第1554話「脅威排除」
〈ウェイド〉商業区画の広場に設営された臨時の作戦本部にて。装備を万全に整えた〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班、および第一支援班、第一情報班が現着したことで、場の空気は硬く張り詰めていた。
「アイ、レッジさんの様子は?」
「外から見た限りではほとんど動けないみたい。ただTELを通じての情報の交換は可能だった。その上でついさっき、レッジさんが“エンジェル”攻略の手掛かりを……」
〈エミシ〉の騎士団拠点から可能な限り最速の手段を駆使してやってきたアストラは、額の汗を拭いながら現状の把握に務める。
彼の到着と前後して、レッジと会話中だったレティから驚愕すべき情報がもたらされた。それは管理者専用兵装による猛攻さえ平然と耐えた“エンジェル”の硬い守りを打ち崩す手掛かりだった。
「“エンジェル”を口説け、と」
アストラの言葉にアイも頷く。全くもって理解はできないが、他でもないレッジ自身がもたらした情報である。そのために彼は調査開拓団の基幹システムにハッキングまで仕掛けた。そのせいでT-1は稲荷寿司のやけ食いをしているし、T-2は突破された防衛システムの総点検に集中しているが、それはさておき。
レッジの言葉によれば、“エンジェル”出現の立役者となったのはやはりT-3であった。彼女は以前〈ナキサワメ〉でひと騒動を起こしたシュガーフィッシュの遺伝子を秘密裏に回収しており、それを元にあの巨大な獣を作り上げたのだという。故に“エンジェル”は強い執着を持っており、あらゆる外部からの攻撃を問答無用で無効化してしまう。その厄介な特性を回避するには、“エンジェル”に対して友好的な攻撃という背反したものが必要となるだろう、と。
「ちなみに、進捗は?」
「あまり芳しくないかな」
情報を受け取ったレティは、それをT-1たちに共有した直後、アストラたちを迎えることも忘れて“エンジェル”の元へと走って向かった。“エンジェル”を口説く、というレッジの情報を検証するためだ。
しかし、現在のところその成果があがっているかと問われると、アイは首を傾げる他ない。
論より証拠、とばかりにアイの指示を受けて騎士団員の一人が本部のスクリーンに映像を投射した。リアルタイムで行われている、レティによる“エンジェル”戦である。
『う、うっふーん! レティのナイスバディに視線が釘付けですよぉ!』
瓦礫の目立つ凄惨な中央広場にて。無数の警備NPCたちが臨戦体勢でずらりと並ぶ前にレティが立っていた。地面にヘッドを突きつけたハンマーに身を寄りかからせて、クネクネと蛇のように動いている。
おそらくはポールダンスのような動きを意図しているのだろう。類稀な理解力を総動員させてそう結論づけたアストラの脳裏には、無数の疑問符が浮かぶ。
「えっと、アイ。これは……?」
「レティさんが“エンジェル”を口説いてる様子だね」
「えっと……」
絶句。
最強と名高いトッププレイヤー。天性の直感はレティの戦闘センスにも匹敵すると言われるほどの頭脳明晰。そんな彼が、目を丸くしてスクリーンを凝視していた。
『へいへーい! レティのセクシーさに緊張してるんですか? こっちで一緒に遊びましょうよう!』
レティはくねくねと動きながら、誘い文句らしき声を発している。
エンジェルは完全なる無視である。顔に微笑を讃え、頭上にエンジェルハイロゥを戴き、翼をたたんで佇んでいる。足元で行われている民族的な踊りには、一切の興味を示していない。
最初は顔を赤らめて恥ずかしがっていたレティだが、だんだんと完全な無視も機になってきたのだろう。動きが大きく激しくなり、違う意味で顔が赤くなってくる。
『へい! こっちですよ! こっち向いてください!』
『……』
無視であった。
レティは波に揺られる海藻のように左右に体を動かしているが、エンジェルは反応を示さない。
『――うぉわぁああああああああっ!』
羞恥と我慢の限界に達したのか、レティが絶叫しながらハンマーを振り上げる。そのまま、勢いよくエンジェルへと突っ込み、攻撃を叩き込んだ。
――キィイイイイイインッ!!!
