がいいんじゃないか?」

「ホイップクリームはこっちでまとめて作ろう。クリーム系はどこかで一括して作った方が効率がいいだろう」


 いつしかレティたちはキッチンからストレージボックスを運ぶ役割に変わっており、キッチンの方には本職の製菓職人たちが立っていた。彼らは互いに意見を交換し合いながら大量生産に向けて効率化を模索している。

 あちこちで大型の生産設備が導入され、一度に数百kg単位の大量の中間素材が作られているのだ。


「チョコレートの品質が落ちてるよ! どうしてくれんの!」

「ウルセェ! ある程度は妥協しろって!」

「こっちはショコラティエで売ってるんだって!」


 当然、こだわりの深い職人同士のやりとりだ。あちこちで喧嘩も発生する。大量生産に重心を置けば品質の確保が難しくなるようで、その均衡を取るのは非常に難しいらしい。


『ええい、あまり諍い合うでないわ。それなら妾が判断してやるのじゃ!』

「T-1ちゃんは稲荷寿司以外の品評があんまり……」

『なんじゃとぉ!?』


 指揮官が仲裁に入ることもあるようだが、基本的には平和に落とし所も見つかっている。あまり心配しなくてもいいのだろう。


『ダメです! 来ないでください! ここには何もありません! ありませんったら!』


 賑やかなのはキッチンだけではない。中央制御区域に並ぶ建物の前で両手を広げているのはウェイドだ。彼女を取り囲むようにして迫るのは警備NPCたち、そして彼らを率いるT-2である。

 頑丈にロックされた倉庫の扉に背を向けて悲痛に叫ぶウェイドに対し、T-2はじりじりとにじり寄る。


『勧告。今すぐにその倉庫を開錠し、内部の砂糖を提供しなさい』

『こ、ここに砂糖はありません! ただの非常用備蓄だけしか――』

『強制摘発を行います』

『あああああっ!?』


 大型土木工事用NPCがハンマーを勢いよく突き出す。倉庫の壁が破壊され、内部に雪崩れ込んだ警備NPCたちが大量の砂糖袋を抱えて出てきた。


『お願いですうぅぅ! あ、あれだけは……あれだけは!』

『事態が収束すれば同量の砂糖を支給しますので、今はこちらに預けてください』

『そんなご無体な! 支給なんていつになるんですか!』


 ウェイドの質問には答えず、T-2は砂糖をキッチンへ運んでいく。

 町中を水浸しにされた上、砂糖を根こそぎ奪われたウェイドはしくしくと泣いている。流石にちょっと可哀想だな……。


『うぅ。もう非常用の砂糖が5%も取られてしまいました……。しかしまだ秘密の倉庫にあるものは見つかっていないようですね。これならまだなんとか』


 いや、まだ結構余裕はありそうだ。

 計画通り、とでも言いたげな悪い顔をしているウェイドを見て見ぬふりをする。


「ふぅ。結構運びましたけど、まだ食べられますか?」


 しもふりも呼び出してコンテナ輸送をしていたレティが一息ついてミートに尋ねる。この30分ほどでかなりの砂糖がミートとエンジェルの胃の中へと消えた。それでも彼女はまだまだ元気な顔をして頷いている。


『もちろん! もう元気いっぱいだけど、まだまだ食べられるよ!』

「ダメージ回復したなら良かったですけど、そろそろウェイドさんが反乱を起こすかもしれませんよ?」


 ウェイドの隠し砂糖も強制徴収された甲斐があり、ミートも傷はほとんど完治した。まだまだ食べられるとはいえ、ここからは好みの域に入ってくるだろう。流石にその状態でお菓子を独占させるのは気が引けるのか、レティはウェイドの方を指し示しながら言う。


『んー。それじゃあ、ウェイドもこれ食べるかな?』


 少し悩んだ様子のミートは、手に持っていた巨大みたらし団子を見る。ひとつひとつがスイカほどもある巨大な団子で、ネオピュアホワイトをふんだんに使ったタレをたっぷりとつけて焼いた香ばしい一品だ。


『キュィイ』

『うーん、やっぱりそうだよね。でも半分こしたらいいんじゃない?』

『キュイ』

『じゃあそうしよっか』


 ミートは巨大団子のひとつを串から外し、半分に割って皿に載せる。

 その様子を見ていたレティが、ぽかんと口を開いていた。


「え、ちょ、ミートさん? エンジェルと話してました?」


 さらりと当たり前のように繰り広げられた光景が、到底無視し難いものだった。

 ミートはエンジェルと会話して、あまつさえ助言を受けていたのだ。


『うん? そうだけど』


 それがなにか、とでも言いたげなミート。

 異変に周囲も気がつき始め、ざわつき出す。


『一緒に戦って、一緒にご飯食べたらもうお友達だってパパも言ってたから! なんとなく言ってることも分かるよ』

「ええええっ!?」


 あまりにも平然と言い放たれた言葉にレティが飛び上がる。その様子をエンジェルが不思議そうに見ていた。キュイキュイと何事か言っているが、やはり俺たちには鳴き声にしか聞こえない。

 だが、そこで困惑しながらも口を開いたのは、疲労困憊で休んでいた解析班の面々だった。


「お、俺もなんか、なんとなく言ってることが分かるぞ」

「俺も……。なんか可愛い女の子の声に聞こえる」

「お前ら……もういい、休んでいいんだぞ」


 さっきまで道端でぶっ倒れていた調査開拓員たちの言葉に、優しい誰かがひしと抱きしめている。しかし、彼らの表情に嘘はない。


「あれだ、菓子を食ってからちょっとずつ分かるようになったんだ」

「休憩中にくすねてきたフィナンシェ食べてたんだけど、それのせいかもしれない」


 作られたお菓子は大多数がミートとエンジェルに食べられたが、そのどさくさに紛れて少数が調査開拓員たちの元にも渡っていたらしい。解析班はそれを食べたことでエンジェルの言葉が理解できたと主張している。


「なるほど……」


 話を聞いていたレティがきらりと目を輝かせる。


「分かりましたよ! まるっと解決しました。これはつまり――」


 彼女はミートの手を握り、エンジェルを見上げた。


「二人はマブダチってやつですね!」


━━━━━

Tips

◇シュガーコーティングシュガーinシュガーシロップcoverdシュガーon the シュガーフィナンシェ

 砂糖をたっぷりと練り込んで焼き上げたフィナンシェを濃厚なシロップに浸して乾燥させることを繰り返し、さらに砂糖でコーティングしたもの。とても甘い。

“これはドワーフ族は受け入れぬじゃろうなぁ”――指揮官T-1

“金塊というよりは白いガラスのようですね”――指揮官T-2


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る