『ほぎゃっ!?』
あらゆる思いを詰め込んだ末での強烈な一撃だった。しかし、レティの渾身の“誘惑”を受けていたはずのエンジェルはすかさず障壁を展開し、易々とその一撃を受け止める。虚空がわずかに波打ち、あっけなく衝撃は消える。
『いっそ殺してください!』
レティが叫ぶ。
微動だにしないエンジェル。沈黙を保つ警備NPCたち。
これがこの世の地獄か。――作戦本部の空気がどんよりと重たくなっていった。
「やっぱレティちゃんよりLettyちゃんの方が――」
「おいバカやめろ!」
「ぐわーーーーーっ!?」
ざわつくテントの中、ぼそりと誰かが呟いた。直後、その男は絶叫と共にテントから吹き飛んで彼方へと消える。
「レティさんのあの美しいダンスに魅了されない奴います? いませんよねぇ?」
どん、とハンマーを地面に突きつけて周囲を睥睨するのは、レティとほぼ同じ姿をした少女、Lettyである。彼女が睨みをきかせている以上、彼らもそれ以上の言葉を放つことはできなかった。
「とりあえず誘惑っていうのはアレであってるのか?」
「……効果の検証は一応やってるけど」
アストラとアイは囁くようにして相談する。
レッジは“エンジェル”を口説けといった。それがどういった意味を表すのか、彼らにはまだ理解しきれない。だが、それだけが唯一の手掛かりであることは事実だ。レティが“誘惑”を続けている間にも騎士団の情報解析部隊が様々な観測機器を使いエンジェルを見つめていた。――今の所、その成果は芳しくない。
「レッジさんにもっと詳しい話を聞くべきなんじゃないか?」
「そうしたいのは山々なんだけど、レッジさんはシステムへの潜航で忙しいみたいで」
“エンジェル”を口説け。そう言い残してレッジは沈黙してしまった。不正アクセスをしたシステムで、他の情報を探っているのだ。だからこそ、レティがあのような蛮行に出てしまった。
「やあ、アストラ。なかなか面白いことになってるよね」
「メル……」
眉間に皺を寄せるアストラに臆することなく声をかけることができる者はそう多くない。同じトッププレイヤーとして前線で肩を並べる機会も多い〈
「なんで呉座――」
「兄貴、今はそういうのどうでもいいから」
「そ、そうか? えっと、メル、何か用が?」
「なに、ワシらもちょっとこのイベントについて考えていてね。なぜレッジが――一応建前上は何故か不思議なことに一般プレイヤーとされているはずの――レッジが行動制限を受けてしまったのか。その観点からね」
一瞬視線を鋭くしかけたメルは、気を取り直して話し始める。
レッジは一般プレイヤーである。周囲のプレイヤーがどのような感想を抱くかは別として、GMのような特権的な能力を持つ特別な存在ではないことは事実だ。そして、一般人が不当に拘束されるようなイベントがMMOで行われること自体が異常な事態と言える。
このゲームの展開はすべてシナリオAIと呼ばれる基幹AIの一つが統括している。それが臨機応変に考え、物語を紡ぎ出す。
「シナリオAIは、レッジが邪魔だったんだよ」
「邪魔……」
ぱくり、とメルは大判焼きを食べる。
「レッジがいると、このゲームは成立しないと考えたんじゃないか? レッジが参加していると、ゲームはあっという間に終わってしまうと」
「迂遠な言い方はよしてくれ。結局、何が言いたいんだ?」
「この状況ならレッジはどうするか、と問うているんだよ」
笑みに深遠な影を滲ませて、メルが結論を繰り出す。
その言葉に、アストラははっと目を見開いた。
━━━━━
Tips
◇チャーミング・ダンス
〈舞踏〉スキルレベル30のテクニック。相手を魅了する舞いを踊り、注目を集める。より魅力的に踊ることができれば、対象の敵愾心を霧散させ、無力化することも可能。更に熟達した踊り手ならば洗脳し手懐けることさえもできるだろう。ただし、知能の低い対象には効果が薄い。
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